5.4_香港2
水谷は舞い戻ると、シュエメイのよく行く公園を張り込んでいた。
時間的にファリンを捕まえるより、シュエメイが外に出てくる時間の方が早かったからだ。
祖父母に連れられて、シュエメイは公園に出てきた。
だが、今回は様子が少しおかしかった。
(何で……?アイツらいなくなったんだ?)
水も漏らさぬような完璧な監視体制を敷いていた彼らが、唐突に消えていた。
驚いた水谷はもう少し近くで確認したが、きれいさっぱりに消えていた。
いつまでいないのかわからないが、降ってわいたチャンスに、水谷はシュエメイに近づいた。
『メイちゃん、こんにちわ。俺の事、覚えてるかな?』
一緒にピアノ弾いた事を話すと、ぱっと顔を輝かせ、『イツキ! パパはどこ?』と、シュエメイは父親の事を尋ねた。
『ごめんね。今日は俺一人なんだ。あそこにいるのはメイちゃんのおじいちゃんとおばあちゃん?』
シュエメイが見知らぬ男と話しているのを祖父母が見逃すはずがなく、二人に近づいた。
『あの……。どなたでしょうか?』
シュエメイを引き寄せて、後ろへ隠すようにしながら、祖父は尋ねた。
この世代だと中国語かと思ったが、英語を話してくれて、水谷は少々安心した。
『こんにちわ。私は紅谷さんの同僚の水谷樹です。ファリンさんとお話したいことがあって来ました』
『ああ。翔の。ファリンならそろそろここへ来ますよ。ほら』
ほっと顔を緩めて祖父が指差した方角には、おなかを抱えゆっくりと歩くファリンの姿が見え、水谷は駆け寄った。
『お久しぶりです、ファリンさん。水谷です』
『あら、イツキ。久しぶりね。シャンは一緒なの?』
『いいえ。急いでいるので手短にお話します』
水谷は現在のファリン達の状況を伝え、水谷自身はその連絡係として香港に来たことを話した。
紅谷の件はファリンが妊娠中であることを考え、人質にされているとは話さず、紅谷の関係者として監視や盗聴されているから、身辺に気を付けるようにと告げるにとどめた。
『そんな……。私達が監視って……シャンは無事なの?』
水谷なりに気をつかったが、かなり動揺している様子で不安そうに水谷へ尋ねた。
『紅谷さんなら大丈夫です。それよりファリンさん、これを……』
再度あたりを見回し、水谷はUSBメモリを一つ手渡した。
以前、高坂社長に渡したものと同じものだ。
『この先、もし何かあったらこれで連絡してください。これをスマホやPCに接続するだけで自動的に繋がります。1度切ればもう使えませんので盗聴もできないし、証拠も残りません。盗聴や読唇の心配のない場所から使ってください。私達が必ず助けに行きます』
水谷の言い方に不穏なものを感じたのか、ファリンは不安そうな顔を見せた。
『……ねぇ、イツキ。シャンは今、とても危険な事をしているのね?』
こういう時に限って、女性の勘は鋭いと思いながらも、笑ってごまかした。
『ファリンさん達に何かあったらと、今、一番心配してるのは紅谷さんです。でもきっと二人、いや三人の元へ帰ってきますから信じてあげてください』
水谷は大きなおなかを見やって、そのために自分が来たのだと重ねて言う。
『ファリンさん、スマホ貸してください』
水谷は差し出されたスマホに別のUSBメモリを読み込ませ、ファリンに返した。
『これで俺からもファリンさんに連絡がとれます』
受け取ったファリンは連絡先をめくったが水谷がどこにもいなかった。
不思議そうな顔をしていると、水谷は言った。
『盗聴防止で連絡先は非表示ですが、着信があった時だけ俺だとわかるようにしてあります。着信履歴はスマホに残りません。でも、読唇や部屋の盗聴器を防げる訳ではないので、通話が無理そうならすぐに切ってください』
こちらの方法は、さっきのUSBほど安全ではないし、水谷しか発信できないなど制約も多いが、繰り返し使えるし、ないよりマシだと考え登録した。
『これで俺も少しは安心です。元気な子が生まれるよう祈ってます。では日本に戻ります』
そう言って立ち去ろうとした水谷をファリンは呼び止めた。
『イツキ……!』
ファリンの声に、水谷は振り向いた。
「シャンを……お願いします」
日本語でそう言ってファリンはペコリと頭を下げた。
水谷もお辞儀をし、その場を立ち去った。




