9.2_不機嫌
白鳥博士が思いがけず亡くなった事はあちこちに波紋を広げていたが、ここにも余波を食らった者がいた。
都心のビルにある潮陽集団有限公司、日本支社にコウは呼び出された。
面白かろうはずもなく、イライラとしたまま靴音も荒く、36階の一角にある|広徳安全有限公司《ゴンドセキュリティサービス株式会社》へ向かう。
コウが部屋へ入ると、待ち構えていたプロジェクト責任者の李浩然から、厳しい視線が注がれ、前置きもなく尋問が始まった。
『さて、説明してもらおうか。博士が死んで成果も手に入らなかったとは?』
リは座ったまま、コウを見やる。
その目はどこまでも冷たく、HRFの会議とはあまりに落差があった。
あれだけお膳立てされていて、何も手に入らず、博士も死にましたでは、コウ自身もただでは済まない事は覚悟をしていた。
『すべて私の落ち度です。申し訳ございません』
背中に嫌な汗が伝い、ぎり、と奥歯を噛み締めてコウは言った。
『謝罪も説明も必要ない。私が欲しいのは研究成果と娘だ。今後、手に入る術はあるのか、ないのか、どちらだ?』
真っすぐ射殺しそうな視線で、リはコウに問い質す。
『現状は……ありません。娘がサヴァンの発現成功例ですので、娘を解析をすれば出来るやも知れません』
だが、とコウは思う。
娘は家に戻らず、犬共の本拠地である横浜に住居を変え、完全に囲われてしまった。
悔しいが、HRFの手の中にいる娘をこちらに連れてくるなど、コウだけではできない。
もう一度あの男、紅谷を使うしかなかろう。
今回の失敗を挽回せねば、自分も紅谷も始末されてしまうのだ。
『娘は番犬付きだぞ。犬共はどうするのだ?』
ほら来た、と待ち構えていたコウは用意していた回答をする。
『紅谷を使い、娘を手に入れます。家族がこちらにいる以上、よく言う事を聞くし、奴らのやり方には精通しています。我々が異国で動き回るよりはるかに目立ちません』
リは予想通りなのか、さしたる感銘も受けず、ため息交じりでコウの提案を肯定した。
『現状、それしかなかろうな。例の者達はどうした?』
思い出したように、リは尋ねた。
『留め置いてあります』
『足がつく前に処分しろ。こんな事なら用意するのではなかったな』
さしたる情感もこめず、不用品を処分するようにコウへ命じる。
『はっ。……申し訳ございません。この失点は必ず挽回致します』
コウは2度目の謝罪の言葉を言った。
こんな事、コウが軍人になってから初めての事で、積み上げてきたものをいっぺんに崩されてしまったような気分で腹立だしい気分だった。
『二度目はない、期待している』
リは短く言うと、コウを下がらせた。
※ ※ ※
コウは退出するとその場で紅谷に現状維持で待機、また連絡すると言い捨てて、さっさと電話を切った。
監視を再開したことに何やら文句を言っていたが、無視した。
このいらいらした気分を宥めるためにも、彼らの処分は自ら行おう、少しはすっきりするかもしれないと薄気味悪い笑みを浮かべ、その足を留め置いている場所へ向けた。




