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14.5_プロポーズ

 レイが搭乗口で搭乗案内を待っていると、航空会社から呼び出された。

 何か不備でもあったかと、訝しみながら航空会社の係員に名乗り出ると、航空会社のカウンターに案内された。


『白鳥様、申し訳ございませんが、出国中止を承りましたのでご案内致します。お手数ですが、パスポートと搭乗券を拝見できますか?』

『はい? 私、ちゃんと出国手続きしましたよ。ほら、スタンプだってちゃんとあるでしょ?』


 聞きなれない単語にレイは搭乗券を見せ、パスポートを開いて係員に見せた。


『先ほど警視庁から白鳥様の出国中止特別申請が出されました。詳しいお話はそちらからお聞きください。パスポートと搭乗券はいったんお預かりします』


 警視庁など、国際犯罪の指名手配のような扱いだ。

 また中国人のあの男からの差し金だろうか。

 それとも、知らない間に大きな犯罪にでも巻き込まれていたのだろうか。


『ええと……。つまり私、飛行機に乗れないって事ですか?』


 係員は返事のかわりににこやかな笑顔を見せて、カウンターを出ると『こちらです』と言った。

 レイは係員に案内されてどこかの事務所に連れていかれ、係員が搭乗券とパスポートを使って何やら手続きをしていた。

 出てくると今度はスタッフ用エレベーターに乗せられて、到着ロビーを逆走する。

 ぽつりぽつりと人が行きかう中、自分と係員だけが逆走していてとても目立つ。


『あのう、預けた私の荷物は……』

『入国審査口に準備しております。こちらへどうぞ』


 係員は入国審査のフロアにつくと、別室のドアを開けてレイを招き入れる。

 中には税関の職員だろうか。

 既にレイの荷物が開けられてチェックされており、セキュリティチェック済のシールが貼られていた。

 係員はパスポートをその職員に渡すと、レイにいくつか質問して手荷物をチェックし、問題がないとわかるとパスポートにスタンプを押して、今度はレイに返してくれた。


『白鳥様、こちらでございます』


 係員が最後に案内した先は到着出口だった。

 係員に伴われて出口を出ると、レイの姿を見かけた背の高い男と小太りな中年男が同時に近づいてくる。

 藍野ともう一人、警視庁の松井だった。


「どうも。警視庁の松井です」


 松井は係員に警察手帳を見せると、確認した係員は松井へ書類にサインを求め、松井はサインをして返した。


「手続きは以上となります」

「ご協力、感謝します」


 松井が敬礼すると、係員はぺこりとお辞儀をして到着フロアから立ち去った。


「藍野。これで貸し1だぞ。次は(ウチ)んとこの事件(ヤマ)、必ず協力してもらうからな」


 松井は係員を見送りながら、半歩後ろの藍野の胸をトンと握りこぶしの甲で軽く叩いた。


「もちろんです。俺で良ければいつでも呼んでください。感謝しますよ、松井さん」


 藍野も一緒に係員を見送りながら言うと、松井は右手をひらひらとさせて、振り向きもせず、出口に向かった。

 レイはあっけに取られたまま、一連のやり取りをただぼんやりと見ていたのだが、ようやく思考が追いついた。


「ちょっと藍野さん!! 警視庁ってどういうこと? 私、飛行機乗れなかったじゃない!!」


 藍野にはぷんすかと怒る姿がいつぞやのリアムのように見え、リアムはやっぱり彼女が作ったのだなぁと妙なところで納得した。


「ゴメン。その辺は企業秘密。俺が今、どうしてもレイに言いたかったことがあるんだ」

「私の出国を邪魔してまで?」


 ご立腹のレイにくすりと笑って、藍野は言った。


「じゃあまず1つ目。シアは俺が引き取る事にした。結婚もしてないのにいきなり子持ちだ!!」


 藍野は、ははっと声を上げて呑気に笑った。


「ほんと? でも良かったんじゃないかしら。また違う環境だとシアもきっと大変だもの」


 レイは口元をほころばせた。

 不規則な勤務だけはちょっと心配だけど、きっと助けてくれる人はいる。

 よく見知った藍野ならシアも安心だろう。


「で、2つ目。そんなこぶ付きの俺で良かったら、結婚して」


 レイはぱちぱちと目をしばたいた。

 聞き間違いだろうかと聞き返す。


「はい? 結婚??」


 レイの頭の中は巨大なクエスチョンマークがびよーんびよーんともの凄い勢いで跳ね回っていた。


