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王子の危機

 マブルに言われた話を頭の中で折り合いをつけつつ、どうにか胸の内に封印して、トイレが長かったことをニコーラに心配されながら教室に戻った。

 以降の授業は、あまり身が入らなかったな。実戦形式の授業がなくて幸いだった。


「今日はお休みと致しましょう。根を詰めてもよくありませんからな」


 その時の醜態が気になったのか、ニコーラは今日の訓練を取りやめた。

 少し申し訳ないなと思いつつ、ありがたい気持ちだった。

 世界の謎を受け容れるには、あまりにも突然すぎる。


 マブルが嘘を言っている、勘違いをしているという可能性はなきにしもあらずだけど、その目的は何だという話になる。

 彼女は空を飛んだり、突然目の前に出てきたりと、明らかに普通の人ではない。

 自分を鍵と言っていてその意味もよくわからなかったが、それを明らかにするための手段もないからね。


 それに、マブルが言った中には『時空制御システム、【ホロロギウム】』なんて単語も出てきた。

 明らかにお姉ちゃんに関わるワードである。


 一体、この世界はどうなっているんだ……?

 とにかく思考し続けるのに疲れすぎて、自分の部屋でベッドに倒れる。

 今日は一度寝た方がいいかもしれない。


 でも、寝る前に日課の天眼通だけは一応やっておかないと――。


「スターゲイザー。第三眼起動。視覚をリナルド王子に」

『イエス、マスター』


 今日は……移動していた。すでに例の図書館の中にいる。

 以前と同じように王子が詠唱を行い、壁を扉のように開いた。

 そのまま扉の中へと入ってく。


「現在の座標で天耳通を起動」

『イエス、マスター』


 しばらく経ってから以前と同じように天耳通を起動し、内部の会話拾得を試みる。

 趣味は悪いが、今はこのふたりが一番危険といえば危険だしね。


「王武祭に王が来ると耳に致しましたよ」

「……そうか。父上が……」

「なんでも平民が出場すると聞いて、興味が湧いたとか」

「悪趣味な。ロモロを見世物として扱うつもりか」


 リナルド様は不機嫌そうに言う。

 父親にもあまりいい印象を抱いていないのだろうか。

 でも、リナルド様が苦しんでいることに対応できていないわけだしね。

 王様が対応しようとしていたとしても結果が伴ってなければ意味がない。


「どうでしょう? 計画を早めますか?」

「なに?」

「この魔法陣の起動を王武祭で行うことで、第四王子、第三王子……さらに王まで亡き者にできます」

「馬鹿な。言っただろう。王武祭にどれだけ生徒とその親が集まると思っているのだ。一般生徒たちの被害が甚大になる」

「こんな機会、二度とありませんぞ」

「くどい。私は……約束したのだ。友と。真っ当なやり方で領地を得て、成り上がると。中止だ、ビアージョ。これまで無様に悩んでズルズルと続けてしまったが、私の心は固まった。もうよい。この魔法陣を消せ」

「なんと……? よもや、あの平民に謀られたのですか?」

「違う。ロモロはそんな者ではない! 私のことをしっかりと考え、地に足のついた助言をしてくれる。私は血塗られた道ではなく、彼の指し示す道を歩みたい」

「……あれほど復讐と仰っていたのに、貴方の覚悟はその程度だったのですか」

「あっさりと殺すよりも、上に立って見下す方がいいと思っただけだ」


 歪んではいるが……それでも、リナルド様は最悪の選択を思い留まってくれたらしい。

 いつの間にか、彼の中で僕の存在が相当膨らんでいて、少々肩の荷が重いけど。

 何にせよ、直接的な復讐を思い留まってくれたことは、こちらの胸を打つものがある。

 しかし――。


「さあ消してくれ」

「お断り致します」

「私の命令が聞けないというのか!? 立場を弁えよ!」

「……困るのですよ」

「何?」


 事態は思わぬ方向に転がりそうになっていた。


「もうこちらの計画では、第四王子を殺すことは決まっているのです。そして、第三王子とついでにあの愚鈍な王も。王武祭に王が来るとなれば千載一遇のチャンスです。逃す手はありません」

「貴様……。そうか、兄上の……」

「申し訳ないですが、貴方にもこのまま消えていただきましょうか。継承権が低いとはいえ、王族にひとりでも生き残られて滅亡させた後に神輿になられても面倒なのでね」


 マズい! これは間違いなく非常事態だ。

 今すぐ助けに行くべき事態なのは間違いない。

 だけど、自分ひとりでどうする?

