11.4_お出かけ1
能條と渚澤は横浜ビルで年越しをすることになり、さすがに悪いと思った藍野は、年越しそばとおせち代わりのオードブルセットを差し入れた。
これ幸いとクリスマスを反省した藍野は、レイをこの年越し飲み会に呼び、最中に二人で初詣に行く約束をしっかりと取り付けた。
もちろん晴れ着体験も予約しておき、当日の護衛は自分がするつもりで、杜山と担当を替わってもらった。
杜山は何やらニヤついていたが、とりあえず気にしないことにした。
二人には「また食べ物で釣ろうとしている!」と非難轟轟だったが、ご近所の3つ星ホテル謹製オードブルセットに、レイのお手製サーモンマリネのサラダ、沢渡特製真っ黒チーズケーキと真鯛のアクアパッツァが並んだテーブルに黙り、シアはジュース、藍野や沢渡、能條と渚澤は沢渡秘蔵の日本酒で、横浜ビルの年越しを楽しんだ。
そして年明け――。
藍野はウキウキで立てた警護計画どおり晴れ着姿のレイと初詣に行き、おみくじを引き、二人で楽しく出店を巡って食べ歩きをしてと、日本のお正月を満喫して大満足な年末年始を終え、レイもまたいつも通りの生活が始まった。
休暇明け早々部長室に呼び出しを食らい、「警護計画に堂々とデートプランを書いたバカはお前か」と黒崎に叱られ、少々理不尽を感じたが、楽しかったので忘れることにした。
捜索のための画像検索もだいぶ出そろい、現在は紅谷のリストと映った防犯カメラの場所をマップを水谷が重ね合わせて、シアを見つけたビルを中心にリストを当たる作業を藍野が行っていたが、紅谷はやはり巧妙で行方はつかめないまま時間は過ぎていく。
一方、水谷からはレイから博士襲撃犯の映像と4課の情報を元に、黒崎はコウの逮捕を画策しているがなかなか進まないと聞かされた。
どうも中国政府からの横やりが入っているらしく、あれだけの映像がありながらも、最終的に博士は自然死で片付けられてしまいそうだと水谷は話した。
こればかりはさすがにレイには伝えず、二人は黙っておいた。
※ ※ ※
きっかけはシアが外を眺めていた時だった。
怪我も良くなり始め、ベッドで寝ているのは飽きたのか、しきりに部屋の窓から外を眺めるようになった。
「シア、何見てるの?」
シアは窓から見える観覧車を指差した。
「ああ。あれは観覧車。ここよりずーっと高いところから外を見るんだ。シアは高ーーい所は平気?」
シアはきょとんとして、藍野を見上げる。
「さすがに高いところは、まだわかんないか!」
もう頭を撫でても怯えず、シアは藍野にっこりと笑い返した。
病室には塗り絵にお絵描き、絵本におもちゃ、タブレットにスマホ。
色々なものが増えたが、やっぱり男の子で、シアは外の方が好きそうだ。
一度能條に外出できるか聞いてみてもいいかもしれないと、シアの遊び相手をしながら考えた。
※ ※ ※
茶色のセーターに黒いジーンズ、Gジャンにニット帽、スニーカーと自分好みの服を着せ、渚澤はできあがりにとても満足していた。
半面、シアはおとなしく立っていた。
「やーん。もぅ、めっちゃカワイイっ!!」
渚澤は身悶えして自身のスマホで写真を撮り、ツーショットの写真を撮ってご満悦だ。
沢渡は年明けで忙しそうだので、手を上げた渚澤に通販サイトを見てもらい、適当に服を選んでもらった。
藍野に届いた請求メールにはちょっとお高め金額があったが、子供服の相場がわからない藍野は、そのまま決済し、現在に至る。
「よーし、シア。じゃあ行こっか!」
藍野はシアを抱きかかえて、病室を出る。
身長の高い藍野の二の腕あたりにちょこんと座ると天井が近いので、しきりに手を天井につけようとして、それを見た藍野はちょっとジャンプしてやると、シアの望み通り天井に手が届いて楽しそうにしていた。
「いい? 今日はゆっくり歩くだけよ。この子が痛がらないからって絶対に無理させちゃダメ。まだ治った訳じゃないんだから」
小さな子供に走り回るなと言う方が無理なのだが、シアは聞き分けもいいし、病室ばかりではストレスもたまってかわいそうだからと、とちょっと強引に許可をもらった。
「綾音先生、心配しすぎ。基本抱いてるし、今日は観覧車のついでにランチ食べて、その辺でちょこっと買い物するくらいなんだから!」
なぁ、と抱きかかえたシアに同意を求めると、シアはコクコクと頷く。
「藍野がついてるってのが一番不安だわ。依頼人じゃなきゃ、レイさんに頼みたいくらいよ」
護衛能力よりも保護責任能力を心配され、藍野はむうっと口を尖らせた。
「それ、俺に失礼ですよ、綾音先生。これはレイの外出も兼ねてるんですからね。じゃあ、行ってきます。シアもバイバイって」
藍野はシアの右手を掴ん左右に振って、階上のレイを迎えに行った。
レイは日本に戻ってからというもの、おとなしくA棟とD棟の往復で目立った外出はしなかった。
むしろあまりに外出しなさすぎて不健康すぎると藍野は強引に連れ出すことにした。
レイ本人は元々趣味も仕事も一緒で、夜間や休日は宿泊室に持ち込んだマシンで自身の研究を進めていれば満足していたのだが、水谷と二人で新しい言語開発やウィルス作成などを昼夜関係なく楽しそうにしている姿を監視カメラ越しに延々と見せられ、柴田と藍野のストレスはたまる一方だった。
その後の二人はうっぷん晴らしに地下にある訓練場で近接格闘訓練をし、わざわざ座間キャンプへ出向き、射撃訓練をしたという。
※ ※ ※
藍野がシアを抱えて宿泊室のインターホンを押すと、レイが出てきた。
今日のレイは動きやすそうなジーンズ姿にハイネックのざっくり編みニット、ダウンジャケットを羽織り、足元はブーツと完全にオフモードだ。
「ハイ、シア。今日のご機嫌はいかが?」
レイは両手の人差し指でちょんちょんとシアの頬っぺたを軽くつつくと、シアはにっこりと笑う。
「よーし! じゃあみんなで観覧車に行くぞ! でもその前にランチだ!」
「おー!!」
三人は仲良く拳を振り上げて、みなとみらいの商業地区に歩いて向かった。