表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/80

5.3_香港1

 水谷は黒崎の指示を受け、紅谷へ本社出張と偽り、アメリカ経由で香港に飛んだ。

 亜熱帯の香港島、10月中旬でも20度を下回らないので、半袖に薄手の上着があればずいぶんと過ごしやすく、観光には最適の季節。

 日本からの観光客もたくさん空港や街中で見かけられる。

 ファリンの実家は九龍島にあり、香港では一般的なマンションに住んでいた。

 水谷はマンションの見通せるカフェや会社近辺の公園で張り込み、ファリン達の一日の様子を確認した。

 ファリンのタイムスケジュールは朝仕事場に向かい、夕方帰る。

 途中、ランチタイムに外出するほか、帰り足に買い物をしたり、病院へ寄ったり。

 もう妊娠後期なせいか会社へ行く日は減らしつつあるようで、毎日というわけではなさそうだ。

 大きなおなかを抱えて、歩きにくそうにしているから、そろそろ産休に入るのかもしれない。

 シュエメイは晴れていれば必ず近所の公園へ祖父母やファリンと一緒に来ていた。

 どちらにも不愉快な監視が付いていたが、ファリンも祖父母も気がついてはいないようだった。


(普通なら気づかないよな、やっぱり……)


 ファリン達を見張る男女を水谷はデジカメの望遠で撮影して、ため息をついた。

 人数だけでも最低3人、しかも毎日人を変えてつくという念の入れよう。

 この様子だとマンション内に監視員、自宅も隠しカメラや盗聴器が潜り込んでいるだろうことは予測できた。

 水谷は調査員で見慣れているから見分けもつくが、一般人のファリンや祖父母が気づけるはずもない。

 諜報員たちの後をつけてみたが、HRFで言う待機所のようで、彼らの所属に関する部分が全く追えず、水谷の焦りばかりが日増しに増えていった。

 何より水谷を悩ませたのは彼らの監視体制の完璧さだった。

 一部の隙も死角もまるでない。


(やっぱり本職(諜報員)だな。どうやってファリンさん達と連絡をつけようか。こんな事ならあの時アドレスだけでも交換しとくべきだったかな……)


 ランチタイム時、カフェのテラス席で紙コップのコーヒーを片手に、スマホをいじってゲームをしてるふりをしながら、水谷は悔しそうに結婚祝いの日を思い出し、それでもダメだと思いなおした。


(この様子だと、多分PCもスマホも監視されてるだろうしな)


 紅谷の私物スマホの情報からファリンのアドレスやアカウントはわかるから連絡できるが、監視されていては元も子もない。

 大体、見たこともないアカウントや番号など、自分なら受信拒否する。

 何とか彼女と直接話して、手渡したいたいとジャケットのポケットに入っているUSBメモリを握りこむ。

 水谷はバックからノートPCを取り出して、黒崎のプライベートアカウントにビデオ通話をコールした。


「黒崎部長、水谷です」

「水谷、お疲れ様。どうだ、そっちは?」

「すみません、ガードが厳しくてまだ近づけてません」

「そうか。報告書は見た。相手は正規の諜報員なんだ、あまり無理はするなよ」

「いえ、香港にいる間で何とか接触しないと。ファリンさんが中国本土に渡ってからでは、彼女たちへの連絡手段が完全になくなってしまいます」


 今はまだ情報通信も自由が利く香港だが、インターネットすら検閲され、規制される中国本土に渡れば、更に監視も厳しくなってしまうのは予想できた。

 ここで何とか連絡手段を構築しておかなくては、彼女らとのつながりすら失われてしまう。

 紅谷のためにも、それだけは避けたかった。


「気持ちは分かるが、今、紅谷と水谷、両方を失う訳にはいかない。理解してくれ」


 水谷はファリンの監視員に突然近づいてきた坊主頭の男に視線を奪われた。

 男は監視員に近づいて、何かを話しているようだった。

 用心深いのか、たまたまなのか、水谷の座る位置からは何を話しているのか、口元は読めない。


「アイツ……」


 水谷はその男に見覚えがあった。

 藍野に銃を使っているとほのめかし、紅谷が調査中だった男。

 水谷は別ウインドウで藍野の調査依頼資料の写真を開いた。

 |広徳安全有限公司《ゴンドセキュリティサービス株式会社》

 名前はコウ・ユウハン。

 このタイミングの香港で見かける事に、ぞわりと鳥肌が立った。


(何故この男が今、香港にいる!)


 立ち話を終えると、男はその場を離れてゆく。

 土地勘のない香港で見失えば、水谷にはもう追う手段がなくなる。

 黒崎は突然カメラから視線が外れた水谷を訝った。


「どうした、水谷?」


 黒崎は唐突に黙りこくった水谷を呼んだ。


「部長、すみません! 後ほどかけ直します!!」


 居ても立っても居られなくなった水谷は、それだけ言うと、水谷はバタバタとPCを鞄にしまい、紙コップをゴミ箱へ捨て、男の後を追った。


 ※ ※ ※


 水谷はコウの後をつけて、中環(セントラル)の海沿いにある、大きなオフィスビルの前に来た。

 このビルはセキュリティーが高くて、アポもない水谷には1階のエントランスすら入ることができなかった。

 仕方がないので、テナント名のサインを見つけ、見知った社名はないかとチェックした。


(あった。あいつらの親会社じゃないか。潮陽集団有限公司(チョウヤングループ)。セントラルって賃料高そうなのに、3フロアも借りてるのか)


 さすが中国一のエネルギー会社だと感心しつつ、ほかのフロアと見比べる。

 他は1フロアを更に区切って複数社やグループ共同で借りているのに、親会社は単独で3フロアも借りている。

 こんな借り方をしているは、チョウヤングループだけ。

 ゴンドセキュリティサービスも他の関係会社と共にしっかりとサインに名前を載せていた。

 多分、ビルの持ち主がグループか関係者なのかもしれない。

 水谷はサインを写真に撮り、位置情報をクラウドサーバーへ送ると、ひとまずビルを離れて、ファリンの元へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