 時間もかかるし、外に行くにはニコーラにも説明を――そんな暇はない!


 僕はまずお姉ちゃんに通信魔法を送った。

 そして、窓を開けて二階から庭へ下りる。幸いなことに、巡回はない。

 同時にお姉ちゃんも寝間着姿で着地してきた。


「何、ロモロ。どうしたの」

「お姉ちゃん、ごめん。あとで説明するから、今はすぐに学校に僕を連れてって」

「了解! 本気で行くよ!」


 お姉ちゃんは逡巡すらせず、僕を脇に抱えて、そのまま前に向かって大きく跳躍した。

 そして、慣性の法則でそのまま落ちる。

 えっ、大丈夫? という僕の不安を吹っ飛ばすかのように、地上に降りた瞬間、再び前に跳躍。魔法なんだろうけど、この身体能力は凄い。

 馬車よりも遥かに速かった。


「それで、どうしたの? 珍しいじゃない。ロモロがこんなこと言うなんて」


 走りながらお姉ちゃんがようやくと言ったように疑問を呈してくる。


「今、リナルド様が危険なんだ。ごめん」

「なんで謝るの?」

「さすがにお姉ちゃんに頼るしかなくて……。でも、他に最適解がなかったから……」

「別にいいって。ロモロが困ってるんだったら、お姉ちゃんはいつだって助けるんだよ」

「だけど、間違いなく大目玉だよ。僕もお姉ちゃんも。なんでこんなことをしたんだって怒られるだろうし、何よりお姉ちゃんが目立つことに……」

「どうでもいいよ、そんなことは。それよりも、あたしはロモロが友だちの大ピンチを見捨てるような弟じゃなかった方が嬉しいからね!!」


 本当に嬉しそうな声だ。

 本気でそう思ってるらしい。


「あたしはやるべきことをロモロに任せてる。そのロモロがこうするべきだって思ったんだったら、どんな時でもどんなことでも、いくらでも力を貸すから。その代わり、あたしのやりたいことには絶対服従だからね」

「まさかここでも聞くことになるとは思わなかった」

「ふっふー。さあて、身体も温まってきたし、もっと飛ばすよ! 舌噛まないでね!」

「えっ」


 と思う暇もなく、お姉ちゃんはさらにスピードを上げた。

 着地するたびに地面に敷かれた石畳の方が悲鳴をあげている気がする。


 でも、凄まじく早い。これならまだ間に合うはず……。

 無事でいてくれ、リナルド様!



