六機序
根の剪定作業が終わり、無事に土の改善も済んだその夜、エルフたちは宴会を開いた。
上座に僕らが座らされている。
まあ、向こうはお姉ちゃんを女神だと思ってるみたいだからね。
「ははは、スゴいことになったね。来た時とはえらい違いだ」
「笑い事ではないと思うんだけど、リュディ……」
「こういうのはもう笑い事で済ませた方がいいんじゃないかい?」
リュディの言うことにも一理はある気がする。
もはや流れに身を任せた方がいいような……。
任せるほかないのかもしれない。
「リナルド様を差し置くなど不敬な……」
「いいのだ、ゲルド。我々自身が何もしてないのにこうして歓待されるようになったのは、むしろ僥倖だろう。何しろ相手はエルフだ。人間の支配体系など些事だというのに、どういう形であれ縁を繋げることができたのだから。ロモロの姉君には感謝せねばな」
リナルド様が穏和な話のわかる人でよかった。
実際、王族のいる前で平民が女神として崇められるというのは不敬ではあるよね。
勇者って時もそうだったんだろうけど、勇者はまた絵巻物としてあるし、扱いが違うんだろうな。
「ささ、賢者さまもどうぞ。もっと食べてくだされ」
「も、もう充分、いただいてますので……」
食べても食べても取っ替え引っ替え皿が来る。ビュッフェ形式なのに、僕が立つ暇がなかった。
手も胃も休まらない。エルフの食事には肉がないのだけど、それでも木の実や果物などを使った人間の世界にはない料理が所狭しと並べられている。
お姉ちゃんは「美味しい! 美味しい!」と連呼しながら、デジレと一緒に食べているけど……相変わらず、強靱な胃だ。
悪く言うと面の皮が厚いというか、なんというか……。もっとも、向こうの望んでいる姿を演じているという見方もできるけど。
「ロモロ君、食べてるぅ~?」
「人生の中で一番食べたくらいにはお腹いっぱいだよ」
「そりゃよかったぁ。こういう宴会ってなかなかなくってさぁ。ウチもこうして久々に美味いモン食えて大ラッキー。女神さまにカンシャカンゲキぃ」
「それにしても、エルフって女神さま信仰なんだ?」
人間世界で一番広まっているマルイェム教は多神教で、その中に女神は何人かいたと思うけど。
「知らなぁい。ウチはそう教えられてきただけだしぃ」
「適当過ぎる……」
「そんなもんだよぉ。女神アレハ様のおかげでエルフの木は成り立ってるって話だから、感謝はしてるけどさぁ。アレハ様は直接、何もしてくれないしぃ」
神様が直接人に力を貸してくれるなら、宗教はもっと力を持ってるだろうしね。
「それにしてもアレハって、マルイェム教の原神――すべての神の元となった神じゃなかったっけ? 性別は記されてなかったように思うけど」
「おや。人の世界ではもうアレハ教は広まってないのですかな?」
僕らの話を聞いていたのか、タルヤ殿が近寄ってきた。
陽気な顔で少し酔っているようだ。初めて見た時の厳しい顔の面影がまるでない。
「我々がこの時の狭間に来た頃の人間世界ではアレハ教が盛んでしてなぁ。ノース・エレンと名乗る聖者がアレハ様から託宣を受け取り、様々な奇跡をアレハ様の名の下に起こし、多くの人を救ったと聞いております」
ノース・エレン。
マルイェム教から異端者認定された、堕ちた悪魔。
少なくとも聖書にはそう記述されている。
……今は言わない方がよさそうだな、これ。
「様々な奇跡とは?」
「アレハ様は、六つの世界機序を作り出したと言われておりますな」
「世界機序? 世界の機構ってことですか?」
「ええ、その通りです。さすがは賢者さまですね。アレハトレニア、アマルジェルベーラ、ポピュラセルム、タレヤナリア、マブルシェール、アルビージアという機序によって、世界を創り上げたと言われております」
まったく聞き覚えのない名前と話だ。本で見たこともない。
だけど、ひとつだけ聞き覚えのある名前がある。
マブルシェールって確か――。
「機序が具体的にどう世界を作ったのかは原典を紛失したとかでわかってませんがね」
「……マブルシェールっていうのが、口伝とかでどういうものかはわかりませんか?」
「どうでしたっけかねぇ……。情報を司る機序という話を聞いたような。これ以上はわかりません。申し訳ない」
「いえ……」
名前が名前だけに無視はできないな。
あの魔族と一緒にいた以上、何かありそうだ。
わかったところで、こちらから何かアプローチできるわけでもないんだけど。
「まあ、難しい話はナシにしましょう! とにかく飲んでください!」
「いえ、僕お酒はちょっと……」
十二歳以上になれば大人とみなされて飲むことはできるが、一度酔ったお父さんに飲まされて以来、苦手意識が強い。苦い水だよ、あれは。
真夜中になり、宴もたけなわになった頃――。
ほとんどのエルフが酔い潰されているか寝ている中、僕らはまだ起きていた。
お酒飲んでないからね。
