無地王子
「なんで誘われたんだろう……?」
「興味を引いたということではないでしょうか」
王子にお昼に誘われてから時間になって素朴な疑問を呟いたら、ニコーラがそんな答えを返してきた。
特に興味を引くようなことがあったかな?
「どういう人なのか、わかる?」
「人となりはこれまでほとんど出てきていないのでわかると言えるほど存じ上げません。ただ、どういう生まれの方でどういう立場の方なのかは幾つか耳にしております」
「教えてもらえるかな?」
「……申し訳ございませんが、それを私の口から言うのは不敬にあたるかもしれませぬ。先入観を持たないよう、こればかりはご自身で確かめるべきでございましょう」
かなり複雑な生まれの人なのかな。
そして、不確かな噂も多いということか。
どんな人か理解できたわけではないけど、ここまでヒントをもらえれば幾つかの予想はできる。
「スパーダルドとは関係ないよね?」
「ええ。今回のお話しはごく個人的なものかと思います」
「次世代を担う王子に、どの貴族がついてるとか知らないけど影響が出たりしない?」
「一言で言うのは難しいですな。ただ、四大公爵家の力というのは王族に比肩しうるものです。極論を言ってしまえば、誰が王になっても大きく変わることはないでしょう」
ファタリタ王国の王権は実際のところ、そこまで大きくないらしい。
王族が直轄地として持っている領地は四大公爵家と比較しても大差はないのだ。
逆に言うと四大公爵が力を持ちすぎていると言える。
「それでもなお王に従うのは……宗教絡みかな」
「私の口からは何も言えませんな」
この大陸ではマルイェム教、その教団が大きな力を持っている。
大陸に住む八割はマルイェム教の教徒だ。教皇が一声かければ、全教徒が聖戦と称して敵対者を滅ぼしにかかる。
そして、各国の王は教皇の承認を得て王の地位を保証されるのだ。
教皇の代理として、民を導けということである。
各国の王たちが、本心でそれを元に実行にしているかどうかは別として……。
何にせよ、四大公爵家としては王が宗教という強力な権限に対して矢面に立つ人材であればいいのだ。
教皇は王に指図する権限をある程度持っているが、四大公爵家に直接働きかける権限を有していない。もちろん、好意で個人的に動くことはあるかもしれないが。
「敬うべき相手であることには違いありません。礼を失することなきよう」
「もちろん。僕が敬わないでいい相手なんて、この学校にはお姉ちゃんぐらいしかいないからね」
そして、僕とニコーラは呼び出された部屋へと到着。学校の中でもあまり来ないエリアで、王族や貴賓が使う場所なのかもしれない。
そのすぐ前で王子の従者のひとりが待っていた。
「お待ちしておりました。ロモロ様。どうぞ、こちらへ」
扉を開けて中へと招き入れてくれる。
僕らは誘われるまま入り、王子に向かって一礼した。
「そのような礼儀を取らずともよい。同じ学徒であろう」
「しかし……」
「その方が気楽だというのなら止めはしないが、よほど侮辱でもされない限り、咎めはせん」
侮辱したら、即座に斬首のような気もするんだけど。
そこまでの権限はないのかな、さすがに。
でも、僕平民だしな……。ぞんざいに殺されてもおかしくないような気はする。
きっちりと気を引き締めよう。
「さて。来てもらったのだし、さっそく用意させよう」
するとぞろぞろと給仕がやってきて、テーブルへ料理を運んでくる。
最初に来た皿はスープだった。
豆とアーモンドミルクでできたもののようだ。
王子の毒味役が口にして、問題がないことを訴える。
「では……いただきます」
促されたので一口掬って口に入れた。
豊潤なミルクの味わいと、それに負けない豆のコクが見事に調和している。
月並みな表現だけど、非常に美味しい。
「どうだ?」
「とても美味しいです。味が濃厚であとを引くのに、しつこくない」
「そうであろう。私は何も持っていないが、料理人にだけは恵まれた」
何も持っていない……。
単なる自虐のようにも思えるけど、これは触れた方がいいのだろうか。
「何も持ってないことはないでしょう」
「……そう、だな。平民と比してしまえば、持っているか……。すまぬ、失言だった」
「いえ、そういう意味で言ったのでは……」
だが、リナルド王子は首を振った。
「ただ、王族としては何も持っておらぬ。予め言っておくが、お主は私と友誼を結ぶのに、何かしらのメリットを見いだしたのかもしれないが、私からは何も出せん」
「メリットなどと……。まだそんなことを考えられるほど余裕はありません。他の皆に比べれば、スタート地点で出遅れているのですから、何かを得るという考えよりも今はこの生活に慣れることの方が優先です」
「そうか。詮無きことを言ったな。許せ。何しろ、失望されることも多いのでな」
それからも次々と料理が運ばれてくる。
どれも美味しい料理で、寮で出されるものとはまた違う。
スパーダルドの料理よりも明らかに優れているというわけではないが、新しい料理を見て、それを口にするたびに新鮮な気持ちになれた。
「お主は自己紹介の時に確か多くの知識を手に入れたいと言っていたな」
「覚えていただけていたとは光栄です」
「あの場で他の者どもも言っていたであろうが、だいたいは自身の領地のためと語る。自分自身のために活動する者は少数派だ。ゲルドなども珍しいタイプではある」
