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6.4_失敗

 紅谷が警備機材を止め、コウ達は易々と玄関から侵入した。

 玄関にはチェーンロックがかかっていたが、想定内だ。

 チェーンを壊して入り込んだ。

 コウを含めて人数は4人だったが、彼ら(犬共)は5人がかりで予定よりも多くて面倒ではあったが、住宅街であることを気にして抵抗もせず捕まった。

 コウは抵抗しなかった彼らに面白みを感じなかったが、忌々しい犬を公然と痛めつけることができたので、多少憂さ晴らしができたのでよしとした。


(ここに紅谷が言った、藍野はいないようですしね)


 あの藍野という男。紅谷よりずっと濃い“血のにおい”がした。

 あんなのが民間にいるなんて。コウはククッと喉の奥で笑う。

 あれとなら楽しめそうだと、縛り上げて転がしておいた彼らを見下ろし、部下に命じて玄関の鍵を開けさせ、土足のまま家に押し入る。

 予定は多少ずれたが、予定時刻まであと15分。

 すべてを終えて出るまでには余裕がある時間だ。


(ふむ。中も紅谷の報告通りですね)


 玄関からざっと中を確認する。

 キッチンもリビングも、彼らが使っている空き部屋も報告通りだ。

 部下達は打ち合わせどおり、リビングや彼らが使っている部屋から、博士の研究成果にかかるようなものはないかとひっくり返して探していく。

 キッチンでは裏口から看護師を逃がそうとする男と部下がかち合い、もみ合いになって逃げられそうになったが、銃を見せればあっと言う間に2人はおとなしくなった。


『その女性は一般人だ。手を上げるな』


 紫藤は縛られながらも、広東語で訴えた。


『おや、広東語とは珍しい。ですが英語で結構ですよ。もっともう話すことはありませんが』


 コウは部下に命じて女性と紫藤をダイニングの椅子に座らせ、背もたれの後ろで手を縛り、動けなくした。

 しっかりと口はガムテープでふさがれ、星野に預けたスマホと紫藤の無線も取り上げられ、踏みつけて壊された。

 きっと他のメンバーと連絡が取れなかったのは、これが原因だったのだろう。


(うへぇ。5分前の自分をめっちゃ褒めたい!! コールしておいてよかったぁ)


