民意に汚染された街 3
「ニコラス議員、ご無沙汰しております」
中央の建物の一室で待っていたのは、肥満気味の中年男性ニコラス議員だ。ニコラスはアーロンに気付くとニコニコと笑顔を作り近寄ってきた。
「おお、アーロン殿ではないか! 貴殿のご活躍の噂はかねがね」
「急なお呼び立てをしてしまい、すみません」
「いやぁ、中央からの呼び出しとあってはせ参じましたよ。して、私に何の御用でしょうか?」
「実は先日、あなたが贔屓にしている街にお伺いしましてね。ご報告をせねばと思いまして」
「そうでしたか、あんな辺境の地によく足を運ばれましたな」
「話で聞く以上に珍しい地形で、向かうだけでも骨が折れましたよ」
「そうでしょうなぁ。何もない貧相な街です。私も自分の管轄にして一度は後悔しました」
「しかし、街の様子とは裏腹に、人々はとても活気に満ちていていました。そういえば、市民が口を揃えてニコラス議員のことを褒めていましたよ。貴方は本当に市民から支持を得ているのですね。あの皆さんの口ぶりからでしたら、選挙で満場一致の票を得るのも頷けます」
「それはそれは、光栄なことです。以前の街の惨状を見て、私が改革せねばと、使命感に駆られ行動をしましてね。すると、勝手に市民から票を入れてくれるようになったのです」
「惨状? そんなに酷かったのですか?」
「そうですとも、アーロン殿。田舎で閉鎖的なので、時代遅れも甚だしい。私が伝えた技術に皆感銘を受けていましたよ」
「へー。飛行機や浄水施設などですか?」
「おや、見てこられたのですね。あの地域は生活水などで汚染されていた上に、自衛の能力も無い。私が早急に施設を完備したのです」
「なるほど。では、環境汚染が酷い上に、外敵の脅威があったと」
「そうなんです」
「なるほどなるほど」
すると、アーロンは急に不思議そうにし始めた。
「…………ふーん、いや……おかしいですねぇ」
「どうなさりました?」
「いえ、僕の得ていた情報と齟齬があるなと思い、政府職員としては早急に比較検証する必要があるなと思いまして」
「齟齬……ですと?」
「はい。貴方は環境汚染があったと言っていましたが、あの地域は自然豊かで工場排水などは考えにくい状態だった。今でも市民生活の何が汚染の原因だったのか、判明していません。それに、外敵に関してはあの地域は閉鎖的ですが、言い換えれば隠れ家として最適です。山々に備えた我が国のレーダーも検知するでしょう。何をそんなに多くの飛行機を飛ばす必要があるのですか?」
「それは、過去をご覧になって無いアーロン殿はご存知ないでしょう。実際には……」
「ええ、存じ上げません。だから、僕達は直接確かめに行ったのですよ? 過去の経緯と現状を」
「確かめる? どういうことでしょうか」
「まだ分かりませんか? ……では、例の物をこちらに」
裏で控えていたデューイが、ビンに入った粉末をアーロンとニコラスの間に置いた。
「こ、これは?」
「こちらは、αです」
アーロンがαと言った瞬間、ニコラスの目が少し開いた。
「ニコラスさん、このαに見覚えはありますか?」
「い、いえ。なんですかこのαという物は」
初めて見たという様子のニコラス。
しかし、アーロンは知っている。ニコラスが知らない訳が無いということを。
アーロンは微笑みながら、ゆっくりと話し出した。
「ある一種の薬物と申しましょうか。実はこの物質があの街の至るところで検出されたんです」
「あの街に……ですか?」
「はい。山の土壌から、街の皆さんの食べ物。海にまで影響が及んでいることが発覚したのです」
「そんなことが……よく分かりましたね」
「初めは相棒のデューイが、奇行に走ったことで気付きました。彼は僕と違い、街の果物を食べていましてね。ここに原因があると思った僕達は、念のため果物を検査することにしたんです。すると、驚くべきことにαが検出されたのです。興味を持った僕達は他も調べてみることにしました」
「わ、わざわざ検査をしたのですか?」
「ええ。街の至る所を検査してみました。するとまたも驚いたことに、山の上の川や地下水にまでαが及んでいたのです。でも、海洋調査をしたところ、浄水施設の外側には及んでいませんでした。貴方の作られた浄水施設が機能している立派な証拠ですね」
「は、はぁ。もしや今回のお呼び出しは、私の街で異常が発見された。そのご報告をされたいのですな」
「いえ、ちがいますよ?」
アーロンはニコリと笑うと、1枚の捜査令状を取り出した。
「大変申し上げにくいのですが、貴方に選挙に関する不正の疑いがかかっていまして。この度、僕が調査員として派遣されたんです」
「そ、そんな! 何かの手違いでしょう?! 」
「残念ながら本当のことです」
「で、でも投票は常に監視もあって不正が困難です。さらに、支持率が私の正当さを物語っているではありませんか。この私に、何を疑う要素がございましょうか! 」
「はい。実際に僕たちが聞き込み調査を行った時、市民は貴方の素晴らしさを語ってくれました。それに、実際選挙管理課に赴いた際にも、街の投票用紙現物を確認してきました。投票の不正の証拠は見当たらなかったんです」
「ほ、ほら。いくら私の支持率が疎ましいからって、不正の犯人にでっちあげるのは良くないですぞ。これだから中央は」
「でもね、ニコラスさん。僕たちは投票の不正なんて規模ではなく、もっと大変な情報を掴んでしまったんです」
「……大変な?」