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5.2_決意

 控え目なノックの音をさせて、紅谷は部長室のドアを開ける。


「失礼します」


 黒崎はノートPCを広げ、資料か報告書を見ていたようだ。

 紅谷の声に黒崎は顔を上げてノートPCを閉じる。


「なぁ……紅谷。事情を話してくれないか?」


 発せられた声音はいつもより一段優しく、思い遣りが込められた真摯な声に、これが本当に最後のチャンスかも知れない、と紅谷は思った。

 いっそ話してしまおうか……。苦しい、助けて欲しい。喉元までせり上がるが、すんでのところで飲み込んだ。


 ――話せばファリンやお腹の子、シュエメイはどうなる?


 紅谷の脳裏には、コウやリの姿がちらついた。

 ここで助けを乞えば中国の追手がかかり、いずれ二度と会えなくなるかも知れない。

 まるで足元から暗闇に飲まれるようで、想像するだけでも空恐ろしかった。


 ――生きて再会するまでは、何が何でも話してはいけない!


「突然ですね。一体何のことですか?」


 爪が白くなるほど、両手を握り込んで精一杯の嘘をついた。


「お前が理由もなくスパイまがいの事をする訳がない。お前が理由を言ってくれないと、私達は動けない」


 理由は言わなくてもわかるだろうと、言葉を切った。

 この反応から見るに、もう何かしらの証拠は彼らが掴んだのだろうと紅谷は考えた。

 足がつくとなれば、私物のスマホかPCあたり。

 どちらも削除はしたが、水谷あたりが削除データを復旧させたのだろう。


「本当に一体何の事だかわかりかねます。何か報告し忘れている事でもありましたか?」


 あくまで質問の意図がわからないふりをして、紅谷はそらとぼけて答える。

 この件は自分が言わなければ、彼らが動けない。

 自分が助けて欲しいと言わない限り。


「紅谷……。どうしても話す気はないのか?」

「私には話すべきことも報告すべきこともありません。他に用件がなければ、業務に戻りたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……ああ。戻ってくれ。邪魔して悪かった」


 背を向けた彼を「紅谷、」と黒崎は呼び止めた。

 声に振り返った紅谷を黒崎は見つめる。


「お前が決して藍野を裏切ることはしないと信じている」


 紅谷は否定も肯定もせず、ただうっすら笑って「失礼します」と言ってドアを閉めた。


 ※ ※ ※


 部長室を出た足で、紅谷はカツカツと靴音を響かせて、1階エントランスを足早に抜け、通用口から外に出た。

 ふわりと潮の香りが鼻をくすぐるが、そのまま海沿いにある公園に出た。

 もう彼らの監視も読唇も、紅谷は気にしていなかった。

 覗きたいなら、覗けばいい。

 どうせもうここ(HRF)にはいられない。

 半ば捨て鉢な気分でコウの番号をコールすると、コウはすぐに出た。


『お前が余計な事を言ってくれたおかげで、俺はしばらく動けなくなった』

『おや、そうですか。それは残念です』

『何、残念に思う必要はない。こんな事ももうすぐ終わりだからな』

『……何故ですか?』

『情報の前に条件がある。俺達やファリンの両親の監視を今すぐ解き、今後手を出さないと保証しろ。そうすれば情報とおまけもつけてやろう』

『聞きもせず、見合う価値は図れません。これでは取引になりませんよ』


 電話口てコウは笑う。


『そうか。お前が話した藍野は日本支部トップクラスの護衛だぞ。警護に隙はないし、何より依頼人の信頼を取ってくるのが上手いからな。流石のお前達でも自宅に侵入しづらいだろう?お前が情報を買わないのなら、お前の上司に交渉するだけだ』


 リに代われと、紅谷は要求した。


『……わかりました。お話を聞きましょう。条件はこちらが成功したら飲みますよ』

『交渉決裂だな、切るぞ』


 お前では話にならない、リへ連絡すると捨て台詞を吐いて、紅谷は電話を切ろうとした。


『OK、わかりました。条件を飲みましょう』

『白鳥博士はいつ死んでもおかしくない。あとひと月も持たないだろう』

『それくらいなら我々も予想はしてましたよ。医者を呼ぶ回数も大分増えたようですから』

『まぁ聞け。そのせいで娘と警護(藍野)がべったり自宅に張り付いていて、近づけなかったろ? 近々二人で出かける予定があるから、その日程を教えてやる。ついでにその日の警備機材も止めてやろう。そうすれば残りの護衛は外の3人だけ、自宅に難なく入れる筈だ』

『そうですね。博士はまだ話せる状態なのですか?』

『ベットからは出られないが、自力で呼吸もしてるし、話せる』

『わかりました。香港の監視は外しましょう。ですが、あなたの監視はまだ外せません。その日、成功したら外します。家族の元でもどこでも好きなところに行きなさい』

『約束が違う!』

『これでも譲歩しましたよ。作戦以降、あなたもご家族も監視はしませんが、あなたと半日連絡が取れなかった時、ご家族の命はありません。また連絡します』


 そう言って、一方的にぷつりと電話は切れた。

 紅谷は私物スマホを取り出し、リダイヤルリストから、ファリンの番号をコールした。


『なぁ、今いいか?』

『いいわよ。珍しいわね。メイのお迎えでもないのに?』


 ファリンは電話口でからかうように笑った。


『ファリン、愛してる』

『一体、急にどうしたの? あなたもおなかの子に嫉妬しているの?』


 呆れた声で言い、ファリンは「メイが最近、おなかの子に嫉妬して大変なのよ」と明るく話す。


『言っておきたくなっただけ。じゃ、また連絡するよ』


 紅谷は通話を切り、ファリン達の写真呼び出した。

 偶然にもコウたちが隠し撮りした紅谷の写真と同じ日に撮影したもので、こちらは二人ともちゃんと紅谷のカメラを見て笑っていた。

 いよいよ、自分はこちらの人間になるしかないのだという諦観と、ならば与えられた場所で精一杯あがいてやるとの決意で、しばらく海を眺めていた。

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