 学校へ到着。

 日中は賑やかな学校も、真夜中では不気味なほど静かだ。


「ロモロ、図書館ってどっち!?」

「こっち!」


 行くべき場所を指で指し示しながら、お姉ちゃんは闇を切り裂くように駆けていく。

 身体強化のマナが光りっぱなしだ。むしろ、輝いていると言ってもいい。

 もっとも、お姉ちゃんの速度からしたら光跡しか残っていないだろうけど。


「ここ! お姉ちゃん、下りて!」

「オッケー!」


 お姉ちゃんは扉の前に衝撃と共に着地した。

 まだあれから五分と経っていない。これならまだ間に合うはず。

 お姉ちゃんが扉に施錠されている鍵を見て、


「ロモロ! この錠前、解ける?」

「新しいタイプだ。ちょっと無理かも」


 僕はお父さんの錠前くらいしか解いたことがない。


「なら非常時ってことで。真空の刃よ、〈ランマアスピラント〉」


 お姉ちゃんが指に風を纏わせて、まるで剣のように振る。

 すると、錠前は綺麗に切り裂かれ、ゴトリと重い音を立てて落とした。

 怒られる理由がまた増えたが、もう今更だ。


「突入するよ、ロモロ!」

「オッケー!」


 扉を開けて図書館の中へと入る。

 ここに入るのは久しぶりだ。定期試験だの王武祭だのでご無沙汰だった。

 だけど、本の匂いを懐かしんでいる場合じゃない。


「こっち!」


 確か王子たちが毎回、開いていた隠し扉はこの辺りだ。

 しかし、こうして見てみるとどう見てもただの壁にしか見えない。


「何これ、隠し扉?」

「わかるの、お姉ちゃん」

「そりゃ、魔力で鍵かけられた扉なんてすぐわかるよ」


 それは非常にありがたい。だが、どう開けるかはわからないんだよな。

 従者が解かずに王子自ら解いていたし、もしかしたら特殊な魔法が必要なのかもしれない。

 以前戦ったイタロが使っていた継承魔法のような類の代物が。


「お姉ちゃん、こういう扉の開け方知ってる?」

「知ってるよ。任せなさい!」


 自信満々にお姉ちゃんが胸を張る。

 そして、お姉ちゃんは手を前にかざし、


「我が敵を貫け、土槍。鳥の如く、空を駆けよ! 〈ランチャ・ディ・テッラ〉」


 手の平から発生した土の槍が壁を穿ち、隠し扉は粉々に砕け散った。

 任せなさいとはいったい……。

 目を覆いたくなる惨状だが、その奥には王子の視点から見ていた地下に下りるための螺旋階段が目の前に広がっている。


「ロモロ。これなら飛び降りた方が早い」

「えっ」


 言うが早いか、お姉ちゃんは再び僕を抱きかかえて、中へと入る。

 そして、螺旋階段の開いた中央をそのまま落下していった。


「風よ、我が元に集いて、我が身に宿れ! 〈プレシオンネ・デル・ベント〉」


 地上へと落下寸前に、下から猛烈な風が吹き、お姉ちゃんと僕の身体を押し止める。

 僕らは無事に着地した。

 周囲を見渡すと、扉が四方にある。


「お姉ちゃん、こっち!」

「オッケー!」


 王子の視点はこちらを向いていたはず。

 扉には鍵が掛かっておらず、すぐに開いた。

 中では――。


「なっ……誰だ、貴様ら!?」


 ビアージョと、そして、必死に抵抗したのであろう姿を晒していたリナルド様がいた。


「ロモ、ロ……?」

「王子!」

「ロモロは王子を! あたしは――こいつを止めるッ!」

「貴様如き平民に止められる私では――ぐあっ!?」


 お姉ちゃんの一撃にビアージョが為す術もなく吹き飛んだ。

 その間に僕はリナルド様の下へ向かう。

 今にも倒れそうになっているリナルド様をどうにか支えた。


「どう、して……ここに?」

「話はあとです。今は喋らなくてもいいです」


 リナルド様の身体はよく見ればいたぶられたように切り刻まれていた。

 致命傷ではないが傷が非常に多い。

 このままでは非常に危険なのは明らかだった。


「人を見る目には自信があったんだが、この様だ……。情けない……。……自惚れて、過信、していたようだ……」

「お気を確かに。人なんて簡単に見極められるものではないです。リナルド様に落ち度はありません」

「……いや、それでも私は君という知己を得ているのだから、やはり自信を持っていいのかもな」


 リナルド様を地面に寝かせる。

 ひとまず自分の服を破って血の流れている箇所に巻くが、これ以上、ここでできることはない。

 今すぐにでもここから運び出して医者に診せるべきなんだけど……。


「な、なんなんだ貴様は!? 平民のくせに、なんでこんな力を……! なんで魔法が使えないんだ!」

「あたしの前で勝手に魔法が使えると思うなっ! 許可制だから!」

「ふざけるなッ! クソッ!」


 戦いが激しくて迂闊に動けない。

 お姉ちゃんがやろうと思えば、たぶん即座にビアージョを殺せるだろう。

 でも、そうしないのは捕らえるべきと判断しているはずだ。

 そうでなかったら……おそらく、お姉ちゃんは殺している。そういう世界で生きてきたものだから。


 だが、こうしているうちにも、王子の身体はどんどん冷たくなっていく。

 どちらにしろ運び出したところで、これじゃ間に合わない。


「ロモロ……。私は死ぬのか……?」

「……助かります」


 気休めを言うしかなかった。今の僕には手札が少なすぎる。

 今になって後悔が押し寄せてきた。

 ニコーラへ相談しておけば。テアロミーナ様に相談しておけば。

 未然に防げていた可能性は高かったかもしれない。


「もう少し、君と一緒に……行きたかったなぁ……」


 リナルド様の言葉が、心に突き刺さる。

 くそ、考えろ。足掻け。何でもいい。少しでも彼が生き残る方法を模索しろ。

 諦めてるなんていつでもできる。


「クソクソクソクソクソクソクソ!! どうしてッこんなッ!」

「さっさと諦めてよねっ!」


 お姉ちゃんは自分だけ身体強化の魔法を使って、ビアージョを追い詰めていく。

 その身体はここに来た時と同じように光り輝いていた。


 無詠唱、身体強化――。

 ふと、思いつく。

 できるか? これが?

 いや、躊躇うな。できると想像しろ。確信しろ。

『人の想像力は、遥かに奥深くて幅広い』

 学んで来た魔法を、信じろ!


