11.1_報告
藍野は横浜に戻ると、黒崎の元へ向かった。
事の顛末の報告と今後の方針について話すためだが、いら立っている藍野は足音も荒く、部長室へ向かい、開口一番、黒崎に向かって叫んだ。
「あいつら銃を禁止している他国で銃撃事件をおこすなんて。しかも人が死んでるんですよ!これは国際指名手配するべきです!!」
しかも一人や二人ではない。
あの場では、大人も子供も5人は死んでいた。
かわいそうに遺体は傷だらけで、致命傷以外の銃創もたくさんついていた。
考えれば考えるほど胸糞の悪い思いでいっぱいになる。
「まあ、落ち着け。お前が怒るのもよくわかるが、国際指名手配は難しい。松井さん経由で届け出るが、この件、HRFとしては、それ以上は何もできない」
黒崎は色良い返答をしなかった。
紅谷の資料と藍野から聞いた報告から察するに、死んだ彼らは自国の人間ではない。
調べても身元が分からないし、捜索願いもない。行方不明者でもない。
元々港の倉庫街とあって人目がつきにくく、目撃証言は出にくい。
捜査はすぐに行き詰まり、未解決事件行きで忘れ去られる。
「何とかならないのですか?本社から外交ルートに働きかけるとか、我々の情報を松井さんに提供するとか……」
諦めきれない藍野は、犯人を捕まえたいと粘る。
あんな姿を見れば、何とかして彼らの無念を晴らしてやりたいと思う。
「無論、この件は本社へ報告する。だが今回、本社は動かないだろう。動いたところで、グループに何の利益もないから」
見かけ上はグループ外の人間が死んだだけで、グループには何の痛手がない。
男の子を保護しただけでも破格の扱い、冷たいようだが、営利企業であればこれが当たり前の反応だという。
「それに情報提供は、紅谷の事を話さない訳にはいかないし、話せば殺害事件に我々の関与を疑われる」
黒崎は厳しい顔つきで言う。
この事態は元々紅谷のファイルが発端だ。
紅谷がゴンドセキュリティサービスに深く関わっていることが明らかになれば日本支部だけでなく、場合によっては本社にまで影響を及ぼすかもしれない、それだけは避けなければならない。
想像できる分、藍野は落胆を隠せなかった。
「私達は一民間企業で、グループに益がもたらせないなら動けない。これ以上は我々の手に余る。保護した子供は回復するまでクリニックで預かるのは許可してやる」
黒崎は人道上を理由に一時的に預かることを認め、少し気づかわし気な目をして藍野に話す。
「むしろ私はお前が心配だ。博士が亡くなった時といい、今回といい、短期間での警察沙汰が多すぎる。今回の証言は杜山にさせろ、と言ってもお前は聞かないだろうしな」
男の子の付き添いで現場を離れ、松井刑事の対応は杜山がしたのだから、そのまま杜山に証言させればよい、黒崎はそう思うのだが、藍野はそうしたがらないことは予想できた。
「よく分かってるじゃないですか。私が証人でも結局警察と関わるのは一緒です。私が証言します」
至極当然のように藍野が言う姿に、ため息交じりで黒崎は答える。
「わかった。山崎先生には私から連絡しておく。明日の朝一で行ってこい」
黒崎は社の弁護士の名を上げ、藍野を追い出した。
藍野は次の日、山崎と共に警視庁へ出向き、事件の目撃証言を行った。
黒崎の心配通り、博士が亡くなった時に側にいた事も合わせて確認され、証言を取られたが、弁護士同席と松井刑事の立ち合いもあり、ひと通りの事を聞かれただけで、2時間もすれば解放された。
※ ※ ※
レイは戻って以降、仕事が忙しいせいもあり、藍野や黒崎との約束通り勝手な行動もせず、大人しく仕事場であるD棟と、生活の場であるA棟を往復していた。
コンビニ代わりにカフェテリアを使い、時折徹夜でPCに向かい続け、そのまま出社するレイを別の意味で藍野は心配をし、お説教が増えた。
クビの心配がなくなると、レイは広いリビングに何台ものPCを持ち込み、1人でネットワークを組み上げ、自宅や研究所と繋ぎ、自身の研究も再開した。
藍野も紫藤も研究テーマを説明されたがさっぱり理解できず、人伝に聞いた水谷だけが興味津々でレイを手伝いたい、紹介してくれと藍野に頼み、二人で何やら楽しそうにプログラムを組んでいる姿に、藍野は恨みがましい目線を監視カメラ映像越しに送り、隣で柴田が音声に耳をそばだてつつ「藍野さん。あの二人、くっつきすぎだと思いません? 依頼人に対してあれはまずいですよね。止めましょう!」とバキバキと指を鳴らし、鼻息を荒くしていた。
業務用キッチンはレイの息抜きに使われて、大量のクラムチャウダーが作られたり、大きなボストンクリームパイが冷蔵庫を占拠したりと、実に楽しそうにキッチンに立ち、警護員や調査員達にふるまっていた。
そして、藍野や水谷が懸命に探す紅谷の行方はようとして知れず、二人には焦りの色が見え始めた。
男の子を見つけて以降も藍野は紅谷のリストをあたるも、紅谷の足取りは掴めず、ゴンドのハッキングをしていた水谷もガードが固くて内部までは入りあぐねていた。
