定期試験の結果
休日が明けて定期試験が始まった。
筆記科目は魔法、幾何、天文。
紙に載った問題の下に答えを書いていく。基本的には授業でやったことが、そのまま問題になっていた。特に迷うこともなく羽ペンを走らせる。
筆記が終われば、次の日には実戦だ。
剣や槍での立ち会い、弓による的当て、魔法による特殊な実戦に、魔法陣の起動等々。
それも終わり昼食が終わると、午後には結果として紙で回される。
各項目がEからAまでの評価。総合評価が一番上に書かれており、こちらもEからAなのは同じだが、さらに-や+で細分化されていた。
「A-だったよ、ボクは。やっぱり武器を使った実戦で大きく減ってるね」
「わ、わたしは……Cです……。どれも平凡で……」
リュディとニンファが揃って見せ合っている。どうやらそれぞれの内訳もあって、それで総合評価が決まるようだ。
こういうのって見せ合うものなんだろうか。
周囲を見ると、仲のいい者同士では見せ合っている。
「ロモロはどうだったんだい」
「A+だったよ」
そう漏らすと、俄に教室がざわつく感じがした。
筆記でミスらしいミスもしなかったし、剣や槍での立ち会いもちゃんとできた。特に槍はゲルドのおかげだ。
弓はほとんどやってこなかったから、的に当てるのが精一杯であんまり評価は高くないけど、やっぱり魔法と魔法陣の実戦での評価が大きい。
「おー。凄いじゃないか! この教室では一番じゃないか?」
「ロモロ……凄いね……」
「まあ、ロモロならこのくらいやってくれませんと」
口々に褒めてくれる。
デメトリアもそんなことを言いながら、妙に誇らしげだ。
結果がお気に召したらしい。
「静粛に」
ノエミ師が手をパンパンと叩いて教室の騒ぎを静める。
「結果に一喜一憂しないように。試験とは人と比べるものではありません。己の今と成長を自覚するためにあります」
その通りだと思う。
だから、あまり人と比べることに意義は感じない。
ただ、結果に納得していない者も当然いるわけで……。
「ぼ、僕がDで、へ、平民がA+など納得いかない!」
誰かがそんなことを言った。
ゲルドの取り巻きの声でもないが、僕をいつも遠巻きに見て蔑んでいる生徒が何人かいるのは知っている。その中のひとりだ。
名前は確か、イタロ・ピネリだったっけかな。ニコーラによればジラッファンナ州の有力貴族らしい。
「現在の客観的な評価です。イタロ。貴方はまず今の実力を自覚なさい」
「し、しかし……!」
「この学校では貴族を理由に無条件に評価されることはありません。積み重ねてきたものの違いです。それと、平民などと言わず名前で呼びなさい。礼を失してますよ」
なおも納得していない生徒に従者が駆け寄り宥めている。
それでどうにか彼は黙ったが、納得も理解もしていなさそうだ。
「積み重ねてきたものの違いのというのなら、そこの平民と模擬戦をやらせろ! 僕は彼と模擬戦で直接、立ち会えなかったんだ! だから……」
「ふん。ロモロと立ち会って負けたが、俺は普通にA評価だ。貴様、本当に自分の実力がわからんのか」
「くっ……、ゲルド……」
「剣の振りも甘い、槍の突きも遅い、魔法の発動は遅い。それでよくロモロに負けてないと言い張れるものだ」
そう言われて、彼は黙り込んだ。
それにしてもゲルドに庇ってもらえるとは意外だったな。
ふとゲルドと目が合うと、フンと言わんばかりに顔を逸らされてしまった。
横でリュディが「やっぱり彼はわかりやすいね」と囁くように悪戯っぽく呟く。
「それでも……! 直接戦わねば納得できない……!」
彼はそれでも諦めない。
ノエミ師は少々扱いをどうしようか困ったような表情だ。
ここで助け船を出すべきか、黙っておくべきか。
そもそもおいて、直接戦ったところでイタロは納得してくれるのだろうか?