部屋に戻ろうかと考えながら周囲を見渡すと、お姉ちゃんとセンニが何やら会話に花を咲かせている。
「えっ。センニってお兄さんいたの?」
「まあねぇ。数年前に『武者修行のたびに出る』って言って出てったっきり、戻ってきてないけどぉ」
「武者修行ってことは強いんだね」
「今のウチよりも遥かに強かったよぉ。ウチも当時に比べれば強くなったけど、あの当時の兄貴の剣に勝てる気はしないな~。闘気まで使われたらどうしようもないっしょ」
「闘気!?」
「な、なに、モニカ。食いつきいいじゃん」
「あたしももっと闘気を強くしたいんだ。多少は使えるけど、使い物にならないし」
「えー。モニカは魔法があるでしょ?」
「同時に使いたいんだよー! 威力を高めるために」
「無理無理。魔力と闘気って相反するものだし、お互い打ち消し合うだけだって」
「上手く制御すればいけるんだってば!」
「まゆつば~。まあ、どっちにしろ、ウチは闘気教えられないしなぁ。兄貴に会えれば頼めるけど、今頃どこにいるやら。殺しても死なないようなやつだし、死んではいないと思うけど~」
センニも強かったけど、兄も強いのか。
それにしても闘気、ね。
文献では自身の中に内包されるエネルギーを外に向ける力で、誰にでも使えるとかいう話だが、その修行は長く険しい。
十年以上の特殊でおぞましい修行が必要だという。
「ロモロ」
お姉ちゃんたちの話に聞き耳を立てていると、リナルド様が来た。
ゲルドも一緒だ。
「先ほどの話、まだ詳しく聞いてなかったが、説明してくれるか?」
「すいません。色々あって飛んでました……。領地を持つ話ですね」
「ああ。ロモロとしては、エルフが世界にトラブルなく回帰するために必要ということだろう?」
「ええ。リナルド様の想像通りです。今のままだとエルフたちは王領に出て来るわけですけど、『影の樹海』は王領で誰も管理してないんですよね? 行政官も誰もいない」
「ああ。だから、出てきたら貴族の横槍が入るはずだが……」
「でも、リナルド様が管理していた時に出てきたならどうです? 曲がりなりにも管理されている以上、その領地を返却させて寄越せとは言い辛いでしょう」
「それはそうだが……エルフを手の内にするのは、やっかみを買わないか?」
「やっかみくらいなら買ってもいいじゃないですか。それで済むなら安いものですよ」
僕がそう言うとリナルド様は少し驚いた顔になり、すぐにフッと笑った。
今まで見て来たものよりも自然な笑顔だった。
「ロモロ……。貴様、とんでもないことを――」
「いや、いいのだ。ゲルド。ふふふ。確かに、お主の言う通りだ。領地を得られればそれぐらいの嫉妬は受け容れて然るべきだな」
「それにエルフの人たちも人間界に出てくる以上、必然的に共生せざるを得ません。介入ができなくとも、交流はできるはずです。独占的にね」
「……ロモロはなかなか意地の悪いことを考える」
「もし、許してくれるのであれば、僕はリナルド様に力を貸します。あらゆる手を使って、この『影の樹海』をリナルド様の領地にしてみせます」
リナルド様が考え込む。
だが、ゲルドは胡散臭そうにしていた。
「そんな簡単にできるものではないだろう」
「もちろん。でも、王はリナルド様に領地を与えたがってるけど、与えられる領地がない。『影の樹海』はテソーロと接してるし、森自体が危険だから誰の管轄でもない。リナルド様がそこを管理できて発展させられると証明できれば、与えられてもおかしくはないじゃない」
「管理できて発展させられるという証明はどうするんだ」
「いや、もうよいゲルド」
ゲルドの話を遮って、リナルド様がこちらの顔を見てくる。
非常に真面目な表情だ。
「……お主がなぜエルフに肩入れするのかはわからない。私にそこまで肩入れしてくれる理由もな」
「それは……」
事情を話すのは躊躇われる。
これはリナルド様のためでも、エルフのためでもない。
ただただ、未来のお姉ちゃんに多くの味方を作るためのものだ。
特にエルフが味方についてくれれば間違いなく頼りになる。そんな打算が強い。
「だが、お主のことだ。悪意などあるまい。理由は聞かん。お主の信頼に応えられた時に聞くことにしよう」
「いいんですか?」
「私が領地を得るために邁進すれば、あの時お主に話したように、私と共に歩んでくれるのだろう。その言葉に嘘はあるまい?」
「ええ、もちろん。微力を尽くして貢献させていただきます」
晴れ晴れとした表情で、リナルド様は大きく頷いた。
「よし。では私は『影の樹海』を領地とするよう努力しよう。父にも掛け合う。これからも頼りにしているぞ、ロモロ」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ゲルドも。今回のことは誰にも内密にしてくれ」
「は……」
僕とリナルド様は、誓い合うようにお互いに手を強く握った。




