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6.8_哀惜

 博士は状況的に、藍野達によって警察も呼ばれた。

 部屋は荒らされていたが盗られたものがなく、博士には外傷もなかった。

 被害はPC1台が壊されたことと、護衛達の怪我、レイの外出に合わせた訪問看護の時間帯であったため、来てくれた星野が縛られたことによる軽いケガを負い、心の方には浅くない傷を負った。

 能條の診察と紹介でカウンセラーがつけられ、要経過観察と診断された。

 紫藤は星野を守れなかった事を随分と気に病んで、カウンセリングに付き合い、悩みを聞き、相談相手になっていた。

 警護員達の怪我も大したことはなく、擦過傷や打撲程度で全治2週間から1か月といったところだ。

 出くわした博士が驚いて、持病の心臓に発作を起こして亡くなったのでしょうと警察は結論付け、遺体は返された。

 盗られたものがないので盗難の捜査はできない。警護員や看護師に怪我を負わせたことによる傷害事件の捜査に切り替えられたが、肝心の監視カメラも犯人が映っておらず、足跡も指紋もなし、看護師や警護員による証言でのモンタージュや似顔絵位で、犯人はわからずじまいになりそうだと、御用刑事の松井は語った。


 ※ ※ ※


 博士は余命宣告を受けた時から準備をしていたらしく、黒崎に指示した手帳へ眠る場所も知らせる人もすべて残しておいてくれていた。

 だが、急な事だったため、レイが一人で火葬や葬儀の手配をできるほど、日本に明るくない。

 形だけはレイが遺体を引き取り、約束通り黒崎が全ての手配を行った。

 黒崎は表面上淡々と葬儀や火葬の手配を行い、知らせる人に知らせ、宣言通り葬儀や火葬、埋葬を執り行った。

 あれだけいた客人達は博士が亡くなった途端、表面上は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 裏では相変わらずで、話す文言が娘に会わせろに変わっただけで、全く人数が減ってはいなかったが、護衛達が丁寧に追い返していた。

 火葬も葬式も博士の知り合いは少なく、レイの護衛に立つ者の方が多い、ひっそりと静かなものだった。


 ※ ※ ※


 一方、レイは亡くなった日以降、泣くこともなく悄然としたまま父親を見送り、誰かの言われた通りに座り、食べ、休みとまるで動く人形のようだった。


「レイさん、大丈夫かなぁ?」


 心配そうに紫藤が見つめる先には、レイがぼんやりと空中を見つめてただ座っていた。


「僕、先輩の方が心配だよ。護衛を替わると言っても聞かないし、博士が亡くなってから、あまり休んでないみたいだし」


 杜山はため息交じりで、レイの隣に目線を向けた。

 藍野はレイの側に立ち、警護に当たっているようだったが、寝不足で少々顔色が悪い以外、表面的にはいつもと変わりないように見えていた。


「流石に堪えますよね。あれは」


 紫藤はぽつりと言って、二人は博士が亡くなった日を思い出す。

 博士のそばで泣きわめきながら、藍野をひどく責めていた。

 どうして死んだのだ、何故こんな事が起きているのか、信じていたのに、嘘つき!と。

 彼女はとても混乱して、日本語と英語が入り混じり、感情の赴くまま延々と藍野を詰っていた。

 藍野はただ黙って、そんな彼女を受け入れ、責めを一身に受けていた。

 レイは散々喚いて泣いて疲れ果て、気絶するように眠り、目を覚ましてからは、心はどこかに置いてきたように、ぼんやりと言われた事だけをこなしていた。

 そんな風に一夜で変わり果てた彼女を見た藍野は随分と自分を責め、たとえ自分の言葉が届かなくても、いつか自分を必要とするかもしれないと不眠不休でレイの側に立ち続けた。


 ※ ※ ※


 早いもので博士が亡くなってひと月ほど経ち、博士の納骨も済んだ。

 黒崎の預かっていた手帳のリストもほとんど消化を終え、少しだけ落ちついたある日、黒崎はレイの元を訪ねた。

 レイは相変わらずぼんやりしている様子で、インターホンを押しても反応はない。

 突然亡くなった事や状況には同情するが、そろそろ立ち直ってまともに会話ができるようになってもらいたいものだと思いながら、玄関から勝手に上がり込み、リビングに行った。

 レイはダイニングの椅子に座って、定まらぬ視線をどこかに投げていた。

 テーブルの上には、すっかり冷めたコーヒーが一杯あった。

 窓から外を見れば、あの馬鹿(藍野)が心配そうにちらちらと覗いてくる。


『レイ、少しいいか?』


 黒崎は窓に背を向けるよう座り、カップを脇に押しのけると、手のひらに乗る程度の小さなガラス製の骨壷を鞄から取り出して、そっとテーブルの上に置いた。


『これは生前、博士から頼まれていた。遺骨は君にも分けてやってほしいと』


 レイは微動だにせず、じっとしている。

 聞いてくれているのかわからないが、そのまま話を続けた。


『君の母親の所にも置いてやれ。お母さんも一人では寂しいだろう。じゃ、確かに渡したぞ』


 黒崎はそれだけ言って、立ち去った。

 その場でレイは渡された骨壷をじっと見つめて何かを考えている様子だった。

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