そんなことを考えていると、僕に向かって手袋が投げつけられた。
貴族特有の儀式というか――決闘の宣言だ。
「勝負しろ、平民!」
ここまで喧嘩を売られたなら仕方ない。
こっちも今は少しでも実戦経験を積みたいから渡りに船だ。受けて立とう。
「先生。受けますよ」
「……また貴方は」
はぁ……と深い溜め息と、「やっぱり血の気多いよね、ロモロって」というリュディの軽口が聞こえてきたのだった。
決闘が決まって、修練場へと移動する。
先生と僕とイタロ、そして付随している従者だけだ。
リュディやデメトリアはついてきたそうだったが、ノエミ師に止められていた。例外的な決闘の結果を第三者に見せないのは、拗れるのを少しでも防ぐためだろう。
歩きながらニコーラが小声で囁いてくる。
「ロモロ様、わかっているとは思いますが、油断なきよう」
「もちろん。……というかニコーラは反対すると思ってたけど」
「仕方ありますまい。経験を経なければ学べない者はおります。言うまでもないことですが、ロモロ様は経験だけでなく思弁でもって学びください」
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
ふと思い出した言葉だけど、誰の言葉だったっけか……。
修練場に到着すると、先客がいた。
お姉ちゃんと見知らぬ生徒だ。少し離れたところにデジレもいる。
戦っていたようだが、すでに終わったようで、相手の男は倒れ伏していた。
そして、「チクショウ!」と地面を叩いて悔しがっている。
この事態はノエミ師にとっても予想外だったようで、何事かその場にいた教師に聞きに言っていた。
そして、僕らもよくわかっていないのでデジレの近くまで向かう。
「デジレ。これはどういうことですかな」
「定期試験の結果が気に食わなかったようで、決闘を申し込まれたのですが……今し方、決着致しました」
「……姉弟揃って、ということですか」
ニコーラが珍しく失笑している。
デジレも口に手を当てて驚いていた。
「これでわかりましたか。別クラスで見ていないからおかしいと思ったのかもしれませんが、モニカさんの評価は決して間違っておりません」
「しかし、平民がこれほど……! 何か不正を……!」
「決闘までしてまだ言うようでしたら、然るべき処置を執りますよ。私たち教師の評価を信用できないのであれば、この学校にいる意義も薄いでしょう」
「い、いや……、待ってくれ……! それは、困る……」
「ならば今の実力を見極め、自身の評価を改めなさい」
そんな会話を耳にしながら、ノエミ師に押されて僕らは修練場の奥側へと向かう。
「見なかったことにしなさい。こうした決闘は本人同士でのみ決着をつけるべきものであり、第三者が見るべきものではありません」
やはりどちらも急な決闘だったからか、ニアミスしてしまったということか。
あの決闘を僕らに見られたのは、想定外だったようだ。
お姉ちゃんと決闘した人の結果は気になるが、今は僕が決闘に集中すべきだ。
お姉ちゃんたちの会話が全く聞こえない位置にまで移動すると、ノエミ師が止まる。
「両者、定位置につきなさい。武器と杖は持っていますね?」
模擬戦でもやったように、白い線の引かれた場所にそれぞれ立つ。
僕は木の短剣。イタロは木の剣だ。
「王立学校教師ノエミがこの決闘の証人であり、審判となります。では、始め!」
すると、イタロは胸元のポケットから何かを取り出した。
一見するとただの黒い三角錐に見えない。
それを地面に突き刺す。
「さあ、見てみよ! ピネリ家が秘奥を!」
「待ちなさい、イタロ! 決闘で武器と杖以外の持ち込みは――」
「坊ちゃん! それは――!」
ノエミ師とイタロの従者が慌てたような声を出したが、途中で遮断された。
地面に埋まった三角錐から強い光が溢れていく。
その光は膜となり、彼を中心に広がっていった。
膜はある程度の所まで広がると、まるで水晶のように変化していく。
ニコーラが少し慌てたように僕の下に駆け寄ろうとしていたが、水晶は壊せないらしい。さらに声もまったく聞こえてこなかった。
「驚いたか、平民。これがうちの継承魔法、水晶牢獄だ。この中には誰にも入れないし、音も聞こえない。つまり助けを呼べないのさ」
「継承魔法?」
「平民にはわかるまい。我々貴族はひとつの魔法を極め、次代に繋いでいく。我がピネリ家はこの魔法を世代を繋げて継承し、研鑽しているのだ!」
継承魔法。そんなものもあるのか。
確かに魔法ひとつを決めて、次の世代に引き継ぎながら洗練させていくというのは理に適っているな。
