5.5_手引
黒崎の追及をかわした紅谷は、退勤後、身辺整理をし、今住んでいるマンションの解約手続きとマンスリーマンションの契約、家財道具の所分を手配した。
水谷は本社出張となり、その間、紅谷は自宅勤務に切り替え、その間に家財道具のほとんどを処分した。
部屋の明け渡しに立ち会った不動産屋は、どこかいいところが見つかったと思ったのか、ずいぶん急な引っ越しだ、小さなお子さんがいるのに綺麗に使われているし、もし家賃が不満なら家主に交渉しますよと粘られたが、笑ってごまかし、その場で強引に解約してきた。
尾行を恐れ、身軽にしたかったから、手元には大したものは残せなかった。
紅谷自身の身の回り品が数日分、二人の貴重品、婚約指輪とアルバム、メイが大事にしていた宝物ボックス、たったそれだけ。
マンションを出た時は出張用のスーツケース1つ分の手荷物で、ずいぶんと寂しいものだった。
新しく移ったところは都内にあり、空港線の入る駅近くの小さな1Kのマンスリーマンションだった。
横浜からは少し遠いが、机と椅子さえあれば、リモート勤務でどこからでも仕事はできるし、彼らの作戦が実行されれば、すぐに香港へ飛べるようにとこのマンションを選び、紅谷は作戦が実行される日を待った。
※ ※ ※
そして決行当日、ノートPCを開き、予定通りに警備用カメラとセンサーに侵入する準備を整え、連絡を待っていると、指定された時間の10分前にコウから連絡が来た。
作業の邪魔なので、スピーカーモードに切り替えた。
『準備はいいですか?』
『ああ。いつでもいい』
『では、予定時刻に警備機材を停止。その後は待機』
『わかった。約束は守ってもらうぞ』
『もちろんですよ。中国人にとって最初の契約は取引開始のご挨拶ですからね。同士として今後もよろしくお願いしますよ』
何にも臆する様子もなく、コウは言った。
しばし無言の時間が続き、PCのリマインダーが作戦開始時刻の1分前を告げた。
紅谷は堂々と自身のアカウントを使い、オンラインの社内に侵入した。
リモート勤務だから、自分のアカウントが表示されていても、誰も咎めない。
易々と警備機材用のPCにログインし、コマンドを打ち込んだ。
コウから要望された時間は30分、その間だけカメラとセンサーを止める設定を書き加えた。
『予定時刻より30分間、機材を止めた』
『ご協力に感謝しますよ。作戦終了後、連絡します』
嫌になるほど上機嫌な声でコウは電話を切った。




