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8.3_帰り道

 レイが日本に戻ると護衛に宣言すると、何故か護衛によってチケットを回収され、当日の空港には日本にいるはずの黒崎が現れた。


「黒崎さん、どうして……?」


 黒崎から受け取った飛行機のeチケットは、エコノミーからビジネスクラスにアップグレードされていた。


「出張のついでだ。だが君は目が離せないからな。席は私の隣だ。大人しくしているように」


 レイは言われた言葉に何とも言えない顔したが、すぐに仕方ないと諦めた。

 日本を出るときに理由も言わず、強引に出国してきたのだから。

 レイの財布にはとても痛いが、迷惑料がわりにアップグレード料金は払うべきだろう。


「わかったわ。ねぇ、これ差額はいくら?」


 ポストンから羽田までのビジネスクラス料金はきっとエコノミーの数倍はする。

 クビにならなかった事に感謝して、黒崎に問う。


「君の分は警護費用としてグループに請求する。必要ない」


 さして気に留める様子もなく、黒崎は答えた。


「そうなの……」


 ありがとう、というのもおかしい気がして、語尾を濁した。


「何か必要なら今のうちだが、必要ないか? なければ出国するが」


 スーツケースもなく、手荷物のみという随分と身軽な姿のレイに黒崎は声をかけた。


「いいえ、必要ないわ。行きましょう」


 二人は連れ立って出国ゲートを抜け、機内に入った。


 ※ ※ ※


 黒崎とレイが案内されたビジネスクラスは、ゆったりした革張りの椅子で、座ると目線より少し高い仕切りのついた席だった。

 航空会社は違うが前回父と日本に来た時とほぼ一緒の、夜にはフルフラットになる椅子に、お互いの顔が見えない仕切り。

 藍野だけでなく、黒崎とも歩み寄りたいと思っていたレイには少々話しにくい環境ではあったが。


 席につき人心地つくと、早速ウェルカムドリンクのリクエストが聞かれる。

 レイはコーヒー、黒崎はミネラルウォーターをリクエストし、黒崎は少しネクタイを緩めるとレイに質問した。


「何故、君は日本に行くんだ? 君の父親はもういないぞ」


 黒崎には疑問だった。

 友人もおらず、父のいない日本になどレイには戻る理由がない。

 レイはコーヒーを一口飲んで、答えた。


「私、とても酷いことを藍野さんに言って後悔してるの。だから顔を見てちゃんと謝りたいと思って」


 表情こそ見えないが、レイは真摯な声音で黒崎に答えた。


「謝って、その後はどうするんだ?」

「そうね、もっと色々話したい。あの人やみんなと」


 ふふっと笑い、レイは黒崎の方を向く。


「あなたもよ。日本に着くまで時間はたくさんあるもの」


 機内にベルト着用サインが表示され、黒崎とレイはベルトをした。


「私ね、あの人もあなたも、護衛についてくれる人も、どんな思いで私に関わってくれていたのか、何にも知らなかった……」


 だからこんな事ができたのだと、少し後悔しているような声だった。

 知ろうとしなかったのは黒崎も一緒だ。

 どんな事情があってレイを代理出産させようなど考えたのか、母は何故自分を連れて博士の元を離れたのか。

 何一つ博士の口から聞かなかったのは、父親が理解できなかったのではなく、自分が理解しようとしなかっただけではないのか?

 レイの言葉は事情も何も知らずに頭から否定し、別れた事を指し示しているようで、黒崎にずしりと響いた。


「だからね、まずはたくさん話をして、相互理解から始めようかなって!」


 話すのは苦手だけどね、とレイは付け足した。

 飛行機はゆっくりと動き出し、滑走路を移動し始めた。

 レイは窓から外を見た。

 ボストンの空はいつも通りで輝くように晴れており、機体整備の職員が、作業の手を止めて手を振って見送る。

 レイは見納めのつもりで、機内の小さな窓から空を見つめて、脳裏に焼き付けた。


「なら、早速要望がある」

「何かしら?」

「黙って消えるな、勝手な行動はするな……」


 お説教モードに入ったようだとレイは察した。

 父もよくこうして自分にお説教をしたのだ。

 レイは先回りして、次の文節を言う。


「藍野さんに心配かけるな?」


 どうだ、当たりかと自信ありげにレイは語ると、黒崎は苦笑して、表情を変えた。


「あれだけではない。君の護衛に関わった者すべてが心配していた。あまり護衛達を心配させるな。君たち親子は迷惑をかけるのが趣味なのか」


 ほんの少し、お叱り成分を含んだ真っすぐな声音に、レイは答えた。


「もうしません。約束するわ。着いたらみんなにも謝る。これでいい?」


 そうしてくれ、と黒崎は苦笑いで頷いた。


「何故黒崎さんも藍野さんも成果の事を聞かないの?」

「護衛すら嫌がる人に成果を渡せとは言いにくいな。もっと信頼関係を積み上げてから博士と交渉しようと考えていた矢先の出来事だったからな」


 黒崎は小さくため息をつき「……成果は君が持っているのか?」とレイに聞くと、レイは正直に言うべきか迷って「……持ってない」と答えた。


 父親が命をかけてまで渡したくなかったものだ。

 遺言はグループが第1候補のようだが、渡すべき先はもう少しじっくりと考えたかった。


「……そうか」


 黒崎はあっさりと引いて、レイはほっとした。


「黒崎さん。あの……ちょっと聞いてみたいのだけれど……。私や父の護衛って実際費用はどれくらいかかるの?」


 レイが払う訳ではないが、自分と研究成果、どれほどの価値をグループは見出しているのか、実際どれだけ支払っているのか知りたかった。


「君達の場合、調査費用や経費諸々で大体ひと月2,500万円、何かあった時には危険手当が上乗せされて月平均3,000万円から4,000万円てところだな。どうした?」


 金に困る程ではないけれど、毎月払えと言われても払える金額ではない事に、レイは頭がクラリとした。


「そ……。そんなにかかってるの? で、でも、父の分が減るから今は半額くらい、よね?」


 半額でも1000万を超えているが、少しは減っていて欲しいとレイが希望を持って尋ねると、


「人数が減っても手間は一緒だから、それほど下がらない。それに博士が亡くなったのは私達の責任だ。私達はむしろ依頼人に、つまりグループへ賠償金を支払わないといけない立場だ。そういう意味で君の護衛は当社で儲からない」


 賠償金代わりに君の護衛費用が請求できないだけだ、と黒崎は言った。

 あっ、とレイは思った。

 黒崎達は父の死が自殺と知らないのだ。

 これを知ったら、賠償金を払わずとも済むのではないだろうか。


「黒崎さん。その、父の事で一つ言わなければならない事が……」


 レイはリアムの話を黒崎にした。

 父は事前に用意したプログラムを使っての自殺だったこと。

 父の死は誰の責任でもないこと。

 最期の映像に襲った犯人の姿が映っている事を伝えた。


「映像は助かるな。後でもらえるか?」


 レイは了承し、その場で機内wifiを使い、黒崎のアドレスに送った。

 黒崎は添付ファイルを確認し、その場で映像を4課に送った。


「助かるよ。必ず犯人を探し出す」


 これで難航していた犯人捜しが進む。

 黒崎はほっと息を吐き、二人は別の話題に移った。

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