しがらみか繋がりか
部屋から出て、教室へと戻る途中――意外な人と出くわした。
いや、待っていたのかもしれない。
「ちょっと話がある」
ゲルドだった。いつもの取り巻き三人はいない。年輩の従者がひとりいるだけだ。
ランチャレオネとスパーダルドは仲が悪いので、あまり接触しない方がいいとは言われているが、話があるとなれば行かざるを得ない。
別に敵意も感じないし、むしろ気まずそうに見える。
「話って?」
「ちょっとここじゃダメだ。少し移動する」
こちらの返答を聞くことなく、ゲルドは歩き出し、それに従者もついていく。
ニコーラは何も言わないし、止めもしない。ひとまず僕はゲルドを追った。
少し歩くと外に出て、小さな庭園に出た。東屋というこの大陸ではあまり見ない建築様式だ。
ゲルドは屋根の下に備え付けられた椅子に座る。
それに続いて僕も対面に座った。
「リナルド様と昼食を共にしたと聞いたが」
「耳が早いですね。先ほど終わりましたが……」
何か問題でもあったのかな。
でも、問題があればニコーラが何かしら言ってきただろうし。
「その……リナルド様はどうだった?」
「どう、って?」
「ど、どう過ごしていたかという話だ!」
「いや、その……普通としか言い様が……」
こちらが困っていると向こうの従者が助け船を出すようにゲルドに耳打ちする。
よかった。僕の教養か常識が不足しているのかと思った。
「リナルド様は壮健であったか?」
「昔のことは知りませんけど、普通だったとは思いますよ」
「そ、そうか……。どんな話をした? いや、伝えられる範囲で構わないが」
未だに目的が見えないけど、話せる範囲ならいいかな?
ちらりとニコーラを見ると、小さく頷く。
「一緒に昼食を共にしてたわいのない話をしてたくらいですよ。知見のなかった王族についての話をさせてもらったり……あとは友人になりました」
「ゆ、友人!?」
「はい。それが何か?」
「……そ、そうか。いや、それならいい」
いつものゲルドらしくないな。彼は普段はもっと尊大なのに。
話題が王族であっても、あまり物怖じしないように思うのだけど。
だが、さらに彼らしからぬ行動に出た。
「感謝する」
小さく頭を下げられる。
まさか貴族として気位の高い彼が、小さくとはいえ頭を下げてくるとは……。
「その、どういうことかわからないんですけど」
「そうだったな。一方的に話してしまったが……俺とリナルド様は同世代ということもあってお互い知った仲ではあったのだ。あの方が表舞台に出てきて、何度か祝宴や茶会などで一緒になった。よく話もしていた。似たような境遇でもあったから」
似たような境遇……? リナルド様が半分平民という話だろうか。
ただ、ゲルドに平民の血が入っているとは思えないんだよね。
だとすると、妾腹の子という辺りだろうか。
「ただ……王族と言えど、軽々しく馴れ合うな、と兄上からの命令が下った。役に立たぬ王族と友誼を結ぶ時間など無駄だ、とな」
「不敬では?」
「貴様からすればそうかもしれないが、四大公爵家というのは我が家も含めて、そこまで王族を敬っていない。義理こそ果たすが、自身の裁量で自由にやらせてもらう……というスタンスだからな」
ニコーラの話にもあったな。今の王権は弱い、と。
その辺りが絡んでくるのか。
「俺は結局、リナルド様に何を言うでもなく離れた。兄上の目がどこにあるかわからず、彼を見かけても自分から話せなくなった。それからリナルド様が事件に巻き込まれたりしても、何もできなかった」
「……でも、ゲルド個人としては心配していたと」
「貴様に指摘されるのは、少々腹立たしいが……そういうことだ。本来であればこうして貴様と話すことだって兄は許さない。ランチャレオネはスパーダルドを最も敵視しているしな。だからこそ、こうして誰にも見られぬところに来ている」
なるほど。なんでこんな場所に移動したのかと思ったら、そういう事情か。
ゲルドも大変そうだ。彼の尊大な性格も家の事情によるものなのかもしれない。
「何にせよ、壮健であったのであれば俺から言うことはない。もし、できれば今後ともリナルド様を支えてやってくれ。俺にはできなかったことだ」
「ゲルドはそれでいいの?」
「……貴様に言うようなことではない。俺はリナルド様よりも……兄上の方が大事だからな」
そう言ってゲルドは立ち上がり、話は終わりだとばかりに従者と共に去っていった。
「ニコーラはゲルドのことってどのくらい知ってる?」
「ランチャレオネ家の次男であり、現ランチャレオネの公爵の亡くなった第二夫人の子供である、ということくらいですな」
「その……第二夫人って立場はどんなもんだったの?」
「貴族ではありましたが、非常に立場が弱かったと伝え聞いております」
さっきの僕の予想はほぼ当たっていたのか。
同じ境遇というのは心情を共有しやすいだろうから、仲良くなるのも早かったのかもしれない。
ただ、残念なことに彼の兄がそれを許さなかったと。
問題の、その兄。
