スライム戦
スライムは表層を粘体の酸へと変化させ、それを撃ち出してくる。
これも昔、お父さんに聞いたとおりだ。
人間の身体や動物の皮、木などは大抵溶かす。鉄は受け止めることができるが、少しずつ腐食していくらしい。特殊な素材でなければダメだということだ。
お父さんたちは、別の方法で受けていたらしいけど……。
「不用意に近づくのは危険だよ、ゲルド!」
「き、貴様に言われなくてもわかっている!」
「ゲルド、一旦そこを離れよ! 炎よ、焦がせ。立ち上れ、我が剣よ! 〈フレイムセイバー〉!」
リナルド様が炎の魔法を放つ。しかし、スライムへの効果は薄かった。そもそもあの粘体に魔法は効きにくいと聞いている。
だが、リナルド様もそれは承知していた。
「これで多少は核が見えやすくなったはず……」
外側の葉や泥を落とすために放ったのだ。
だが、効果は薄かった。スライムは葉や泥をその粘体の中に入れている。
中身まで消さなければ核の位置ははっきり見えない。
「なら、これで――風の刃よ、切り裂け。〈ラマ・ディ・ベント〉」
リュディが風の刃を放つ。
直撃したが、これもスライムの身体を波立たせるだけに終わった。
やはり、スライムにはそもそも魔法で生成したものが効かないようだ。
どういう構造になってるんだ、あれは。
「おのれ……!」
ゲルドは刺突を繰り返すが、核には当たらなかった。そもそも見えない上に相手も核を動かしているのだから、まぐれでも当たりようもない。
もっと……常軌を逸した速度での攻撃が必要だ。
それを横目に、リュディが僕の下へ駆け寄ってくる。
「ロモロ、君はさっきから何をやってるんだい。暇ならこっちに参加してほしいんだけどね」
「魔法陣を描いてたんだよ。……っと、お待たせ。これで終わった。ゲルド! リナルド様! こっちに!」
「! ゲルド、退くぞ!」
「……はっ!」
「ロモロ、マズいぞ。またあの弾が来る!」
スライムが蠢いている。粘体の表層にイボのようなものが作られていた、さっきと同じ酸の弾を出す予備動作だ。しかも今度は一発ではなく、複数の弾を出そうとしている。
だが、わかっているなら対処は容易い。
「堅牢なる砦よ! 壁よ! 盾よ! 守れ、領域――〈インビジブルフォルテッツァ〉!」
半球状の不可視の壁が僕らを包む。ヴェネランダさんが使ったものを無理矢理発動させた。
ヴェネランダさんのものよりも、効果は薄いし、発動時間も短いが――スライムの弾程度、どうとでもなる。一度とはいえ、あのフェンリルの吐いた炎すら防いだ代物だ。
ゲルドとリナルド様がすんでのところで領域の内側に入ると、酸の弾はすべて壁に当たって蒸発するような音を立てて消えた。
これがお父さんたちが使っていたもうひとつの酸の防ぎ方だ。
弾の射程圏内から少し離れると、スライムは僕らに向かって動き出す。
緩慢な動きだが、その身体がついに魔法陣の中心に来た。
「来いッ!」
魔法陣が起動条件を満たし、発動。魔法陣を描いた箇所が音を立てて陥没する。
地面を陥没させる魔法陣で、大地の力を使うものだ。簡易的な落とし穴としてよく利用されるらしい。
スライムは身体をすべて穴の中に埋めた。
「止まった……? だが、あの程度の深さでは這い上がられるのでは?」
「少し埋めただけではないか! これでは足止めにもならんぞ、ロモロ!」
「ところが足止めになるんだよね、これが」
「なんだと?」
事実、そんなに深い穴でもないのに、スライムは這い上がってこなかった。
鈍重とはいえ、その程度の上下が苦になるモンスターではない。だが、スライムはここを動く気配がない。
理屈は簡単……というか、モンスターの習性を利用しただけだ。
