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14.2_後悔

 二人の会話を立ち聞きしたレイは、与えられている宿泊棟の応接室に駆け戻った。

 まだ心臓がバクバクしているのは、走ったからだけじゃない。


(私のせいだ。全部……)


 ただ紅谷と再会して話をさせたかっただけなのに、結果藍野にケガを負わせ、更に紅谷に固執している――。

 ようやくレイは黒崎とうまくいき始めたのに、自分のせいで二人が仲違いをしている。


(私……余計な事、しちゃったのかな……)


 こんな事なら、初めからメモなど無視すればよかったかもしれない。


 もう、ここにいられない。いてはいけない――。


 幸い仕事もプロジェクトが終わりかけてるから、そこで契約終了にすればいい。

 仕事場には事情を話し、残りはボストンからのリモートと出張で対応すれば問題ない。

 研究所には住み慣れた家もあり、見知った人達がたくさんいる。

 関係者以外入りにくいからセキュリティも高いと言っていたし、父親の遺言通り成果を渡せば問題はない。

 どうせこの先、自分が研究所を出る理由もない。故郷に帰ろう。


(ここでの生活は楽しいけど、ずっとここにいる訳にはいかないもの……)


 藍野にとっては仕事だろうが、レイにはここの生活が思いのほか楽しかった。

 会う口実が欲しくて、差し入れもした。

 A棟とD棟の距離が短すぎて、一緒の時はいつも社内のカフェテリアに寄り道して、色々な話をした。

 一緒にいられれば何でも良かった。

 自分が離れたら、誰があの人の隣に立つのだろうか。

 ぱっと脳裏にすんなりとしたセーラー服姿で明るく笑う女優の姿を思い浮かべる。


(馬鹿ね。あの人には詩織さんがいるんだったわ)


