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デメトリア来訪

 雪戦の罰ゲームは、西地区の雪かきということになった。

 西地区に住むロッコたちが担当する地上部分は終わっているが、西地区は屋根の雪降ろしがあまり進んでいないらしい。

 そこで相談の結果、お手伝いになったというわけだ。昼ご飯を食べ終わったら、さっそくやってもらうことになるだろう。


「ロモロはそれでいいの?」

「いいんだよ。お姉ちゃんたちに意趣返しできたからね。それにロッコやクローエ、ルチアにシモーネが僕の言うことを信じてくれたからこその勝利だから」

「ロモロー、すごいー」


 ルチアが平坦な声で褒めてくれる。それでもルチア的には最大級の賞賛らしい。僕の周りではあんまり見ないタイプの子だな。


「じゃ、そろそろ昼御飯食べに帰るわ。明日から文字、教えてくれよな!」

「楽しみにしてるから!」

「おー」

「では、また明日! 明日、とっておきの場所に連れて行きますから!」


 ロッコたちが去っていく。周囲が一気に静かになった。どことなく寂寥感を覚える。

 お祭りが終わった後みたいな……。

 ……とっておきの場所って何だろう。期待と不安が入り交じる。

 まあ、僕らもひとまず家に帰るか。


「ほら、お姉ちゃん、一旦帰ろう」

「んー」


 帰路につきながらお姉ちゃんは難しい顔をしていた。


「なんで負けたんだろうなぁ」

「まだ言ってるの。お姉ちゃんたちが、こっちの意図をまったく把握してないからだよ」

「マティアスさんの言う、観察力ってやつ?」

「そうだね。そもそもシモーネやルチアの姿を見てないことにも疑問を持つべきだった」

「言われてみれば……全然、見てなかった……」

「攻撃することばっかりに意識がいってて、目的を忘れてるってことかな。雪を当てたりするのは手段なんだよ。そもそも木の棒を取るゲームなんだから」


 それでも納得がいっていないのか、お姉ちゃんは口を尖らせる。


「むー。黒ずくめにやり込められたような気分……」

「ある意味、褒め言葉だよ。僕にとっては。そもそも相手の嫌なことをやり続けるのだって簡単ではないんだからね。前準備だっているし、常に情報を入手して、適宜適切な手を打つ必要がある」