何しろ魔法は奥深い。人生一回で極められるとは思えない。
「その地面に刺した三角錐を媒体に光を水晶に変換しているんだ。どういう理屈かはわからないけど興味深いね。土の魔法の一種なんだろうけど……」
「くっ、もっと慌てろよ! いつも助けてくれる従者はお前を助けてくれないんだぞ!」
確かにニコーラはいつも助けてくれるけど、直接的に助けてくれるわけじゃない。
ここまでの言動に違和感を持っていたが、ようやく彼が憤っている理由を理解した。
「もしかして君は、試験の成績を僕の従者が直接手助けしてると思ってる?」
「ああ、そうだ! そうでなければA+などあり得ない! ゲルドは騙されているようだが、僕は騙されない! 貴族として罰してやるのが義務だ!」
「悪いけど、そんな替え玉みたいな汚い真似はしていないから、冤罪を被せられるのは困る」
そりゃ替え玉してて負けたら、納得はいかないだろうね。
もっともそんな真似はしていないし、そんな光景はなかったと思うんだけど。
ただ、彼はそう思うことでしか平民に負けた理由を見出せないのかもしれない。
「食らえ! 炎よ、〈フィアンマ〉!」
「水の盾。〈スクード・アクア〉」
彼が炎を放ってきた。即座に水の盾を生成。
炎と水がぶつかって、凄まじい水蒸気が生成される。
炎なんか使ってたら、中の酸素がなくなりそうだけど……でも、燃えてる媒体はマナというか魔力だから問題ないのか。
「刺せ、土よ! 〈アゴ・ディ・テッラ〉!」
立っている場所が微かに鳴動し始め、僕はその場から飛んだ。
一瞬後、土が尖りながら迫り上がってくる。遅れたら突き刺されていたかもしれない。
ただ、起動も生成も遅かったので、のんびりしていなければ充分避ける時間はあった。
「水晶の結界といい、この土の魔法といい、君は土の魔法が得意なのか」
「我が家はその才能がある! そして、僕はそれを引き継いできたんだ!」
次にイタロは真正面から剣で斬りかかってきた。
だが、その剣はリュディより早いくらいで、剣筋も教科書通り。
受けるのも避けるのも簡単すぎる。
今回は体勢を崩そうと思い、右へと受け流した。
彼はたたらを踏んで、僕の右斜め後ろへと回ってしまう。
そのがら空きの背中に武器を振り下ろすでも、魔法を放つこともできたが……ひとまずやめた。
「クソッ! 炎よ、〈フィアンマ〉!」
振り返った彼が放つ炎を見て、少し試そうと僕は木の短剣を構えた。
木の短剣に魔力を巡らせ、炎に向かってそれを突き出す。
そして、木の短剣はイタロの炎を吸い込み、その身に纏わせた。
魔力によって焦げることもない。
「な……。僕の炎が!?」
「魔法っていうのは本当に不思議だよね。こうして、人の魔法を奪うこともできるんだから」
そもそもこうして放たれる性質の魔法には、誰が使ったものか、誰のものであるかという所有権がない。
現象そのものに所有権があるわけでもなく、誰かを傷付ける目的が魔法自体にあるわけではないのだ。
だから、こうして勢いを殺してそのまま効果を保てれば、自分のものにすらできる。
まあ、効果を保ちながら勢いを殺すこと自体が難しいから、彼の未熟な魔法だからこそできる芸当だが。
「返すよ」
「くっ!」
炎をイタロに向かって投げつける。
彼は当然、それを避けるが、避けた先には罠があった。
風の刃が四肢を撫でると、そのまま彼を縛り上げる。
「なっ……どうして……!」
「僕が無詠唱を使えるって話は教室で聞いたと思ったけど。さっき魔法で作っておいたんだ」
「クソッ! この神に逆らう悪魔め!」
ヒドい言われようだ。
聖書で神が詠唱しているから無詠唱は異端みたいな話は聞いたが、彼はファタリタでは珍しく信仰の厚い信者なのだろうか。
「個人的にはこのまま負けを認めてほしいんだけど。傷付けるのは本意じゃない」
「何を! 僕はまだ……」
「少なくとも僕が従者の手助けを得て、評価をもらった疑いは晴れてない?」
「………」
彼の疑いを晴らすための実力は見せたつもりだ。
ここで彼をコテンパンに叩きのめすのは簡単だけど、それをしたところで僕には何もメリットはない。
それにお姉ちゃんに敵を作るなと言っておいて僕が敵を作るのも本末転倒。話の通じない相手は、また別だが……。
彼の魔法自体も得難いものだし、ファム様以外でジラッファンナの味方を作ることができればなおいい。
「僕は……負けるわけには……」
「せっかくこんないい魔法を使えるんだから、もっと普段から本気を出せばいい。試験での結果は、ノエミ師も言ってたけどそれまでの成果だよ」
