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10.1_説得

 紅谷が音信不通となって1か月と少しが経った。


 世間はクリスマス一色で、週末のみなとみらいの商業ビルは、食事やショッピングを楽しむカップルや親子連れが溢れ、A棟ビルのエントランスにも大きなクリスマスツリーが飾られる時期になっていた。

 黒崎が本社から戻ると紅谷の懲戒解雇と捜索の縮小、ゴンドセキュリティサービスの調査に人員を割くことが決定され、紅谷の捜索は藍野や水谷が中心となって業務や警護の合間を縫って細々と行っていた。

 だが、水谷が以前調査した私物PCもスマホも足取りはぷっつりと途絶え、社内システムにアクセスする形跡もない。

 紅谷の行方を追う最後の手段は、膨大な監視カメラの映像を追う事と出国記録の監視しかなくなり、限られた人員では、映像調査を断念せざるを得ず、捜索も行き詰まっていた。

 二人の唯一の希望は出国記録がなかったことだ。

 ファリン達が香港にいるのなら、必ず紅谷もどこかで合流するはず。

 その時を待って空港で捕まえるべく、じりじりとした焦燥感のまま出国情報を待ち続けていた藍野に宅配便が届いた。

 差出人は紅谷からだった。

 藍野は飛びついて箱を開けると社員証やPC等、会社からの貸与品一式と一通の退職届が入っていた。

 それ以外には何も入っていなかった。


(何でだよ! 紅谷!!)


 藍野は握りこぶしをデスクに叩きつけ、送り状と退職届を見比べた。

 どちらも見慣れた紅谷の字だ。本人に間違いない。

 余程探して欲しくない事情でもあるのか、送り状の住所はどこかの公共施設で、電話番号はその施設のもの。

 藍野はせめてもと荷物追跡の番号を検索し、どこの営業店を経由して送られてきたのかをプリントし、退職届と共に荷物ごと黒崎のところへ持って行った。


 ※ ※ ※


「黒崎先輩……。紅谷からこれが……届きました」


 どさりと段ボール箱ごと黒崎のデスクに置き、ジャケットの内ポケットから退職届を出して渡した。


「ですが、紅谷の捜索はもう少し続けさせて下さい。お願いします!!」


 藍野はそう言って背中を曲げずに頭を下げ、黒崎に頼み込んだ。


「紅谷を探してどうする? あいつはもう戻ってくる気はないと、これを提出したのではないか?」


 黒崎の声に藍野は顔を上げ、広げられた退職届を見た。

 日付は博士の亡くなった日、紅谷が警備機材を止めた日付。

 黒崎の指摘どおり、紅谷はもう戻るつもりがなく、覚悟の上で手引きをしたのだという決意を汲み取れた。

 普段の紅谷なら絶対に選ばなかったろう選択肢を、自分の意思以外で選ばされた――。

 そのどうしようもない苦しさだけは容易に想像でき、だからこそ会い、苦しさに寄り添い、彼が今、望む事を手助けしてやりたかった。


「俺はただもう一度、ちゃんと紅谷と会って話がしたいんです。こんな風にあいつが苦しいままなんて、俺が納得できません!」


 黒崎は折り合いの悪かった父親という部分を差し引いても、とても紅谷を許せそうになかった。

 機材を止めて犯人を隠し、担当警護員を負傷させた上、一般人にまで被害を及ぼした挙句、自分は逃亡。

 救済に差し伸べた手を拒むどころか、噛みつかれた気分だ。

 藍野だって迷惑をこうむったというのに、それでも紅谷を信じて話したいなど、優しいを通り越してバカとしか言いようがないと思い、そんな藍野に黒崎はいら立ちを隠せなかった。


「会って一体何を話すというんだ! 依頼人を死なせた上、最悪の形で(我々)を裏切って。本来なら懲戒でも甘いぞ!!」


 話すことなど何一つない。これ以上は関わりたくないと黒崎は拒絶の意思を見せる。

 だが、藍野は引かなかった。


「家族を人質にされれば、そうするしかないでしょう! 我々でもまだつかみ切れていないチーム相手に、アイツ一人で、一体何を選択できたと言うのですか!」


 藍野に言われて、黒崎の脳裏には脅しに使われた紅谷達の家族写真が像を結ぶ。

 娘と妻の前で紅谷はこんな風に笑うのかと初めて知った。

 そして自分にもそうなりそうな存在が一人いる。


(私も大概、藍野に甘いな……)


 人の事はいえない。小さくため息をついて黒崎は言った。


「……業務に差し支えない範囲で、有志による捜索なら許可してやる。但し、年内中だけだ。年明けには結果を問わず捜索終了とする。なお、紅谷は懲戒解雇済みとし、退職届は受け取らない。これでいいな?」


 藍野はほっと表情を緩め、再びお辞儀をした。


「はい。ありがとうございます!!」


 藍野は顔を上げると、黒崎のデスクに置いた紅谷の返却物の入った段ボールごとかかえ、そのまま4課の水谷の元へ向かった。

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