「それはわかってるけど……。なんだか複雑」

「幾多もの情報から相手の急所を見つけ、そのために必要な手段を精査しなきゃならない。言うのは簡単だけど実行は難しいよ。判断を誤れば状況は刻一刻と悪化するのだし」

「次は絶対に負けないからね!」

「せめて次は公平なチーム分けでね」


 家に到着し、自分たちの部屋の中に入ると、来客が待っていた。


「ロモロ! 会いたかったわ」

「ああ、デメトリア。よく来たね」


 商人のヴァリオさんと、娘のデメトリアが座ってお母さんの相手をしている。

 お父さんも今日は午前中で仕事を切り上げてきたらしい。

 すでに昼食がテーブルに並べられていた。


「おっ、丁度いい時に帰ってきたな。そろそろ昼飯だ」

「お帰りなさい。モニカ。ロモロ」

「お邪魔してますよ」

「いらっしゃいませ、ヴァリオさん」


 軽い挨拶を交わしてから、一緒に昼ご飯にありつく。

 そして、すぐさま誘拐の話題になった。


「本当に最初は森で遭難したのかと思ったら、誘拐されたと聞かされて……倒れるかと思いました」

「それは災難でしたね。最近は盗賊が子供を誘拐する事件も多くなってきましたから、気をつけないといけないでしょう」


 そんなお母さんとヴァリオさんの会話を聞いてから、お姉ちゃんに耳打ちする。


「……こんな話あった? 誘拐事件の多発って」

「……覚えてない」

「子供の誘拐が増えてきたという情報は覚えておこう……」


 お姉ちゃんは自分に関係のない話は覚えてなさそうだしな。

 食事が終われば、大人と子供で分かれて話をする。

 お姉ちゃんは、約束通り罰ゲームのために西地区に行った。


「さて、今回の本五冊ですわ。御要望通り、貴族に関する話や国の成り立ちの本を持ってきました。一番、よさそうなものを持ってきましたわよ」

「ありがとう、デメトリア。本当に助かるよ」

「それと、頼まれていた紙も持ってきましたわ。一番安い麻の紙ですけど、問題ないですわよね? さすがに羊皮紙は高いですから」

「うん。書ければいいからね。ありがとう」

「その『書く』ですけど……どうするつもりなんですの?」

「あ……」


 しまった。完全に失念してたぞ。

 紙だけあっても、インクとペンがなきゃ、何も書けない。


「そうだった。……ごめん、うっかりしてた」

「そういうことだと思って、ちゃんとインクと筆も持ってきましたわよ」

「はは。さすが、デメトリア」

「でも、ただでは差し上げられませんわ。対価を用意しているといいましたが、見せてもらえますか?」

「うん、もちろん。デメトリアのために用意したからね」


 今日の朝に、父さんから受け取ったものを取り出す。

 冥石をつけた細い腕輪だ。


「こ、これ、冥石でしたわよね? どこで?」

「あー。最近この街にマティアスさんがいてね。前にその人から訓練の報酬ってことでもらったんだよ」

「ああ、あの方に……それで、この冥石を腕輪に。いいですわね。お洒落ですし」

「細かな飾り彫りはお父さんがやってくれたんだけどね」


 お父さん曰くサービスということだけど、かなり綺麗な模様が彫られていた。

 片手間でやれるようなもんじゃないと思うけど、ありがたい話だった。

 デメトリアの嬉しそうな顔が見られたしね。


「僕も同じものを作ってもらったんだ。これでお揃いだよ、デメトリア」


 そう言うと、デメトリアは少し悲しそうな顔になった。

 ……あれ? お揃い嫌だったかな。


「ロモロ。これが対価となると受け取れません」

「えっ、なんで?」

「……お揃いなのであれば、わたくしは、これをプレゼントとしてほしいのです。初めてのプレゼントで……それが対価では味気ないでしょう……」

「あ……。うん、そっか」


 デメトリアは腕輪を寂しそうな表情で見つめている。

 ふと見ると、お母さんが気まずそうな顔をしていた。

 仕方ないよ。お母さんはデメトリアに渡すってところしか、多分聞いてなかったと思うし。


「うん。じゃあ、これはプレゼントにするよ。いつも本を貸してくれるお礼だね」

「うふふ。そういうことでしたら、ありがたく受け取りますわ」

「でも、そうなると紙とかはどうしようか。今すぐに渡せるものはないんだけど……」

「いえ。それには及びませんわ。わたくしもこのペンを、ロモロにプレゼント致します」

「ペンを?」

「紙とインクはおまけですわ。ペンがあるのに、インクも紙もないのでは、書き心地も試せないでしょう?」


 結局、これは対価みたいなものになるのだけど……。

 でも、デメトリアにとっては、プレゼントという形式で交換することが大事だったのだろう。

 言葉遊びのようだけど……でも、こういう建前というのは大事な気がする。

 それが傍から見たら、滑稽なのだとしても。


「うん。ありがとう、デメトリア。そのペン、しっかりと使わせてもらうよ」

「ええ。わたくしだと思って、大事にしてくださいまし」


 それとついでに、本の又貸しをしても問題ないか聞いてみたら、意外にも許可をもらえた。


「ロモロの信用に足る相手であれば問題ありませんわよ。ロモロもすぐ近くに本を語り合える相手がいた方がいいでしょう? もちろん、汚したり紛失したりしたら責任を取ってもらいますけどね」


