ファム様の王族の話
この日は以前した本を借りる約束を果たすために、ファム様と一緒に昼食を共にすることになった。
お姉ちゃんも一緒だ。
「ごきげんよう。モニカ、ロモロ様」
「ごきげんよう、ファム」
「こんにちは、ファム様」
軽く挨拶をして、ファム様とその従者たちについていく。
学校の敷地内には四大公爵家がそれぞれ所有する小さな建物がある。小さいと言ってもちょっとした館くらいはあるが、貴族からすると小さいらしい。
ここはファム様が実家であるジラッファンナ家が所有する建物だ。
学校本校舎から離れているが、私的な用事を行うことに使われるらしい。
ここで生徒同士の小さな外交まで行われているという噂もあるが……さもありなん。
中に入ると、以前行った寮と似たような飾り付けだった。
華美でありつつも、しっかりと意味がある。成金ではこうはいかない。
そして、何十人もの侍従で準備が成されていた。
ただ、あまり歓迎をされていないのか、あるいは未知の平民に対する興味か、僕らを見る目が肌に突き刺さった。
「ごめんなさいね。あまり平民と過ごすことはないから、皆、どう接していいのかわかっておりませんの」
「いえ、お気になさらず」
お姉ちゃんはこういう視線の中、生きてきたのかもしれないなぁ。
だとしたら生き辛いという感想もわかる。
そして、突き当たりの部屋に入る、席へ案内されると、その一角に本が自然と積まれていた。
おお、こんなに用意してくれたんだ。
「どうぞ、お座りになって?」
促されて、僕とお姉ちゃんは席に座る。
「今回はロモロ様に向けてというのもそうなのですが、モニカにも是非とも読んでもらいたい本があって」
「えぇ……。あたし、本はちょっと……」
「そう言わずに! これは簡単で読みやすくて楽しいですわよ。トレジャーハンターの方の冒険活劇ですが、モニカにはきっと楽しんでもらえますから。短いですし」
「一冊くらい読んでみた方がいいよ。お姉ちゃん、一度も本読んだことないでしょ」
「うーん……。そもそも字を読むのが苦手だからなぁ……」
和やかな歓談をしつつ、本を受け取って簡単な注意点などを聞いていると、食事が運ばれてきた。
昼に食べるものとは思えないほど豪勢だ。
街に住んでる頃はパン一枚で済ませることも多かったのに。小さなチーズを挟むのが、精一杯の贅沢だった。
それはスパーダルドでも同じだけど、貴族と平民の違いがまざまざとわかるね。
「そう言えばロモロ様。リナルド様と仲がよろしいとか?」
美味しい料理に舌鼓を打っていると、ファム様が不意に話題を振ってきた。
「よくご存じですね」
「少し話題になりましたからね。リナルド様もロモロ様も目立ちますから」
教室にはジラッファンナ州の子もいたし、その辺りから知ったのかな?
迂闊に何か話そうものなら筒抜けなんだろう。貴族はその辺り、抜け目がないのだ。
ファム様がそういう人であるのではなく、貴族がそういう性質を持っている。
スパーダルドでも僕らはその日にあったことを報告する義務があるけど、それは平民だからではなく寮に住む者全員の義務だしね。
「それがどうかしましたか?」
「いえ、特に何かあるわけでもないのですが……」
どこか奥歯に物が挟まったような口調だ。
この反応はゲルドの時も見た気がするな。
「こんなことを言ってしまうと不敬かもしれませんが、よくしてあげてくださいまし」
「……どういうことでしょうか?」
ファム様は少し失言をしたかもしれないと、困ったような表情だ。
そして、このまま突き進むか引き返すか、迷っているような目付きになっている。
僕は促すように頷いた。
「……皆さん、席を外してください」
そう言われてニコーラやデジレが頷いてその場から離れた。
ファム様の従者やその取り巻きたちも一礼して去っていく。
「ロモロ様がどこまで知っているかはわかりませんが……リナルド様は母親を失っています」
それは知らなかった。
確か彼は元々平民として過ごして、突然母親と共に王族に入ることになったと言っている。
「それはいつ頃の話ですか?」
「一年ほど前でしょうか。彼女は第四王妃となりましたが……立場はあまりにも弱かったのです」
母親は完全に平民ということだったはず。
王が戯れに生ませたのか本気だったのか、それはわからないが……。
「権謀術数が巡る王宮の中で、彼女は酷い仕打ちを受けたと聞きます。おそらくはリナルド様や妹様にもその毒牙は伸びていたかもしれません……」
