15.2_HRF日本支部
シアを保育園に預けて、藍野は出社する。
藍野は案件への完全復帰までに、伸び伸びになっていた監査ライセンスをようやく取得し、2課長へ昇進した。
いつものように立哨している課員に挨拶し、制服に着替えて自席に着き、予定をチェックしていると、隣のデスクに紫藤がやってきた。
「おはようございます、藍野先輩。今年の新卒達の希望調査、見ましたか?」
「おはよ、紫藤。まだ見てないよ。どうせ2課の希望者いないだろ?」
新卒達ももうすぐ1年目、2課での育成を終え、そろそろ希望課に配属しなければならない時期だ。
とはいえ、毎年花形の1課や3課が多く、人材育成がメインの地味な2課には希望者はあまりいないのが現実だった。
「あいつらの気が変わる前に早く見てください。今年5人も希望者いますよ!!」
紫藤の言葉に急き立てられて、藍野は面倒臭そうに希望調査の結果ファイルを開く。
ファイルを開いた藍野自身が驚きで5度見した。
何度数えても5人。今までになかった異常事態だ。
「ほ、ほ、ほんとだ……!! どうして?」
藍野は右手で口元を押さえ、信じられないという表情をした。
「やっぱり不死身の男と結婚ですかねぇ。ボクと星野さんの件かも知れないけど!」
むふっと紫藤は含み笑いをする。
レイと結婚した事により、藍野は2課の異名「結婚できない男の吹き溜まりの主」の返上を立派に果たし、「依頼人をゲットした撃たれても死なない幸運の主」と新たな異名が付いた。
紫藤も星野と順調のようで、2課にいると絶対に彼女ができないという都市伝説が払拭され、志望者は増えた。
紫藤と藍野は手を取り合ってここまでの苦労を思い、感涙にむせいだ。
※ ※ ※
とりあえず落ち着いて、報告書チェックと事前調査チェックに藍野は戻る。
調査責任者の覧には見知った紅谷のサインではなく、水谷やその他の4課の人間のサインばかりだ。
藍野は少しばかり寂しく思い、水谷のサインの隣に自分のサインをタッチペンで書き入れる。
水谷は先日、課長代理へ昇進した。
藍野と同じく監査ライセンスが足りないので、肩書には代理がついているが、いずれ正式に課長になるだろう。
が、それはまだ先の話になりそうだ。
レイが正式に技術アドバイザーの契約を結び、リアムの日本支部導入が決定されたからだ。
これを一番喜んだのは水谷だ。
正々堂々リアムのソースコードが見られて、作者がすぐそばにいるのだから。
水谷はまるで下僕のように毎日リアムに付き従い、リアムに求められるものを嬉々として用意していた。
時々リアムは半裸で「水谷がボクを裸にしようとする。あの変態を止めてよ!!」とレイに訴えていたとか、いないとか。
黒崎はレイから受け取った成果を本社経由でクループへ渡した。
グループは精査した後、成果を外に出すことはせず、グループの管理下に置くことを決定した。
これだけでも失点を取り返すどころか、お釣りがくるほどの功績なのだが、レイをHRFに取り込むことに成功したおかげで、黒崎に対する本社の評価は随分と上がったらしい。
ただ、リアムについてだけは、黒崎は意図的に本社に報告はしなかった。
レイやリアムを始め、関係した支部員の全てに存在を話すなと口止めしていた。
ようやく本気になった藍野と共に、リアムの存在が本社での活動の切り札になるという思惑が黒崎にはあった。
「よーし。じゃあ5人の歓迎キャンプやらないとな!!」
ウキウキと鼻歌を歌い出しそうな勢いで、藍野は沢渡にキャンプ地の日程調整を沢渡に指示する。
もちろんキャンプといっても、彼らは平地でのんびりとBBQをやる訳ではない。
米軍演習基地を借り、各自の持ち物はナイフとペイント弾、500ミリのペットボトルの水1本だけを渡されて、互いにつぶし合う個人別サバイバル戦。誠にご愁傷様な事である。
ちなみに最後まで生き残った者には使用期限なしの有給休暇が3日進呈される。
HRFにはいつもの日々が戻り、それぞれ平和で穏やかな毎日を過ごしていた。