ゲルドや王子はともかく確かに親のためになるという答えが多かったように思う。
自家の領を豊かにするために、自家の領を強くするために、自家の領を守るために。
「王族のために……という者はどれほどいるのだろうな」
「………」
「お主を責めているのではないぞ。むしろ、平民たるお主は本来、貴族たちに庇護されるべき存在だ。だが、やはりここで暮らしていると王権が失われていると実感する」
「平民の私にはわかりかねます」
「だが、敏いお主のことだ。わかっているのではないか? 私に近づく者がいないということに」
「それは……」
そこでリナルド王子は自嘲気味に笑う。
「もっとも、それは無地王子などと呼ばれる私の不徳かもしれんがな」
「むち……?」
「地が無い――つまり、領地を持たない王子という意味だ」
「他の王子は領地を持っている、と?」
「ああ。第四王子までは持っている。だが、もう私に出せる安全な領地はない……と父に言われた」
彼に誰もおべっかを使ったり、纏わり付く取り巻きが現れないのはそういうことなのだろうか。
領地を持っていない。それはつまり財力がないことを意味する。
金がなければ自力では何もできない。何かをするためには必ず父親――王や他の者を通さねばならなくなる。
「……すまないな。こんな話をするつもりではなかったのだが……」
「いえ。何と言えばいいのか」
「ただの独り言のようなものだ。気にすることはない」
しかし、彼が自嘲めいて言う時の目に、微かな険呑の雰囲気を覚えた。
こちらの言葉で不快になったわけではないようだが、少々繊細な話題なのかもしれないな。
こっちもメリットを考えなかったと言えば嘘になるけど。
「こちらとしてはお主と話したかっただけなのだ」
「話と言われましても、あまり面白い話は持っておりませんが……」
「謙遜することはない。魔法でとてつもない力を持つと聞いたぞ。無詠唱で魔法を行使できるとかな」
「いや、あれは……師匠が原因みたいなものでして……。むしろ基本となる詠唱魔法が未熟なのを恥じております」
すると王子は小さく笑う。
「それでも魔法の可能性を広げたと聞く。常に尊大で知識の凝り固まった貴族たちよりも、平民がその先を行ったというのは痛快この上ないな」
「こちらとしては、あまり貴族の人たちの上をいったという気はしていないのですが……。リナルド様も王族としても気分がいいものではないのでは?」
「ああ、言い忘れていたな。私は半分平民だ」
突然、衝撃の事実を叩きつけられた。
王子で半分平民……ということは母親の方か……。
「それに数年前までは平民として過ごしていたんだ。お主と変わらん。先輩とは言えるかもしれないな」
「いいんですか? そんな話を聞いて」
「隠す話でもない。ある日突然、私の元に騎士がやってきて母親共々連れて行かれた。そこで自分が王の非嫡出子であることを知った。礼儀作法や貴族の常識とやらも、それから覚えさせられた付け焼き刃だ」
そうだったのか……。
しかし、なんでまた王子になったんだ?
王に跡継ぎが生まれていない……それならわかる。
ただ彼は第六王子だ。王位継承権は持っているものの、その序列は低い。
とはいえ、さすがにその辺りを尋ねるのはいくらなんでも下世話だろう。
「……理由は気にならないのか?」
「気にならないと言ったら嘘になりますが、王子の触れられたくないであろうところに敢えて触れる気はありません」
「ある程度は理由を察することができるということか」
察すると言っても本当に仮説が幾つか浮かんでいるぐらいだ。
王の酔狂かもしれないし、王が元々妃にしたかったのかもしれないし、何かしら貴族の都合でそうなったのかもしれない。
ただ、そこを暴いたところでこちらの興味でしかないのなら、敢えてそこを踏み抜くこともないはずだ。
「気遣いのできる者だな、お主は。他の貴族たちなど下世話にずけずけ聞いてくるぞ。そして、哀れみと蔑みの混じった目でこちらを見てくる。王族など、何の権威もない」
「生き馬の目を抜く世界でしょうからね……。心労、お察しします」
「ははは! 本当にお主は面白いな。そのような励ましを受けるとは思わなかった!」
何やら琴線にでも触れたのか、大笑いしている。
悪い反応ではなさそうだけど……。
「ごちそうさまでした」
ふう。遠慮もせず、いっぱい食べてしまった。
美味しいものだから止められなかった。そんなに食べる方じゃないのに。
「まだ時間はあるな」
王子が窓の外を見てそう呟く。
「貴様ら、席を外すがいい」
後ろの侍従ふたりと、僕の後ろに控えているニコーラにそう促した。
侍従ふたりが当然のように慌てる。
僕も内心焦っていた。
何でふたりきりになる必要が?
「リナルド様!?」
「侍従がいては話せないこともある。外せ。ビアージョ、カッリスト」
「しかし」
「くどい、ビアージョ」
侍従の方も最後には諦めてしまった。
僕が少し不安にしていることを察したのか、ニコーラが耳打ちしてくる。
「何かしら友誼を結びたいものとお見受けします」
「でも、それならふたりきりにならなくても……」
「こちらでも意図はすべて読めませぬ。ただ、あまり気負いますな。何かありましたらスパーダルドが全力でサポート致します」
そして、ニコーラも部屋から出て行ってしまった。
王子とふたりきり……何を言われるんだろう。