「何を……!」
「お前がいつか出会う禍は、お前がおろそかにした時間の報いだ、って言葉がある」
誰の名言かはわからない。僕、本来の知識ではない。
ただ、真理だとは思う。
怠けることで本来起こらなかった禍が起き、避けられるはずだった禍に巻き込まれるのだ。
「どれだけ優秀な才能を持っていても、普段から頑張ってなければ腐っていくよ。認められたければ、ずっと自分を磨いていくしかないんだ。誰であっても」
「………」
僕の言うことを理解してきたのか、少しずつイタロが意気消沈していく。
しかし――そこで異変は起こった。
僕らを閉じ込めている水晶が鳴動し始め、ところどころがボコボコと膿のように膨らみ、少しずつ全体へ広がっていく。
明らかに水晶の中は狭まっていた。
「これは……」
「マズい! 暴走して――」
地面に突き刺さった三角錐が一瞬、光を放ったかと思えば砂のように崩れ去る。
膨らみはさらに加速し、あっという間に腕すら広げられないほどになった。
このままでは今すぐにでも押し潰される。
「堅牢なる砦よ! 壁よ! 盾よ! 守れ、領域――〈インビジブルフォルテッツァ〉!」
半球状の不可視の壁が僕とイタロを包む。
そして、水晶は不可視の壁までは侵食できない。
ただ、魔力で生成した壁は明らかにこちらに負荷をかけてくる。
「お、お前……。なんで僕まで守って……」
「なんでって……。このままじゃ潰されるでしょ」
「だから、なんで! そのまま見捨てればよかったじゃないか」
「やだよ。人が潰されるところを直に見るのは。君は僕を嫌がるかもしれないけど、同じクラスの人間――顔を知ってる人間を見捨てるのは目覚めが悪い」
というか、自然と動いたんだよね。
理由なんかない。
「目の前の人間を助ける理由なんか、あとで考えればいい。それに、この壁はそんな長い時間は持たない。助ける理由なんかよりも、脱出方法を考るべきだよ」
「だけど……」
「できなかったら、このままふたりとも潰されるだけだ。外からすぐにでもどうにかできる魔法なの、これは?」
イタロは首を振る。
もはや彼にこの魔法の制御権はないらしい。予想はしていたけど。
こういう時に魔法の所有権って大事だなって思う。
すでに周囲の水晶が不規則に分厚くなりすぎて、かろうじて外の明るさがわかるくらいだ。
外で何が行われているかわからない。
異変を感じて救助は行われてると思うけど、間に合うかどうか。
「そもそも、この魔法はどういう理屈のものなの? 光を水晶に変換してた気がするけど」
「え、えっと……た、確か……空気の一部と土を混ぜて水晶に変換させるとか聞いた気がする……。光はその変換の過程で起こる反応とか何とか」
ふと知らないはずの知識が、頭を過る。
水晶の元素は酸素と珪素。
本来ならば分離など簡単にはできない。削るなり壊すのが最善だろう。
だけど、マナならば。僕の無詠唱ならば。
僕はマナを集めて想像する。
水晶を分離し、酸素と珪素に戻ることを。
水晶に向かって魔力を流し、それを全体に行き渡らせていく。
僕らを覆っていた水晶は突然光りだし――一気に弾けた。
まるで何事もなかったかのように、修練場は元に戻る。
水晶はどこにも何ひとつ残っていなかった。
「た、助かったの……?」
「君の魔法に対する造詣のおかげでね」
おかげで知識を持って魔法を制御することができた。
成分や過程を知らないと想像しても効果は薄い。
それがなければ地道に削る方法を選んでいたはずだ。
それで助かったかはわからないけど。
「ロモロ様! ご無事ですか?」
「イタロ! ロモロ! 怪我は!?」
ニコーラとノエミ師が心配そうにこちらに駆け寄ってくる。
「……一応聞くけど、決闘まだやる?」
「いや、もういい。認めよう。僕の……負けだ」
「そっか」
「だが、またいつか……挑む。研鑽を積んで、今度は勝ってみせる」
「うん。いつでもいいよ」
こうして、突然起こった決闘は意外な形で決着した。
ちなみにお姉ちゃんの方はというと――。
「だからー。姿勢が甘いんだって。姿勢からどう攻撃してくるのかバレバレだから」
「なんだと!? だから貴様にまるで予知されたみたいに防がれていたというのか」
「モニカ様は魔法だけでなく、武芸も素晴らしいですわね。わたくしも教わろうかしら……」
学校からの帰り際に、お姉ちゃんと例の決闘の相手、そしてファム様たちが並んで歩いているのを見た。
仲良くかどうかはわからないが、会話は弾んでいる。
ちゃんと和解したのかもしれない。
こうやって少しずつ味方を増やしていければ嬉しいね。




