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13.7_紅谷vs藍野

 藍野が杜山達を送り出した後、それほどの時間もかからず紅谷は戻ってきた。

 久しぶりに会う紅谷は少し痩せていたが、それ以外は普段と変わらないように藍野には見えた。


「久しぶりだな、藍野。随分と派手にやったな」


 紅谷はぐるりとあたりを見回して、藍野に向き直る。


「紅谷も元気そうで安心したよ。レイが連れ去られなきゃ、俺達だって動かなかったよ」


 藍野は薄く笑い「でもいいさ。ようやくお前に会えたんだから」と言ってから真顔になる。


「ファリンさん達は水谷が連絡手段を構築した。俺達がちゃんとお前の元へ送り届けてやるから、お前はこのままアメリカに渡って、家族で証人保護プログラムを受けろ」


 証人保護プログラム――。

 名を変え、戸籍も変え、人間関係も仕事もすべてリセットして、新しい土地と仕事で全く新しい人生を歩む。

 本来は事件に重要な証言をした者を報復などから守るための制度だが、藍野は本社から手を回してプログラムに紛れ込ませようとしていた。

 適用されると、これまでの友人も知人も親類も赤の他人となり、連絡も取れなくなってしまうが、誰にも追われない穏やかな生活ができる。

 これを紅谷に受けさせようと藍野は考えていた。


「ファリンやメイを今後、祖父母や友人達に会わすなと?」


 中国は血縁を大事にする。親兄弟、親類縁者、そしてこれから生まれてくる子もきっと大事にされるだろう。

 何より両親はファリン自身が大切にしているものだ。

 とっくの昔に親を亡くした自分とファリンを分け隔てなく大事してくれる両親とメイを引き離すことは、紅谷には考えられなかった。


「家族を人質にされる生活よりずっとマシだろ。俺はお前達が生きて幸せに暮らしてて欲しいんだよ!」


 プログラムの適用は、藍野にとっては永遠の別れと一緒。

 たとえ偶然再会しても、親しく話すことはできない。

 それでもどこかで生きていてくれればそれでいい、と思っていた。

 藍野にとっては自分が友人だと名乗れなくなるよりも、紅谷自身が望まぬ生き方を強制されて、心をすり減らす方がつらかった。


「もう遅い。戻れない。俺は家族を選んだ。それだけだ」


 静かに言って紅谷はそっと目を伏せた。


「お前が家族を選ぶのは当然の事だろう? 紅谷……。俺はお前を助けたいんだ。どうしたら助けられるんだ?」

「……人殺しの俺でも同じことを言えるのか?」


 紅谷は暗い笑顔を浮かべ、自分を嘲るように口端を上げる。


「警備機材を止めてアイツらを招き入れて博士を殺し、レイさんを誘拐したのはこの俺だ。それでもまだ、そんなセリフが言えるのか?」


 藍野は一番聞きたくなかった言葉に、ぎゅっと拳を握りしめる。

 起こした事も、失ったものもあまりに大きい。

 赦すなど、レイの為には簡単に言ってはいけないのかもしれない。

 だが、藍野は知っていた。


「お前が残してくれた資料から、たった一人だけど、助けたよ。あれが紅谷の本心だろ?」


 人質もいて監視もされていれば、ろくな連絡方法もなかったはず。

 それでも伝わる事に賭けて、わざわざ社用PCにあんな面倒な仕掛けまでして伝えてきた情報。

 紅谷が憐れんで助けたかった事くらい、すぐに分かった。

 紅谷の本質は決して変わってなどいない。

 だから藍野は目の前の友人に全力で手を伸ばした。


「戻ってこい、紅谷!!」


 藍野は一歩踏み出し、紅谷に近づこうとすると、


「来るな!!」と紅谷は一喝し、左脇から黒い銃を取って藍野へ銃口を向ける。

そのまま右手の親指でロックを解除し、引き金に人差し指をかけた。


「俺はお前を絶対に撃たないとでも思っていたのか?」


 藍野は自分に向けられた銃を一瞥し、くすりと笑う。


「お前は俺を撃ったりしない。よく知ってる」


 藍野は一歩、また一歩とゆっくり紅谷に近づく。

 近づくほどに紅谷の手はカタカタと震え、揺れは大きくなり、狙いは定まらなくなる。

 あと一歩で手が届く距離、怯えたように紅谷は首を振り、半歩下がったが、藍野は銃を構えた腕ごと、紅谷を抱き込んだ。


「ほら、撃てなかったろ。もう無理しなくていい。一緒に帰ろう、紅谷……」


 一瞬、紅谷は夢を見た。

