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2.1_社内

 藍野は女性と別れ、仕事場のあるA棟に向かった。

 ここはアメリカに本社を置くHRF社、日本支部。

 正式名称、HRF Security & Research 社。

 アメリカ、メリーランド州ボルチモアに本社を置く、100パーセント外資系警備会社だ。

 アメリカ政府要人達に強いバックボーンを持つアルストーリアグループ、その傘下企業であるHRF社も軍関係のコネクションを生かして、要人警護や企業調査をメイン業務にしている。

 人材レベルも高く、金さえ払えばどんな依頼でも受けるという噂もあるが、決してグループ外の依頼は受けない。

 

 ここ日本支部は横浜港の側に建つグループ所有のA棟からD棟のビルのうち、1棟をまるごと日本支部で占有している。

 藍野は正面で立哨警備実習中の課員に挨拶してから入り、セキュリティゲートに社員証をかざして、高層階用エレベーターに向かった。

 ここの42階が彼の仕事場だった。

 もっとも彼は現場仕事が多くて、こちらのビルにはあまり顔を出せないのが現状であったが。

 窓からは横浜港を見下ろす、オフィスビルにしてはもったいないくらいの見事な眺めが広がり、振り返れば室内は明るくて広々としたフロアにはデスクが並び、視線を自然に遮れるよう、所々に観葉植物が置かれている。

 ぽつりぽつりと人が座り、パチパチと軽いキーボードの音があちこちから聞こえる。

 藍野はフロアに着くとロッカールームで手早く着替えた。

 黒のスーツに黒の細身のネクタイ、彼にとっては制服で戦闘服だ。

 袖口を直しながら自席に向かい、ノートPCをスリーブから復帰させる。

 3日間の休暇明けだが、特段急ぎのメールも通達もなさそうだ。

 イントラに乗っている共有事項に目を通そうとした矢先、隣の席の紫藤(しとう)が出社してきて隣に座り、声を掛けてきた。


「おはようございます、藍野先輩」


 紫藤(しとう)晴都(はると)、中途入社で1月に入社した。

 年若いがシンガポールでも4号警備(ボディーガード)の経験があり、英語だけでなく、日本語と広東語を使えるトリリンガルだ。

 順調に中途研修を終えて、2か月ほど前から藍野とエスコートライセンス取得の研修パートナーを組んでいた。


「おはよー、紫藤」


 画面から目を離さず返事をした。


「藍野先輩、黒崎部長からの伝言ですよ『部長室へ来るように』って」


 紫藤はちょいちょいと部長室を指差した。

 藍野はほんの少し嫌そうに顔を歪めて、ノートPCのモニター越しに部長室をこっそりと伺った。

 部長室といってもガラス張りで向こうからもこちらの席がよく見える。

 黒崎もノートPCを開いて何やら作業中のようだった。


(出社がもう知られてるとか……部長室には目隠しくらい設置すべきだよ、全く……)


 いっそ目隠し代わりに近くの観葉植物を移動したい、藍野は内心でぼやいた。

 オシャレフロアなんて代物は見た目よりもずっと気を使うのだ。

 藍野は心底嫌そうな顔で、代わりに紫藤を見た。


「そんな顔、ボクにしないでくださいよ。それより戻ったら高坂様の警護計画の打ち合わせお願いします」


 紫藤にすげなくそう言われたが、休暇明けから紫藤の指導で詩織の護衛に入る予定だった事を思い出し、少しだけ気分が浮上した。


「あーそうだったな。俺の予定(グループウェア)に入れといて」


 藍野は立ち上がり、デスクに放り出してあったタブレットをひっつかむと、部長室に向かった。


(詩織様。今回こそお話できると良いんだけど……)


 随分前、シャーロットの護衛で偶然、詩織と再会したが話どころか挨拶もろくに出来ないままその場で別れざるを得なかった。

 全く接点のなかった二人は、自分達を下がらせて一体何を話していたのか、藍野はとても気にしていた。

 その後のシャーロットは藍野にお小言を言いつつも、機嫌よく次々と予定を消化していたから、詩織を気に入ったのだということはよくわかった。


 一方の詩織はシャーロットとの会談後、藍野の指名を全てを取り下げ、ますます藍野が話せるチャンスが減ってしまった。

 日々の報告書では詩織はこれまで以上にハイペースで講義や単位を取り、せっかく入ったサークルに顔も出さず、自宅や図書館でずっと勉強をしているらしい。

 いくら留学を控えているとはいえ、彼女ならそれほど勉強に集中しなくても余裕で進級できる成績だというのに、遊びもせず、同期や先輩達、教授と交流も持たず、ただ黙々と勉強ばかりの詩織に「一体、何のために大学に行っているのか」と一言お説教をしてやらないと、と考えていたところにやっと紫藤の指導名目で詩織の護衛に入るタイミングが巡ってきた。


 せめて高坂家の護衛契約が終わっていれば、私人としていくらでも会いにも話にも行け、これほど悩まずに済むのにと、少々高坂社長を呪いたくなる藍野だった。


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