 表向きは悔しそうな顔を作り、内心では安堵していた。

 後は誰かが来るのを待つばかり。

 目の前の見張りが早くどこかに行ってくれと念じながら、抜ける準備をしだした。


 ※ ※ ※


 コウはリビングで一台のノートPCを見つけると、部下に持ってついてくるよう命じ、自分は2階にある博士の寝室に向かった。

 博士は上半身をベッドマットごと起こして待ち構えていた。


『全く。騒がしい訪問だな、迷惑だ』


 顔色は良くないが眼光だけは鋭くコウを見据え、冷ややかな声で博士は言い捨てる。


『こんにちは、白鳥博士。お休みの所をお邪魔してます。大人しく研究成果をお渡し下さい』


 そう言ってコウはうすら寒い笑顔で黒い(オートマティック)を向け、ロックを解除する。

 博士は一瞥し『名乗りもしない君達に渡す物などない。そもそも研究成果は研究所に置いてきた。ここにはない』と先ほどと変わらない声音で拒絶した。


『今時、そんな言を信じる馬鹿はいませんよ』


 くすりと笑い、コウは顎をしゃくって、リビングにあったノートPCを持って来させ、博士の太ももあたりの上に置かせる。


『ここからその研究所にアクセスして、これに資料をダウンロードして下さい。それで済みます』


 コウは右手でポケットからUSBメモリを取り出し、ぽとりと布団の上に落とした。

 博士は忌々しげにUSBメモリをつかむと、コウを睨み付け『断ったら娘を殺すとでも言うつもりか?』と言った。


『さすが日本人ですね。察しがよくて助かりますよ』


 わざとらしく褒めてみせ、さっさとやれと言わんばかりに銃を更に近づけた。


 博士は軽くため息をつき、短く『……わかった』と答えると、PCの電源を入れ、USBメモリを差し込んだ。


『おかしな事をしても殺しますので、考えない事をおすすめしますよ』


 油断なく銃を構えたまま、満足そうにコウは後ろにぴたりと張り付いた。

 白鳥博士はノートPCの自身のユーザーに変え、ログインしなおす。

 見た目は普通の画面だが、研究者らしくデスクトップはショートカットやらファイルやアプリで散らかり放題。

 博士は迷いなく研究所のディスクへのショートカットをクリックしてパスワードを入れる。

 ずらりとフォルダが並び、博士はいくつかデータを選択して、USBにコピーし、それを開こうとした。


『おい、何をするつもりだ?』


 ごり、とコウは博士の背中に銃口を押し付けた。


研究所のサーバー(ウチ)は特殊な設定でね、外部(ストレージ)にデータコピー後、初めて開くとき、必ずデータ作成者のパスワードを入れないと開けない仕様だ。私のパスワードは必要ないか?』


 どれか一つを一度開けばいい、データ持ち出しに厳しいところならよくある設定だ、と博士は話した。

 確かにコウにも聞き覚えはあった。

 誰がいつ、どのマシンからどの媒体にコピーしたのかがログとして保管される。

 パスワードを探す手間が省けてよかろうと、コウは許可した。


『入れろ』


 博士はパチパチと軽い音をさせてパスワードを入力し、エンターキーを押した。

 フォルダは開かれて沢山のファイルが展開されると同時に、博士は胸を押さえ、脂汗を滲ませて苦しみだす。

 驚くと同時に、予想外の博士の反応に嫌なものを感じて、博士を揺さぶった。


『おい!一体何をした!!答えろ!!』


 コウの言葉に博士は反応し、苦しそうな顔のまま両手で力いっぱいコウのワイシャツをつかんで引き寄せ、ありったけの気迫を込める。


『研究は……渡さない。娘も…私自身も、お前…達、なぞ…絶対、渡すものか!!』


 コウはハッとして博士を力づくで振りほどき、PCに飛びついて博士から取り上げ、一つファイルを開けた。

 プロパティに容量は表示されているのに中身は空っぽ。

 同じようにいくつかを開いてみても、容量とファイル名だけを偽装したダミーファイルだった。

 ウィンドウを切り替え、コピー元のサーバーにアクセスしても、既にパスワードの期限切れでコピーができない。

 どこかにヒントくらいないかとファイルを漁っていたが、ウィルスでも仕掛けてあったのか、すぐにキーボード操作を受け付けなくなり、PCはもうOSすら動かない状態になっていた。


(クソッ! やってくれたな!!)


 コウは既に息絶えた博士をねめつけた。

 コウは握りしめた拳をノートPCに叩きつけると、衝撃でPCのモニターが消えた。

 何か博士を死に至らしめる小細工でも施していたのだろう。

 死にかけの年寄りだった癖に、癪にさわる。

 イライラして持っていた銃で博士を撃ちそうになった時、落下の衝撃で落ちたUSBメモリが目に入った。


(この小細工があの娘の仕業なら、USBに接触した時こちらの情報を送ったかもしれない)


 まずいことになった。コウは苛立ちで親指の爪を齧る。

 このUSBは軍用の特殊なフォーマットをかけていて、それを解析すれば自分が中国軍の所属である事が知られてしまう。

 軍関係者が一般市民の家に押し入り、住人が死んだと表沙汰になれば国際問題にもなりかねない。

 幸い発砲もせず、薬物も使っていないから、博士には傷一つない。

 自分たちの痕跡さえ消せれば、持病の心臓病で押し通せるだろう。

 室内の時計を見れば、約束の30分まであと5分もない。

 今はここから立ち去る事が先決だ。

 コウは部下達に撤収指示を出し、腹立だし気にUSBを踏み付けてつぶし、「処分しろ」と部下に放り投げた。


 コウにとっては久方ぶりの任務失敗だった。

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