「スライムは昼行性のモンスターで、光を頼りにして光を遮って動く影を捕えにかかる。でも、彼らの視界……って言っていいのかわからないけど、その目は真横しか見えてないんだ。だから、地面に埋めてしまえば、もう真横に遮る光自体はないから動かない。スライムは外敵がいなきゃ、動かないしね」
「よくそんなこと知っているな、お主は」
「父が元々モンスターハンターで、モンスターを無力化する話はよく聞いてましたから。モンスターと戦うのは面倒だから無力化した方が早いって。危険度が高くないのは、こういう致命的な弱点があるからじゃないかと」
「なかなか機知に富んだ父御だ」
こっちの説明に、リナルド様が楽しそうに笑ってくれる。
とても自然な笑顔だった。
こういう表情がこの人の本来のものなのだろうな。
それにしても、こうしてモンスターを無力化して、とても充実感を覚えてしまった。
ある意味では、初めての実戦だったけど悪くなかったな。
少なくとも目の前でとんでもない剣戟が放たれてるのを不安になりながら見ているだけの時よりかは、いい経験だったように思う。
ひとまず危機は去って、一息吐いていると――。
「せいやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
静寂を突き破るような掛け声と共に、上空から一閃。
雨よりも早く、埋まっているスライムに向かって剣が突き立てられた。
スライムの核を打ち抜いたのか、スライムの粘体が派手に四散する。
まさにスライムの核を壊すために、常軌を逸した速度での攻撃だ。
「ふー。ロモロたち、ようやく見つけた! 無事でよかった!」
「モニカ様!! いきなり木に登らないでください!」
「でも、高いところにいた方が見つけやすいし……。何か危ないのもいたし」
「せめて、わたしにわかるように言ってからやってください!」
「はーい」
お姉ちゃんとデジレだった。
小言を言ってくるデジレを適当にあしらいながら、お姉ちゃんは僕らの元に駆け寄ってくる。
「ふっふっふ。スライムは地面に埋めておくのがいいってお父さんの話、覚えてたんだねぇ。偉いぞ、ロモロ」
そう言って僕の頭を撫でてきた。
「ちょっとやめてよ!」
「えー。なんで照れてるのよー。家では普通にさせてくれてたのに」
「あの時は諦めてただけだよ! 周囲を確認してほしいな!」
周りにこんなことを見られるのは恥ずかしい……。
ただ、それ以上に、ゲルドやリナルド様は驚いていた。
スライムを一撃で倒したことにだろう。
「……というかスライムの核、見えないのにどうやってわかったの」
「ああ、あれ? スライムは核の動かし方に癖があるから、それに合わせて突けばいいだけだよ。あとは中の葉っぱと泥を見てれば、だいたいどこに動かしたかわかるしね」
説明がふわっとしている。
理屈を聞いても答えに期待できそうもなかった。
「ロモロ。お主の姉君は強いのだな」
「……というか、かなり上から落ちてきたと思うのだが、怪我はないのか?」
「ははは。なるほど。ロモロのお姉さんは確かに楽しそうな人だな」
三者三様。
正直、お姉ちゃんの強さを見られたのがこの三人で良かったような気がする。
「ところで、お姉ちゃん。今どうなってるかわかる? 遭難してるっぽいけど」
「うーん……。何が何だかわからないよ。周囲を一通り調べてみたけど、いつの間にか野営地は消えてるし」
「お姉ちゃんでもわからないの?」
「さっぱり。しかも、出られないね。領域結界の一種かも」
「領域結界?」
「広範囲を覆う結界だよ。対軍用の防御用領域結界は知ってるけど、これは違うね。あたしも初めて見たタイプだよ」
お姉ちゃんであれば、僕らの身に何が起こったのかわかるかと思ったけど……。
そのお姉ちゃんでもわからないのであれば、僕にわかるはずもない。
いくらか仮説は考えられるけど、確証はないし。
「貴様ら何者だ!!」
思い悩んでいたところに、突然の怒号が響いた。




