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15.1_横浜市_藍野家

 日当たりのいい場所では少し気の早い桜が咲き始める3月中旬、藍野の怪我はすっかり良くなり、比較的軽めな通常案件にも復帰し始めた。


 藍野にとっては激動の1月だった。

 気楽な独身から3歳の子持ち、空港へレイを迎えに行き、3人で暮らすために1LDKの社宅を出て、新しく3LDKの家族向け賃貸マンションを契約した。

 この家族向け賃貸が曲者でなかなか希望に合うところが見つからず、レイの仕事部屋のための電源増設工事も含めて入居までとても時間がかかった。

 賃貸探しに工事の交渉と例のごとく沢渡をこき使ってしまったが、納得の物件をよく見つけてきたと褒めておいた。


 その新しいキッチンからはウインナーと目玉焼きの焼けるいい匂いが漂ってくる。

 料理は野営食のレーションを温めるくらいで基本家事サービスに外注だった藍野も、シアと暮らすようになってからは朝食くらいはと多少するようになった。

 皿に盛り付けて、と言ってもキャラクター入りのお皿に目玉焼きとウインナーに解凍したブロッコリーとミニトマト、袋から出しただけのマーガリン入りレーズンロールパンが乗ってるくらいだ。

 シア用のカップには牛乳、自分用にはミルクティー、レイ用にはカップだけを出しておく。

 傍らには作り置きや冷凍コロッケを詰めた小さなお弁当があり、子供用のお弁当スプーンを一緒にして巾着袋を閉じると、リアムに起こされたシアが目を擦りながら起きてきた。


『おはよー。ミナト』

『おはよう。シア。先にご飯食べてて。ちょっとレイ、起こしてくる』


 藍野はシアを抱えて子供用ダイニングチェアに座らせると、パタパタとリビングを抜けて、レイの仕事部屋をノックして開ける。

 いくつかのモニターに沢山のソースコードが表示され、一つにはリアムが眠そうに何やら作業中だ。

 デスクに突っ伏して眠っているレイを藍野は揺さぶった。


『レイ、レイってば。朝だよ、起きて!』

『うーん。今寝たの。もうちょっと……だけ……』

「もぅ。だから徹夜はやめろって毎回言ってるのに……」


 意地でも椅子から離れようとしない新妻をひょいっと横抱きにして抱え、そのまま隣の寝室へ運び入れて寝かせてやり、ついでに無防備な寝顔にキスしてニンマリする。

 恥ずかしがり屋の新妻は、基本二人っきりでないとキスを許してくれない。

 シアの前でくらい気兼ねなくできるように、早く慣れて欲しいものだとキス魔は思った。


 レイはD棟の会社での仕事はプロジェクトの終了と共に労働契約を一旦解除し、フリーのプログラマーとして再契約をしなおした。

 D棟の仕事はリモートで受けられるものだけにし、今はリアムと共にHRFの技術アドバイザーの仕事をメインにしている。


「リアム、あとで適当に起こしてやって」


 藍野は真っ暗なスマホに話しかけた。


「わかった。いってらっしゃい、ミナト」


 リアムはぼさぼさ頭によれた白衣姿、ふぁーとあくびと伸びを一つして、手を振って消える。

 人工知能だから疲れるなんてないのだが、凝り性のリアムはこうやってマメに表情も服装も変える。


 寝室の扉を閉めてダイニングに戻ると、シアは大人しく朝食を食べていた。

 ミルクティーを飲みながら保育園の話をし、シアの食べる様子を幸せそうに眺める。

 シアは今も国籍はアメリカのまま。

 大きくなってからシアが望む方の国籍を選べばいい、そう考えて養子縁組の手続きのみに止めた。


 黒崎のパートナーを正式に引き受けたので、いつ本社異動になるかわからないから、アメリカでシアが困らないようにと家庭内はなるべく英語で会話している。

 リアムを教師代わりにしたシアの覚えも早く、保育園も園内の公用語が英語をウリにしたところに入れた。

 おかげであっという間に年相応の会話もでき、保育園での成績も良かったのだが、まだ遠慮があるのか子供らしく甘えてくれない事が唯一の不満だった。

 付き合い自体は3ヶ月以上とはいえ、一緒に暮らし始めてまだ1ヶ月弱、そのうちこの溝も埋まればいいと藍野は思う。


『食べたよ、ミナト!』

『全部食べて偉いぞ、シア。じゃあカバン持ってきておいで!』


 椅子から下ろしてやると、とてとてとリビングから子供用のリュックを取ってきて、藍野に渡し、受け取った藍野は弁当をリュックに入れる。

 ちりんちりんとかわいらしい鈴の音で、リュックには小さな招き猫の根付がついていたことに気が付いた。


『招き猫? ねぇシア。これレイがつけたの?』

『うん。お友達をたくさん招くようにって。日本のLucky charmだってレイとリアムが教えてくれたよ!』

『レイが招き猫知ってたなんて、意外だな。おっと時間過ぎてる。急ぐぞ、シア!』


 大急ぎでシアにリュックを背負わせ、自分は車の鍵を取り、二人で玄関に向かう。


『リアム、後は頼むよ』


 藍野が玄関先でそう言って玄関を閉めれば、藍野のスマホを通じたリアムが勝手に鍵をかけ、照明やテレビはすべて消え、カーテンが閉まる。

 勿論HRFの警備システムとも連動していて、藍野が留守中はリアムと4課が自宅を監視している。

 新婚故、さすがに監視カメラは基本ご遠慮頂き、通常はセンサーとサーモグラフィで監視する形となっている。


 これが新しい藍野家の日常だった。

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