 一緒に帰って、出会った頃のように食事をして、いつものように馬鹿な話をして。

 そうして何もなかったことにすればいい。

 その夢に手を伸ばしたかったが、ファリンやメイの姿が紅谷を押しとどめる。

 紅谷は藍野の腕を強引に振りほどき、悲痛な声で叫んだ。


「俺が帰る場所は、俺が決める!!」


 紅谷は夢中で引き金を引くと銃声が1発響き、そのまま逃げるように紅谷は立ち去った。


 ※ ※ ※


 とても奇妙な感覚だった。

 大きな銃声のあと紅谷がどこかに行ってしまうのを引き留めもせず藍野はぼけっと見送り、目線を下げれば腹から出た血が床に血だまりを作っていた。

 右手でそっと撫でてみると、大して痛くもなく、ぬるりとした生暖かい感触が伝わった。


(ありゃ、思ったほど痛くない……な…)


 痛くないので歩いて追えそうだと、一歩踏み出してみたが、ずんと全身に電流が走り、途端に全身を支えきれずに膝からかくんと崩れ落ちる。


(ああ、これダメな奴、だ……)


 こんな時どうするんだっけと、研修時代の応急処置を思い出してみるが、いかんせん装備がない。

 自力で血止めをしようとハンカチの入っているポケットを探ろうにも手が重くて動かず、目の前がゆっくりと暗くなり、寒気がする。


(まだ、死にたくないな……)


 この仕事を始めた時から覚悟はできていたし、遺書も社に預けてある。

 レイに大口を叩いて守ると言ったのに、約束が果たせそうにない事が心残りだが、自分の代わりは黒崎が務めるから、心配はない。

 良く知った親友に撃たれて死ぬ方が、見ず知らずのテロリストや暴漢に襲われて殉職よりマシと思い、藍野は気を失った。


 ※ ※ ※


 杜山と沖野がレイを連れて紫藤の待機している車に乗せようとした時、一発の銃声が聞こえた。

 驚いた杜山と紫藤は一緒に振り向き、顔を見合わせると、レイを一ノ瀬に預け、二人はすぐさま取って返した。

 1階の倉庫部分に銃を構えた杜山が飛び込み、見渡せば、エレベーター前に腹部を撃たれて倒れた藍野の姿があった。

 杜山は駆け寄ってあおむけにし、状態を確認する。

 胸も動いているし、手をかざせば呼吸もしている。

 ほんの少しほっとしたが、床には足よりは大きな血溜まりができ、あまり安心できる状況ではない。


「先輩! 大丈夫ですか? 肺は撃たれてないから、そのまま息してくださいよ!」


 杜山が声をかけながら手早くネクタイを緩め、シャツの首元のボタンをはずし、応急処置を施していく。

 最も杜山にも装備はなかったから、手持ちのハンカチを当て、手で押さえて傷をふさぎ、自分のジャケットをかけてやる保温くらいしかできなかったが、蜂の巣になった社用車には緊急用の救急キットがある。

 それを取ってこなくてはいけないのだが……。


「も、杜山先輩……。藍野先輩が死んじゃうぅ……」


 紫藤は目を潤ませて今にも泣き出しそうな顔で、杜山にハンカチを渡す。


「勝手に殺すな! 失血で気を失ってるんだよ! さっさとそこの車内の救急キット取ってこい! 表に車回して、綾音先生と黒崎部長に報告。レイさんは一ノ瀬さんと社に移動!!」


 杜山は顎でしゃくって社用車を指差し、傷をハンカチ越しに押さえると、あっという間にハンカチは血に染まり、杜山の手も血に染まる。


「ううー。はい……」


 紫藤は見知った藍野が血まみれの様子に半泣きで返事をし、ノロノロと社用車に向かおうとする。


「紫藤! 復唱!!」


 杜山は大声で復唱を求めるも、紫藤の大混乱ぶりにまずった、これなら傷を押さえる方を紫藤にやらせた方が良かったかもしれないと、杜山は若干後悔した。


「は、はい。一ノ瀬先輩とレイさんは移動で、綾音先生呼んで部長に報告、えーと、えーと……あと何でしたっけ?」


 紫藤は相当動揺してるようで、順番も言ってる事もめちゃくちゃだった。

 杜山に頭痛がするのはきっと気のせいではない。


「先輩はどうすんだよ、この馬鹿!!」

「はいっ! ごめんなさい! 一緒に運びますぅ!!」


 怒鳴られた衝撃で幾分しゃっきりし、紫藤は社用車から救急キットを取ってきて杜山に手渡した。

 杜山の無線を聞いた連中も集まりだし、藍野を無事運び入れて横浜へ撤収した。

 土壇場では紫藤よりも口の悪い杜山だった。

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