15.3_上海市_紅谷家
3月上旬、紅谷家は3人揃って上海にある公園に桜を見に来ていた。
日本と違い、桜の下で宴会をするのではなく、そぞろ歩きや写真を撮って楽しむのがメインのようで各々気に入った桜の下で楽しんでいる。
紅谷は生まれたばかりの息子、駿を抱き、ファリンはシュエメイの手を繋ぎ、桜を眺めながらゆっくりと遊歩道を3人揃って歩く。
紅谷が望んだ穏やかな家族一緒の時間をようやく取り戻した。
『パパー。次はメイもーー』
シュエメイは両手を上げて、紅谷に抱っこをおねだりする。
生まれたばかりの弟ばかりにかまけて、最近はよくすねたり、甘えたりと忙しい。
『じゃあおいで、お姫様。お手をどうぞ』
紅谷は息子をファリンに預け、シュエメイを抱きかかえた。
お姫様にあっさりと機嫌を直し、大人と同じ目線で桜を眺めてあっという間にご機嫌だ。
『王子様は大変ね』
息子を抱き、ファリンはくすくす笑う。
『後でファリンも抱っこしてやろうか?』
紅谷はクックッと肩を震わせて笑うと、
『んもぅ、それ絶対馬鹿にしてるでしょ。だって駿を生んでまだ体重戻ってないのに。あなたつぶれちゃうわよ』
ファリンはほんの少し嫌そうな顔をして答えた。
※ ※ ※
この公園は小さな遊園地も併設で、桜だけでなく、メリーゴーランドや観覧車などのアトラクションも楽しめるようになっていた。
公園内にあるメリーゴーランドにシュエメイは飛びつき、自分より大きな馬を選んで、一人で乗りに行く。
紅谷とファリンはニコニコしながら、シュエメイに手を振り返す。
メリーゴーランドの明るい曲がかかり、動き出すと、手を振り返す表情とは全く違う話をファリンは始めた。
『迎えに来てくれて嬉しかった。それでもう十分よ。水谷さんから事情を全部聞いたの。私達、別れましょう。安心して、この子は私がちゃんと育てるから』
紅谷も同じようにシュエメイに笑いながら手を振り返し、ファリンに答える。
『俺は決めたんだ。もう君たちのそばを離れないって。それとも裏切り者は嫌か?』
ファリンは小さく頭を振った。
『そんな事はない。だけどこの国はあまりに日本と違いすぎる。私達の事であなたをこの国に縛り付けたくないのよ』
途端にざっと強い風が吹きつけると、落ちた花びらを舞い上げて、ファリンの視界から一瞬紅谷が消え、不安が募る。
もし、このまま紅谷が消えていたらどうしようと、駿を抱き締める。
『俺にとって大事な事は、どこで生きるかじゃない、誰と生きるか、なんだ。君たちの側にいさせてよ』
紅谷は駿を抱いたファリンごとをそっと抱きしめた。
赤子特有の体温の高さが、衣服越しでも否応なしに伝わり、確かに生きていることを紅谷に伝える。
紅谷が何を犠牲にしても求めたものがようやく揃った。
『それにね、離れてみて分かったよ。“寂しい”って意味が』
『俺はファリンやメイ、駿がいないと“寂しい”んだ』
いつの間にかメリーゴーランドから下りたシュエメイが駆け寄り、『パパばっかりずるい、メイもやるー』と紅谷の足元にまとわりつく。
紅谷はメイを抱え上げて、メイはきゃあきゃあ言いながら、家族4人で抱き締め合った。
――胸が痛くなるほどの幸せを噛み締めながら。