妹がいたのか。それは知らなかった。
「リナルド様が領地を拝領されていないのはもう知っていると思いますが、そういったこともあって、彼は王族でありながら非常に立場が弱いのです。わたくしも四大公爵家という立場上、あまり味方をすることもできませんので……」
「ファム様はリナルド様とは親しいのですか?」
「実はわたくし、幼少期には王族に人質として預けられておりまして」
「人質……?」
「祖父が少々、困ったことをしでかしまして……。それで他の四大公爵の手前、お咎めなしは示しがつかないと言われて、王族に交じって二年ほど過ごしておりました。その時に何度か、お話しを」
貴族は怖いな。人質とか、平民じゃ聞かないぞ。
でも、ファム様がリナルド様を気にする理由もわかった。
そして、リナルド様が王族を排除しようとする理由も、うっすらと取っかかりが見えてきた気がする。
「人質として預けられたわたくしを気遣ってくれた優しい子なのです。なので、彼には幸せになってほしくて……。聞けば友人もできなかったということだったのですけど、ロモロ様が一緒に昼食を取ったと耳に入ったので、少し安心しましたの」
ファム様は本当に優しいなぁ。
そんな横でお姉ちゃんが脳内で昔の記憶と鬩ぎ合っているようで目が忙しないけど。
何にせよ、これである程度、事情も知れた。
本を借りて食事会をするだけだったのに、思い掛けない形で情報が手に入ったのは嬉しいところだね。
一日の終わりに、また僕はスターゲイザーを使って学校の図書館を覗き見る。
あの大きな魔法陣を描いていたのを見て以来、来てはいない。
そもそも計画があるのだったら、いつでも始動できるように、さっさと魔法陣描き終えて準備しておいた方がいい気もするんだけど、この辺りまだよくわかってない。
あの魔法陣に何か仕掛けがあるのか、ただの見せかけか、あるいは王子に向けたパフォーマンスでしかないのか。
何にせよ、このまま待つだけでは打つ手がなさ過ぎる。
「スターゲイザー」
『イエス、マスター』
「人の心を読むとかそういうことは無理?」
『現状では不可能です。そのような機能は解放されておりません』
「現状? それは僕が原因でできないってこと?」
『封印が働いており、その機能は制限されております。一応、説明しますと相手の血液を採ることで心を読むことが可能な機能はありました』
ありました――過去形か。
どっちにしろ、さすがに無理か。
できても使うかどうかは悩むところだし、身体に触れるでも難易度高かったように思ったのに、血液は難易度が高すぎる。
スターゲイザーで斬れってことでは?
『ですが例外的な処理として、人の心を限定的に探る手段は有しています』
「あるんだ……」
『汎用性の高いものではありません。望んだ結果が得られるとも限りません』
「それで、どうすればいいんだ?」
『睡眠中の幻覚を利用します』
睡眠中の幻覚……ってつまり夢か。
「相手の夢が見られるの?」
『イエス、マスター。視覚や聴覚、それらの情報は脳の電気的信号によって得られます。夢も同じことです。それらを取得します。これらは触れた相手であれば可能です』
脳で電気信号……前世の記憶にあるな。
ニューロンからニューロンに流れて、目に見える背景や周囲の音を情報として取得する、と。
それを応用して、脳内の情報を取得するってことか?
「それなら通常時の脳内情報も取得できるんじゃないの?」
『生体電気から情報を取得するのは高度な技術です。先ほど睡眠中に情報を得られると言いましたが、眠りが浅い状態でないと精度の高い情報は得られません。深い睡眠では情報を得られません。なお、浅い睡眠は約二十パーセントです。その上、睡眠の浅深は交互に行われるため、得られる情報は連続的なものではなく、断続的なものとなります』
つまり、八時間眠っている場合でも、二時間弱しか情報が得られない機会がないってことか。
しかも、その時間も二十分が六回とかそういう可能性もあると。
「都合良くこっちが見たい夢を見てくれるとも限らないってことか」
『イエス、マスター』
「了解。それでも一応、見ておきたい。対象はリナルド王子で」
『では、起動します』
そのうち見られるかもしれないと、さほど期待していなかったのだけど、困ったことに初日で引き当ててしまったのだった。