 責任ってどう取ればいいんだろうね……。

 なんにせよ、大事に扱おう。

 どっちにしろ、みんなが本を読めるようになってからの話だけど。



 鐘が鳴り響く。そろそろ夕方に差し掛かる時間帯だ。

 ヴァリオさんとデメトリアも腰を上げた。話も終わり、そろそろ帰るらしい。

 デメトリアはさっそく腕輪をつけていた。僕もである。

 お互いに少し気恥ずかしいけど……嬉しい気持ちの方が強いかな。


「それじゃ、また来月。もしかしたら、再来月かな?」

「雪がこれ以上ひどくならなければね。どっちにしろ、次に会うのは来年だわ」

「身体に気をつけてね、デメトリア」

「ロモロもね。風邪引けば、本が読めるなんて喜んではダメよ」

「風邪の程度にもよると思うけどね」


 部屋から、さらに建物の外でデメトリアを見送ろうと冬空の下に出た。

 ヴァリオさんたちが最後の別れを終えて帰ろうとした時――。


「よっ。誘拐された時ぶりだな」


 妖艶な美女がいた。

 生憎とこの姿の女性は僕の記憶にはない。

 ただ、あの琥珀色の瞳は覚えがあるし、忘れようもなかった。

 暗殺者のお姉さんだ。今日は随分とめかし込んでいる。別人のようだった。


「ロモロ。どなたかしら?」

「えーっとね。僕が誘拐された時に、盗賊から助けてくれた人だよ」


 デメトリアの問いに、そう紹介するとお姉さんは少しだけ額をピクピクさせた。

 やっぱりそういう英雄的な紹介は本人が言ってたように虫酸が走るようだ。


「まあ。ってことは、命の恩人の方じゃないですか! 本当にありがとうございます」


 お母さんがお姉さんに近づこうとすると、お父さんが腕で制止した。

 よく見ればヴァリオさんもデメトリアを守るように立っている。


「……お前さん、かなりの凄腕だな」

「……銀級のアーロンにヴァリオ相手じゃ、正面からじゃとても敵わんがね」

「ハンターだったのはかなり昔なのですが、こちらをご存じでしたか。……なるほど、正面からは、と。それでは別の方法があると?」


 お父さんとヴァリオさんが、お姉さん相手に警戒していた。

 やっぱり気配とか立ち振る舞いで、暗殺者だってわかるもんなのだろうか。


「そんなに警戒しなくてもいいっての。オレは雇われに来たんだからな。そこのロモロ君の紹介で」

「ロモロくん。どういうことですか?」

「ロモロ、一体何があった」

「えーっと……誘拐された時に助けてくれたっていうのは本当だよ。それで、お姉さんが仕事に困ってそうだったから、諜報員としてヴァリオさんに紹介しようかと思って。ヴァリオさんも腕のいい情報屋を探してたみたいでしたし」

「私に、ですか。…………………………………………なるほど」


 ヴァリオさんとお姉さんが、視線を交わす。

 友好的な目ではない。バチバチと火花が飛び散っているような気すらした。

 デメトリアは無言で、ただただ趨勢を見守っている。

 それは父の仕事を見逃すまいと見る目。見習いたいぐらい貪欲だ。


「こちらとしても、はいそうですかと安易に受け容れるわけにはいかないことはわかってると思いますが」

「わかってるよ。だから、サービスでこれをやる。これの価値がわからないほど、愚鈍じゃなさそうだ」


 お姉さんは胸元から紙を一枚取り出して、ヴァリオさんに手渡した。

 ヴァリオさんは目を見開き、紙を上から下に何度も往復させている。


「まさか、あの商会の裏をここまで……。いや、しかし」

「ほらよ、もう一枚もサービスだ」

「むっ……。なるほど。これなら証拠として……裏付けも……」


 ヴァリオさんにとってはかなり有益な情報らしい。

 もう少し身長が高ければメモを覗けたかもしれないけど。


「まだいるかい」

「いや、充分だ。君の実力は理解させてもらった。いや、その一端をね」

「では、雇ってもらえるか?」

「ああ、あとは賃金の交渉だが……ひとまず商館に来てもらって構わないかね?」

「構わないよ。せっかく平和ボケしたこの国に来たんだから、それなりに安全で実入りのいい仕事がしたいもんでね。ま、一応、本業の方も受け付けとくよ」

「そちらに頼るのはよほど拗れて私の大事なものが脅かされない限りありません」


 話が纏まりそうでなによりだ。

 だが、少しデメトリアは不安そうである。


「デメトリア。有益な人材というのは、過去や出自に拘っては入ってきません。程度はありますが、それを使いこなすという度量も必要ですよ。人材が信頼に値するか、デメリットよりもメリットが勝るか、対価は何か、目を磨きなさい」

「御教示、ありがとうございます。お父様」

「今回に限って言えば、目と、それと目的を察する力です。彼女は間違いなく金銭を目当てに来ています。であれば資金の続く限り、彼女はこちらを害さない」

「心得ましたわ」


 それを聞いて、迷いも吹っ切れたらしい。

 すぐにいつものデメトリアに戻った。


「ロモロくん。ありがとうございます。優秀な人材を紹介していただきました」

「いえ。お気になさらず。上手く行ったのなら、肩の荷が下りました」


 もし断られでもしたら、殺されてもおかしくなかったかもしれない。暗殺者だからね。

 そんな無駄なことをする人にも思えないけど。


「そう言えば、君の名前を聞いていなかったな」

「そうだな。リベラータでいい」

「わかった。リベラータ。では、行こう」


 リベラータって、偽名で使ってたんじゃ……。

 そして、ヴァリオさんたちは商館に向かって行った。


「ふむ……。俺の目も曇ったかな」

「どうかしたの、お父さん」

「いや、仕草からして現役の暗殺者かと思ったんだがな」

「アーロンったら、警戒しすぎじゃないかしら? お礼し損ねちゃったじゃない」


 ……お父さん正解。

 でもヴァリオさんぐらいの人なら、上手くお姉さんを扱ってくれるだろう。

 二年後の交渉は、またその時にすればいいかな。


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