8.2_叱責
黒崎の前には副社長のアレックス、一線を退いて会長となったロバートが席に着き、社長で議長役のジェームズは黒崎の左隣、テーブルの短辺から会議を進める。
『では、今回の不手際の説明と解決策、今後の対策方法の説明を求める』
『この度は白鳥博士の件について、本社の期待に応えられず、申し訳ごさいません。すべて私の力不足であり、現場に当たった者達には寛大な処置が下る事を希望します』
黒崎は率直に謝罪から始め、博士の経緯とレイの現在、紅谷の現状を丁寧に報告していく。
博士は護衛の手をすり抜け、警備機材を止められていたため、証拠となるような映像も抑えられず、犯人はわからずじまい、警備機材を止めたのが部下の紅谷であること、家族を人質に脅されて手引きしたのも紅谷であろう事、レイから目を離してしまった事などを話した。
『待て! その紅谷という調査員が機材止めて犯人達を手引きしたんだろ? 博士が亡くなったのは別にレイジの責任じゃない』
アレックスは今回、黒崎の味方をすると決めていたらしく、黒崎をかばった。
『いいえ。紅谷は本案件の調査リーダーで、それを命じたのは私です。任命責任が私にあるのです』
『ふむ……紅谷は確か家族を人質に取られているようだと言ったな? 我々がバックアップすると言っても、態度は変わらなかったのか?』
ジェームズの問いに、黒崎は頭を振って答えた。
『すべて話すよう説得しましたが、厳しい監視でもされているのか、聞き入れられませんでした。博士の手引きをして以降、少しの間は連絡も取れましたが、現在は行方不明です』
黙って聞いていたロバートだったが、怒りが頂点に達したのか両手の握りこぶしをダン、とテーブルに大きく叩きつけた。
『そんな奴はウチの助けを受けるに値せんわ! さっさとクビにしろ! プロの護衛がたかが小娘一人に翻弄されて逃げられるとは情けない。しっかり見張っとれ!!』
衝撃で紙コップが倒れそうになり、アレックスは祖父と自分の紙コップを手で持ち、ほっと息を吐いた。
『おじいさま。仮にもグループ依頼の対象者にそれは……』
倒れそうだったコーヒーを元に戻して、アレックスは祖父を咎める。
『ここでは会長だ、アレックス! レイジ、お前がだらしないから部下にナメられるんだ! もっとしっかり監督せんか!!』
『会長のおっしゃる通りです。返す言葉もございません』
会長の叱責は覚悟していたのか、反省の様子で黒崎は答える。
ロバートの興奮は収まらない様子だが、会議を進めたいジェームズは、次の質問をする。
『もういいですか、会長。話を戻しますよ。では紅谷の出国情報は?』
『現時点ではありません。未だ国内にいると思われます』
『映像はなくても犯人の目星はついてるんだろ? 紅谷を脅迫した奴か?』
アレックスはそのまま誰かをぶん殴りそうな勢いで尋ねる。
『はい。おそらく彼らだろうというところは。現在調査中で証拠がありませんし、相手が大きすぎます』
黒崎は水谷の調査結果と調査中のゴンドセキュリティサービスとその親会社、チョウヤングループの名を挙げた。
名を聞いた3人は同様に渋い顔をした。
『あそこの株主はほとんど共産党員ばかりで、名ばかり民間企業だろ。グループ経由でもめんどくさい相手だ』
アレックスが代弁する。
ジェームズが『今後の対応と今回の解決策は?』と聞くと黒崎は、
『レイについては彼女の今後と意向を確認し、再度の警備体制を敷きます。今回は何か理由でもつけて日本支部内で保護し、自宅には戻しません。紅谷は懲戒解雇とし、今回の件の裏側と彼らの目的を調査を考えております。ですが……』
一呼吸おき、黒崎は立ち上がって頭を下げた。