 系列会社のお嬢様で、母が女優のとても綺麗な女性(ひと)、らしい。

 写真が見たいというと、写真は守秘義務があるから無理だけど、母親にそっくりだからと母親が出演した映画やドラマを何本か教えてくれた。

 護衛で知り合って、藍野は目に入れても痛くないくらいに可愛がっていたと杜山も言っていた。

 本人は妹みたいなものと言っていたが、山ほど依頼人がいるのに、あれほど気に掛ける特別な存在は彼女だけ。

 大体あんな綺麗な女性に自分が勝てるわけがない。


 ――守れなかった、白鳥博士の分まで。


 宿泊棟(ここ)へ初めて足を踏み入れたとき、藍野は言ってくれた。

 聞いた時は舞い上がるほど嬉しかったのに、今はその言葉がレイを苦しめる。

 自分は父親への贖罪がわりに守られてるだけだ。

 好きになり、距離が近づくほどに、心がぎゅっと痛む。

 痛みから逃げるように、レイは夢中でリアムを呼び出した。


『リアム、成果を出してちょうだい。復号するわ。確か私の遺伝子データは父さんが持っていたわよね』

『うん。復号用に博士から預かってるよ。生体認証はスマホからできるよ。よし、できた。どこに置けばいい?』

『黒崎さんに送っておいて。あと私、ボストン行……』


 言いかけたレイをリアムは止めた。


『だめ。ボク、今回は取らないよ。帰るならミナトに話して』

『どうしてよ。前は取ってくれたじゃない!』

『とにかくダメ。ミナトがいいって言ったら取ってあげるから、先にミナトと話しなよ』

『話すなら誰だってかまわないでしょ? 黒崎さんに話すわよ』

『今回はレイの責任もあるんだよ。帰るにしても残るにしてもちゃんと彼と話した方がいいよ』

『もういい! リアムが取ってくれないなら、自分で取るわよっ!』


 ぶつりとレイは自分から通話を切って、スマホをローテーブルに放り投げ、クッションを抱きしめて叫んだ。


「リアムのバカッッ!!」


 ※ ※ ※


 レイがリアムとの言い争いに負け、応接セットのソファにゴロリとだらしなく横になりながら、スマホでボストン行のチケットを探し始めた時、宿泊棟の呼び鈴が鳴り響いた。

 起き上がったレイは、パタパタと軽い足音をさせてドアを開けた。

 訪問者は黒崎だった。


「レイ、話がある。少しいいか?」

「早かったわね、どうぞ。今、コーヒーを……」


 そう言って黒崎を招き入れ、コーヒーを淹れにキッチンへ行こうとするレイを黒崎は止めた。


「必要ない。それより、アレ(・・)は一体どういうつもりだ?」


 ツカツカと足さばきも荒く、豪華な応接室を横切って高そうなソファーにドスンと腰かけた。

 アレとはもちろん、黒崎のディスクスペースに突如置かれた研究成果の事だ。


「成果は黒崎さんに渡すわ。父さんもそうしたかったみたいだし、私もあなたになら渡してもいいと思えたから。受け取って頂戴」


 レイも黒崎の向かい側に座り、答える。

 念願どおり成果は手に入ったというのに、黒崎は何だかイラついているようだ。


「渡す気になったのは、これが原因か?」


 黒崎はポケットからハンカチを取り、広げてピアスをハンカチごとローテーブルの上に置いた。

 レイは驚いて両手で両耳を触り、左にピアスの感触がない事に気がついた。


「嫌だ、どこにあったの?」

「クリニックの病室前だ。成果を私に寄越して、また良からぬ事を考えてるのではないかと思ってな」


 良からぬ事呼ばわりにレイは苦笑いを浮かべ、仕方ないかと理由を話す。


「考えてるわ。私、ボストンに帰ろうと思うの。黒崎さんは反対する?」

「ボストンの研究所に戻るつもりか?」


 こくりとレイは頷いた。


「だってずっと宿泊棟(ここ)にいる訳にはいかないでしょ? そろそろ私のプロジェクトも終わりだし、それに成果はHRFが手に入れたと伝われば、私が狙われる事も大分減るわ。違う?」


 プラスで研究所に篭れば、基本誰にも迷惑をかけることはないだろう。

 レイはそう考えた。


「レイにとって藍野(アレ)はその程度の事なのか?」


 黒崎はレイを見つめる。

 その程度? その程度ならこんなにも苦しくなかった。

 レイは唇をかみしめた。

 顔すら見たことない、自分よりずっと年下の女性に嫉妬して、それでも欲しい、選ばれたいと心は駄々をこねる。

 情けなさに泣きたいのはレイの方だ。


「だって……どうしようもないじゃない!! 藍野さんにとって、私は護衛失敗の穴埋め要員にしかなれないもの! こんなこと私に言わせないでよ!!」


 言葉にすれば余計にみじめな気分になった。

 黒崎は少し考え込み、ぽつりぽつりと話し出す。


「私はあの人が……父が、嫌いだった。知ってるだろう?」


 こくりとレイは頷いた。


「父が死んだと聞いた時、君には悪いがとてもほっとした。ああ、やっと終わった。もう悩まずに済むと」

「だが、君と一緒に日本へ戻る機内で、自分に関わる護衛(私達)の事を知ろうとしなかった、だから知りたいと言われた時、頭を殴られたような気がした。私は本当の父を知ろうとしたのか、と」


「なまじ事前調査や護衛依頼の経緯に触れる機会もあったから、知ったつもりになっていたんだ」と、自嘲めいた口調だった。


「母は何故父と別れたのか、父は何故君の存在を求めたのか。私や母の事を本当はどう思っていたのか。ほんの少し、私から歩み寄れば良かったのに、気がついた時には、もう永遠に知ることができなくなっていた。今も悔やまれる事だ」


 そう言って、苦い表情をする。


「帰るも残るもレイが決めればいい。それでも帰るなら私も手を貸す。だが、私と同じ後悔をして欲しくない」


 レイは首を横に振った。


「もう決めたの。手を貸してくれるなら、私が帰る事は誰にも言わないで」


 そう言ってレイは戻ってきたピアスを手に取って、悲し気に微笑んだ。

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