「うん、俺と結婚」


 至極真面目な顔をして、藍野は繰り返す。


「私が?」

「そう」


 どうしてそうなるのだろう。

 レイには唐突すぎて話が理解できないし、藍野はなぜ伝わらないのだろうという顔をしていた。


「……あのね。話が全然見えないんだけど。確かあなたは詩織さんの事が好きなのよね?」

「俺も話が見えないんだけど、何故急に詩織様の話?」

「だって、藍野さんはすごく大事にしてる女性(ひと)なんでしょ?」

「そりゃあ大事だけど、あくまで彼女は依頼人の娘さん、俺には妹みたいなもんだって、これ前に話したよね?」


 確かに聞いた。

 詩織の見送りをしたいと、だから今日中に護衛契約のサインがどうしても欲しいから協力してほしいと頼まれた。


「詩織さんはその腕時計の贈り主でしょ? 杜山さんから聞いたわ。肌に触れるものを贈れるのは家族か恋人だけだって。みんなそういうルールなんでしょう?」


 レイはじっと左手の手首を見つめる。

 顔さえ知らない詩織が左側にくっついているように見えて、ふいっと目をそらす。


「そうだけど、詩織様はそんなつもりじゃないと思うよ。これは告白を断った後にもらったものだから」


 藍野は腕時計を外してレイに手渡した。


「それ、裏側見てよ」


 言われた通り、レイは文字盤の裏を見た。

 何やら英文が刻まれている。


 ――6月22日、朝が来るまで守ってくれたあなたに感謝を込めて、詩織


「レイは知ってるかな、サマータイムってジャズ」

「ガーシュウィンの? 子守歌よね。そういえば歌詞にパパとママが守るってあったわね」

「そう、それ。サマータイムに引っ掛けてあるんだよ。このメッセージは」


 藍野は懐かしそうに思い出を語る。

 文面どおりの助け出された感謝と、6月22日に歌ったサマータイムを忘れないという彼女なりのメッセージだと藍野は語った。


「詩織さんと何かある訳でないのはわかった。でも、結婚はできない……」


 腕時計を藍野に返して、レイは言う。


「だって……。私を見るたびに、あなたは父を死なせた事を思い出す。そうして一生、罪悪感を負わせる方が私にはつらいのよ……」


 レイが悲し気な表情をして右手で左腕をぎゅっと掴み、藍野から視線を反らした。


「レイはさ…。紅谷の事……きっと、憎んでる。許せなんて、とても言えない。レイはそのままでいい。だけどさ、俺はどれだけ時間がかかっても紅谷を連れ戻したいんだ。それがレイの意に染まないことでも、これだけは絶対に譲れない。だから罪悪感も一緒に背負うよ。それが紅谷を止められなかった俺への罰だ」


 藍野は選ぶように一つ一つ、精一杯言葉を重ねる。


「そのかわり、俺が一生かけてレイを守る事で、紅谷を追うことを許してほしい」


 あの日のレイに向けた真剣なまなざしを向け、藍野はレイの左手を取る。

 レイが顔を上げると藍野の視線にからめとられ、やっぱり目を離せなくなった。


「この世にレイが生きてる限りちゃんと見つける、探し出す、必ず迎えに行く。一生かけて君を守る。守れなかった白鳥博士の分まで」


「俺と結婚して。断っても無駄だよ。俺、レイの事も諦めない……痛ってえッッ!!」


 せっかくのプロポーズも間抜けな叫びに置き換わった。

 ちょうど傷口のある脇腹を抱きついたレイの腕が締め上げていたから。


「わわっ。ご、ゴメン!! 嬉しくてつい……痛かったよね?」


 叫び声でレイは慌てて手を離し、痛みで悶絶する藍野を前にオロオロしていた。


「ど、どうしよう。傷口開いちゃった? えーと、空港のクリニック? それとも綾音先生に電話し……!?」


 レイが全部を言う前に、引き寄せられて唇は塞がれた。


「これなら痛くないから、大丈夫!」


 レイは藍野の腕の中にすっぽり閉じ込められていた。


「大丈夫じゃないっ! 藍野さんっ!! ここ空港っ!!」


 また痛いと言われると困るので、レイは棒立ちで身動きが取れない。

 それに周りの視線がとても痛い。

 なのに藍野は知らんぷりで、手を離してくれそうもない。


「ありがとう、レイ」


 レイはとうとう諦めてせめて自分が周りを見ないように、開けっ放しのジャケットの影に隠れる事にした。

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