『グループより最重要の依頼として受けていた研究成果は、博士の死亡により入手不可能となりました。今後はレイをグループ内に留め置く方向にシフトしたいと考えています。考えている対応と解決策は以上です』
黒崎は述べ終わると頭を上げた。
『妹をグループに差し出すなんて、馬鹿な事はやめとけ』
彼女は確かに貴重な存在だが、そこまでしなくてもいい。
アレックスは少し冗談めかして止めるが、黒崎は『私が説得します』と無表情で言った。
『レイジ……』
アレックスは黒崎の顔から本気を読み取り、止めてやれないもどかしさに臍を嚙んだ。
黒崎はこうと決めたら決して曲げないし、手段も選ばないだろう。
そんな事で友人の家族を壊してしまいたくなかった。
『よく言った、小僧!!』
ロバートはつばを飛ばして黒崎を褒めたが、ジェームズは再び渋い顔をした。
あまりいい提案とは思わなかったようだ。
『私も反対ですよ、会長。うちが差し出せば、今後どんどん要求が増えるだけです。レイジ、その辺の結論はもう少し待ちなさい。博士死亡で我々が入手できないなら、他の者にも入手できないという事だ。これで一応グループには納得してもらう』
ジェームズは思案顔で言った。
確かに成果は欲しかったが、他に漏れなければグループにも損はないだろうという見解だった。
『成果をレイが引き継いだ可能性は十分にある。その上でレイを説得して協力を得られるなら、それでウチのプラスになる。現時点での判断は見送りとしよう』
ジェームズは二人に視線を送った。
『以上を踏まえて、処分内容を決定する。会長は?』
彼らの決定フローは徹底的にオープンが基本だ。
プライベートでも絡まない限り、本人を目の前にして話し合いが行われる。
失敗は別の形で贖うのがHRF社の流儀であり、不適格であれば支部長や社長から一気に平社員に落とされる事も制度上可能である。
『1階級降格の上、本社での再研修だ。部下に裏切られ、小娘に舐められおって。ワシが性根を叩き直してやる!』
『俺は反対。任命責任があると言うけど、そんなのは事前に予測できるものじゃない。それに成果はあるかもしれないんだろ? よって減給か注意が妥当と判断する』
厳罰を求めてロバートが息巻けば、アレックスは真っ向から弁護する。
『ふむ。意見が割れましたね。私も厳しい処分は反対です。まだ案件がクローズした訳ではありませんからね。最後まで見てから処分を決定したいところです』
意見が割れた場合、現社長であるジェームズの意見が優先される。
少し考えてジェームズは黒崎に向き直った。
『それでは今回の決定だ。博士死亡に関する一連の件について、日本支部の一部責任を認め、厳重注意とする。紅谷の件は本人の責任も大きいから、君の降格処分は見送りとするが、支部長の監督不行き届きは否めない。今後同じ事があれば支部長は別の者も考えるから、覚えておきなさい。以上が我々の判断だ』
『はい。寛大な処置に感謝し、この失点は必ず取り戻します』
黒崎は表情を引き締めて言い、頭を下げた。
『ああ、あとレイが日本に戻りたいと申し出ているそうだ。君が連れていきなさい』
黒崎はとても驚いた顔をして確認した。
『それは本人が連絡してきたのですか?』
報告書では本社の護衛と折り合いが悪くて、会話の一つもしてなかったはず。
そんな彼女が護衛と話をするなど思ってもみなかった。
『日本に行った事で彼女も変わった様だよ。悪い変化ばかりでないから、もう少し希望を持ちなさい。レイジは悲観的すぎる』
そう言ってジェームズは監視映像を見た。
釣られてその場の全員が映像に視線を向ける。
そこには母親の墓の前で研究所の職員らしき女性とレイが親しげに話し、笑い、抱き合って泣いている姿があった。
内容こそ読み取れないが、確かにレイが変わりつつある兆しがそこにあった。




