10.6_座間キャンプ
はっきり言って、こんな事は映画かドラマの世界の出来事で、自分には無縁な事だと能條も渚澤も思っていた。
もちろん二人が以前勤務していた大学病院にも、医療用のドクターヘリは導入されていたし、見たことくらいはあったが、目の前に降りてきたのは正真正銘、軍用ヘリコプター。
暗がりのせいで見えないだけだと思いたいが、何やら物騒な物もついている様子だった。
「そりゃあね、この会社の屋上にヘリポートあるのは知ってたわよ。でもね、災害用かと思ってたわ!」
能條はひくつきながらも乾いた笑いまじりで言った。
「ですよねー。軍人さんをこんな気軽に呼んじゃっていいんでしょうか?」
医療キットの入ったバックを大事そうに抱えて、ヘリを見ながら渚澤は答える。
バラバラとローター音が響き、ゆっくりとプロペラが回る中、沢渡は実に手慣れた様子でドアに取り付いて、何かを羽織り、同じものを2着、手に取って戻ってきた。
「二人ともこれ着て、頭下げて乗ってください。プロペラに当たるとちょん切られますよ」
沢渡は二人に軍用フライトジャケットを手渡しながら、手で首を切る動作をした。
二人はジャケットを白衣やナース服の上に羽織ったが、渚澤は少々大きすぎ、能條にはちょうど良かった。
言われた通り頭を下げて、慎重に乗り込み、沢渡がベルトを締めてやり、無線用ヘッドホンセットを手渡した。
沢渡がしてみせると、二人も真似をしてヘッドホンをつけた。
これで騒音に邪魔されず、会話ができるようになった。
「綾音先生。私、ヘリなんて初めてですーー。プロポーズとかならよかったのに……」
「私と沢渡でごめんね、一花ちゃん。ちょっと沢渡、これお尻痛いじゃない!」
「軍用ヘリに乗り心地求めないでくださいよ、綾音先生。飛行中は口閉じないと舌噛みますよ!」
『いいよ、クリス。出して!』
『OK! しっかり掴まってなよ!!』
ローターの回転が上がり、プロペラが回り出すとふわりと浮遊感を感じる。
渚澤は小さく歓声を上げて窓から外を眺めれば、見慣れた横浜港の夜景がどんどん小さくなっていく。
「ねぇ、沢渡って何者?」
マイク付きなのに騒音のせいで、つい大声をあげる能條に沢渡はいつもの口調で答える。
「ただの5課警護員アシスタントで、“ドラゴンハンティングワールド”、“ギルド暁”のギルドマスター、ソーイですよ」
沢渡は操縦席を指差して続ける。
「で、アイツはクリス。クリストファー・ベイリー少尉、俺のゲーム仲間でギルドメンバー、フレックです」
ゲームのレアアイテムと紫龍で買収しました、と能條に種明かしした。
紫龍と聞いた能條は思いっ切り食いついた。
「紫龍って、まさか“川田屋”じゃないでしょうね。私だってアレ、抽選はずれっぱなしで買えてないのよ。私にも飲ませなさいよ!」
今の能條なら定価以上を出せば購入もできるが、それは最後の手段にとっておきたい。
例えば大事な誰かとの食事とか。
「ああ……まぁ。日本酒はちょっと伝手がありまして……」
何故か沢渡は言葉を濁し、そっと視線をそらすと、クリスが無線に割って入る。
『ヘイ、ソーイ。何の話? 僕も混ぜてよ!!』
『紫龍、綾音も飲みたいって。呼んでいいか?』
『もちろん歓迎するさ。シショーの友達だろ!』
紫龍で嬉しさ4分の1、お邪魔虫で4分の1がっかりし、残り半分は唐突な名前呼びにきゅんとしてしまう能條だった。
※ ※ ※
ヘリが基地内に下り、沢渡が手続きを行っている間、能條と渚澤は処置室の準備に回った。
アメリカ仕様とはいえ、機材自体はそう変わることはない。
渚澤が少々苦手な英語表記なだけであって。
「一花ちゃん、処置室準備は?」
「一応完了しましたが、全部英語表記がツラいです。薬剤表記が英語なのはちょっと……一応読めますが不安です」
酸素や縫合セット、メスや鉗子など、日本とそう形の変わらないものなら見た目で判断もできるが、薬品だけはそうもいかない。
日本とは薬品名と商品名は違う。万が一渡し間違えば死に至らしめる場合もある。
能條は薬品棚をざっとチェックし、使いそうな薬品をピックアップする。
「薬品指示は事前に目を通してパッケージの名前でするから、その通りで渡して。私もチェックするから空容器も一緒に置いてちょうだい。薬剤も小児用挿管セットもバッグもあるわね。後は藍野達が来るだけか。一花ちゃんはオペ室使えるように準備してて。私は一旦沢渡と話してくるわ」
能條はそう言うと、ピックアップした薬品をワゴンに並べ、処置室を出た。
「はい」
渚澤も能條を見送ると、隣の部屋に行き、着替えて準備を始めた。
※ ※ ※
二人の準備も終わるころ、藍野を乗せた救急車も病院に到着した。
能條が引き受け、藍野と沢渡が交代し、救急車をキャンプ入口まで送る。
ストレッチャーに乗せられた男の子を、三人で処置室へ運び込む。
「綾音先生。この子、助かりますよね……」
ストレッチャーのストッパーをかけて動かないようにしている渚澤を後目に、
「だいぶ出血してるから何とも言えないわ。一花ちゃん、クロスマッチと生食、輸血の準備」
状態を見た能條は、男の子をモニターに繋ぎ始めた一花に指示を出す。
「あとは私たちが引き受けるから、あんたは外に出なさい。邪魔よ」
しっしっと能條は片手で藍野を追っ払う仕草をすると、さっさと処置室の扉を閉めてしまった。
こうなるともう藍野にはすることはない。
ひとまず沢渡が戻ってきたら、沢渡に預けて、藍野は横浜へ報告に戻ることにした。
フレックと日本酒とソーイのコソコソ話
日本酒は黒龍の石田屋がモデルです。
定価は1万4千円ですが、プレミアで4万位?
ちなみに飲んだことはないです。
どんなでしょう?やっぱおいしいのかしら。