お姉ちゃんから以前聞いた話では、スパーダルドの大鉱脈を奪ったのは彼らしい。
装備の自給や修復をできなくする要注意人物である。
ゲルドと仲良くなって釘を刺せればと思ったけど、彼の兄への忠誠心はかなり高そうで、非常に難航しそうな事案だな……。
寮に帰って日課も終わり、食事も風呂も終わって人心地つく。
寝る前にちょっとお姉ちゃんの部屋へと向かった。
この時間にならないと僕の侍従であるニコーラや、お姉ちゃんのデジレは離れてくれない。
ふたりきりで話せる時間は思ったよりも限られている。
ニコーラたちの前で堂々と話すわけにもいかないし、魔法で話しても光でバレるしね。こうして僅かな時間を使って、これからのことを相談するしかない。
「思い出せって言われてもなぁ……」
「何か小さなことでもいいんだよ。とにかくあれば教えて欲しい」
今、お姉ちゃんに聞いているのは、前の世界でお姉ちゃんが学校に入る前の話だ。
現時点で僕が害意に晒されているのは、スターゲイザーを信じれば間違いない。
問題は僕が狙われているのか、あるいは学校全体が狙われているのか、という点だ。
ただ、平民の僕が狙われる理由は薄いので、学校全体だろうと見ている。スパーダルドを貶めるため……というなら、もっと別の方法があるだろうしね。
学校全体、あるいは広範囲を狙われているのであれば、お姉ちゃんの前の世界でも起こったことかもしれない。
もちろんお姉ちゃんの入学前の話になるから、お姉ちゃん自身は体験していないが、そんなことが起こっていたとしたら、かなり大規模な事件が発生していて学校内で語り継がれている可能性が高いはずだ。
今回のケースとして、想定されるのは三つ。
『僕が学校に入ったことで、誰かに狙われるようになった』
『学校が狙われて、前の世界に於いて表に出ることなく解決した』
『学校が狙われて、前の世界に於いて事件として発生した』
大きい事件として発生していれば、何かしら噂話として出るのではないだろうか?
その噂話をお姉ちゃんが聞いていて覚えているという可能性に賭けたい。
「……この話がロモロがほしがってる話かどうかはわからないけど」
「うん」
「この学校、図書館に幽霊が出るって話があったんだよね」
「……ゆーれー?」
この世に未練を残して現世に留まる魂――あるいはこれもモンスターの一種かもしれない。ゴーストハンターの出番でもあったのだろうか。
「幽霊って……誰かが死んだってこと?」
「あたしが入学する前にとある王子様が不可思議な死に方をしたとかって曖昧な話があって……夜、図書館には近づくなって釘を刺されてたんだ。その話がどれぐらい昔の話かわからないんだけど。大昔の話なのかもしれないし」
……ビンゴでは?
僕の知りたかった話のような気がする。
「大昔の話じゃないよ。それはお姉ちゃんが入る前、数年内の話だと思う」
「え? なんで、そう言い切れるの?」
「今の図書館にそんな噂はないからだよ。僕は何度か図書館に行ってるけど、幽霊なんて話は聞かないし」
大昔に死んだ王子という話なのであれば、今の時点で噂されていなければおかしい。
噂がないということであれば、それはこれから起こることだ。
ただ、王子ひとりだけが犠牲になってた小規模なものだとすると、僕にまで警告が来てる理由がよくわからないんだけど。
「それにしてもロモロってば何でそんなこと聞くの?」
「えっ……? いや、ちょっと不穏な空気を感じたからというか……」
「……なーんか、怪しいなぁ。ロモロが何か隠し事をする時はとにかく怪しい!」
そんな論法で言われて困るが、お姉ちゃんはとても訝しげにこちらを見てくる。
実はお姉ちゃんにスターゲイザーのことはまだ言っていない。
特に黙る理由もなかったのだけど、言う機会がなかったのだ。
「マティアスさんが短剣を持ってきて、倒れてからおかしいよね?」
何気によく見てる。鋭いな。
いい機会だし、言ってしまうか。
「じゃあ、言っておくけど……」
スターゲイザーについて話すと、「なんで黙ってたの!」と怒られたが、ひとまず害意があったという点については納得してくれた。
「それにしても、そんな短剣だったんだ。全然、そんな力を感じないけど」
「わかるの?」
「聖剣とか魔剣とか言われてる曰く付きの武器は何かしら妙な雰囲気纏ってるからね。マナも近くに寄ってる感じがするし」
これもお姉ちゃんにしかわからない感覚か。
こういうのを言語化してくれるととてもありがたいんだけどね。
言ったら「難しいこと言わないで!」って怒られそうだ。
「何にせよ、そういう怪しいことがあるかもってことね。じゃあ、あたしの方でも怪しげな人を探してみるよ」
「探してもらうのはいいけど、変な形で接触しないでね……? それにデジレに変なことしてるって思われないように」
「大丈夫、大丈夫! どーんとお姉ちゃんに任せなさい!」
「いや、積極的に探してもらわなくても……」
不安だ。変に拗れなければいいんだけど。