 周囲のマナを集めていく。お姉ちゃんはちゃんと僕のためにマナを残しておいてくれていた。

 そして、魔力へと変換。

 身体強化と同じように内部へと放射するイメージで、リナルド様の中へと放射する。

 リナルド様の身体を外部から強化する。できる限り、癒すイメージで。


 身体が強化できるなら、自然治癒力だって強化されるはず。されない道理はないはずだ。

 身体強化魔法は無詠唱であり、それは自身の強化を望んでいるからという仮説は成り立つ。

 そして、もうひとつ仮説がある。


 身体強化魔法は、実は身体強化自体はしていないのではないか?

 元々、身体にはリミッターがあり、必要以上に力が出ないようになっている。

 限界以上の力を出し続ければ、筋肉が千切れ、骨が折れ、神経もズタズタになるからだ。


 だけど、身体強化魔法によってそのリミッターを外し、限界以上の力を出して身体が壊れても――それを即座に修復するのならば、それは身体強化に見える。

『身体強化をかけてるうちは傷の治りが早くなるから』

 であれば、細かい傷ならすぐに治る理由もわかる。


 問題は自分で生成した魔力で他人の身体を身体強化できるのかということだけど……。


「あ、れ……」


 生きる気力を取り戻したかのようにリナルド様の身体へ熱が戻る。

 傷が少しずつ塞がっていき、流れている血の量は明らかに減っていた。

 幸いなことに僕の魔力は、リナルド王子に浸透してくれたらしい。


「私は……助かるのか?」

「はい、もう一度言いますが、助かります」


 今度は気休めではない。確信めいた予感がある。

 だが、失った血だけはすぐに取り戻せないが……。


「……温かいな。昔、母に抱かれていた時のことを……思いだしたよ……」

「今は休んでください。少しでも体力を温存するように」

「……そうか。ロモロが、言うのならば、そうしよう……」


 リナルド様は目を閉じた。

 その表情は非常に安らかだ。

 気持ちよく眠っているようにも見える。

 もう命の危険はないだろう。


 そして、お姉ちゃんたちの戦いも佳境に入っていた。


「クッ……魔法さえ使えれば……!」

「使ってみたら?」

「なんだと……」

「使わせてあげる。さっさと使って身の程を知って諦めて」

「舐めるな、クソガキがァ!!」


 ビアージョが手をかざし、詠唱を始める。


「深淵に潜む猛き炎よ、今その闇より出でて、すべてを焼き尽くせ! 〈エルツィオーネ・デル・オスクリタ〉!!」


 暗闇の中から、紫色の不気味な炎が燃え盛る。凄まじい熱気がここまで伝わってくる。

 その炎がお姉ちゃんに容赦なく、お姉ちゃんに向かった。

 しかし――。


「温いよ――。凍てつき光よ、この不浄な世を浄化せよ。その一切、躊躇なく、消し飛ばせ。〈ブフェラ・ディ・ルーチェ〉」


 闇の炎が、あっという間に凍り付く。

 ビアージョの足下にまでその余波は届いており、闇もまた打ち消された。


「馬鹿な……」

「自信満々に使っておいてこの程度だとしたら興ざめなんだけど」

「くそっ……! こんなところで捕まってたまるものか!」


 ビアージョが服の中から何かを取り出す。

 それは以前にリュディに見せてもらった魔溜石によく似ていた。あの時見せてもらったものよりも遥かに大きい。

 魔力を使えない時に、代替できる代物だ。

 その魔溜石には何か紋様が描かれている。


「さらばだ」


 お姉ちゃんが止める暇もなく、その紋様が光った瞬間――ビアージョの身体は消え失せた。


「あっ!!」


 お姉ちゃんが反応するがもう遅い。

 彼はこの場からまんまと逃げおおせただろう。

 まるで瞬間移動でもしたかのように。


「……うーん。まさかまだこの場にいるってことはないよね?」

「だったら、さっさとお姉ちゃんの隙を窺ってるんじゃないかな」

「だとしたら気配感じないし。例のアレで逃げたかー。迂闊だったなぁ。魔溜石に溜めてあるのってマナじゃなくて魔力だもんね。それじゃ、あたしにはどうしようもないか」

「仕方ないよ。むしろ、使用方法がわかっただけでも充分じゃない?」


 逃げるための方法はわかったし。

 こんなところで使えると考えられなかったのは詰めが甘かったかもしれないが、今はリナルド様を助けられただけでもよしとしよう。

 あとは、僕が今回やらかしたことをどう収拾をつけるかだ。


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