この間、水谷は何度かファリンのスマホに連絡を入れてみたものの、全て話すこともなく切られてしまった。
水谷は何とかファリンと話したいと、ファリンのスマホへショートメッセージツールを送り込んだ。
表向きはスマホにプリインストール済みの純正アプリと同じものだが、水谷とのメッセージは暗号化され、キーロガー対策に返信を書く際のキー操作もでたらめなものに置き換えられる。
それを使ってファリンから聞いた近況は「また監視をされているようだ。自宅以外、全く一人になる事がない。翔からの連絡もない」とあった。
「あとはあの子が紅谷を見かけたか聞いてみるけど、望み薄そうだよなぁ……」
青色吐息で藍野は肩を落とし、紙コップの紅茶を一口すすった。
カフェテリアの紅茶もそれなりに美味しいのだが、この会社はコーヒー派が圧倒的多数のようで、コーヒーメニュー拡充のためメニューから消えるらしいとの噂が、更に藍野をへこませた。
「そうですね。たとえ出会っていても、中国語じゃ紅谷さんとは会話できませんもんね」
飲めればなんでもいい水谷は、砂糖もミルクも多めに入ったコーヒーを同じように一口飲んで紅谷の様子を思い出す。
確かファリンとシュエメイの会話は時々中国語が混じっていたが、紅谷はまだ勉強中のようで、会話は基本英語だった。
「いよいよ禁断の監視カメラ漁りか。何台で何時間の映像だよ。4課全員で当たっても年内中は無理だろうな……」
紅谷までの果てしない道を思い、落ち込む藍野に水谷は得意気に答える。
「と、思うでしょ? レイさんが協力してくれて、実は二人でこんなのを作ったんですよ」
水谷はバックグラウンドで動かしているアプリを藍野に見せた。
AIによる画像検索プログラムだそうだ。
たくさんある映像から紅谷を自動的に選んでピックアップする。
初めのころはサンプルも少なく、誤検知も多かったが、サンプルの増えた最近はほとんど誤検知もなくなり、マシンの空いてる夜間に集中して並列で動かし、紅谷を探している最中だという。
「もしかして、レイの徹夜ってこれのせい?」
だとしたら悪い事を言ってしまったかもしれないと藍野は思った。
「少しはそうかもしれませんが、これはもともと作ってあった人工知能の一部を流用したから手間はあまりかかってないと言ってましたよ。徹夜はあくまで自分の研究と仕事みたいですよ」
レイの研究を手伝い始めた頃、相談したら次の日にはできていたから、確かに手間はかかってないのかも知れないが、彼女の手間と水谷の手間ではきっと大きく隔たりがあるだろう事は、水谷には簡単に想像できた。
「なぁ、水谷。俺、よくわかんないんだけど、こういうのって片手間に作れるものなの?」
水谷は即座に首を横に振って否定する。
「少なくとも別に仕事を抱えてて、一晩でなんて俺には無理です」
「だよなぁ。もしかして水谷、これ手伝ってくれてたり?」
「しましたが、ほんの少しです。レイさんって本当にすごい人ですよ。これを一晩で組み上げてしまうんですから。今の仕事終わったら専門職として4課と契約してくれませんかね。あの才能、プログラマーだけじゃ絶対に勿体なさすぎです」
水谷はすっかり心酔した様子で語り、ぜひ4課に欲しいと言ったが、藍野は否定した。
「レイはグループマターだから、俺達にはどうにもならないよ。レイがHRFで働きたいと希望するならまた違うだろうけど」
護衛だってグループから依頼されて、優先権はグループにある。
成果が入手でき、身の安全の問題が解決したら、生まれ育った研究所よりもっと専門性の高いどこかの研究所勤めに移る事になるだろうことを藍野は予想している。
レイが日本にいたいと言ってくれれば、藍野もそばにいることもできるのだが、友人もいない日本には残る理由がない。
「そうですよねぇ。何とかレイさん日本にいてくれないかなぁ……」
そう言って水谷はちらりと藍野を覗き込む。
依頼人とはきっちりと線引きするこの男にしては、未だにレイとだけは距離も言葉遣いも近いまま、これはもしかするかも、と恋人の柴田経由で聞いていた。
「あのね、水谷が何期待してるのか知らないけど、俺はただの護衛だからね!」
それ以上はないと藍野は言い切った。
が、内心は大嵐が吹き荒れる。
(そりゃあ……さ。ずっと一緒にいられたら、とは思うよ……)
レイがA棟に移ってからは時折一緒に食事をしたり、護衛を兼ねた外出をしたりと、多少親しく言葉は交わすようになった。
だけど彼女は父親を亡くしたばかりだし、その原因の一端に自分も関わっているし、今後彼女自身がグループの重要人物となりそうだし……。
5課でのご乱心騒ぎを思い出し、水谷は過去の自分を遠くの棚に放り投げて呆れた。
「藍野さんって、意外とうじうじするタイプなんですね。あんな回りくどい事せず、あの時はっきり好きだって言えばよかったのに」
「くっ、このリア充め!」
藍野は捨て台詞で応酬するのが精一杯の抵抗だった。




