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4.7_変容

 うだるような暑さの時期も抜けた9月初旬、高坂家の護衛契約を終えた杜山と紫藤が合流した。

 どうなる事かと藍野も一応注意して見ていたが、お互い特別問題も起こさず業務についているようで藍野も一安心だった。

 巡回警備のため、個人で対応する場面の方が多いからか、お互いを気にしてる暇がないのが良かったのかもしれない。

 二人が入り、警備が格段に楽になったと実感した頃には、9月の初旬も終わろうとしていた。


 一方の博士はあまり調子が良くないようで、日課にしていた散歩も庭でのお茶もできない様子で、最近は医者を呼ぶ回数が増えてきた。

 レイは遅めの夏季休暇だったが、休暇明けにはリモート勤務をしなければならないくらい目を離せなく、状態は良くないようだった。

 時折宅配や郵便物対応で藍野達が1階の部屋に行く以外、家はひっそりと静まりかえっていた。

 ここのところの厳しい暑さの中、帰国、墓参りに散歩と動き過ぎたせいかもしれない、ゆっくり休めばまた良くなりますと医者は言ったそうだが、レイは不安そうな顔をして過ごしていた。


 ※ ※ ※


 博士はようやく持ち直し、ベットから離れる時間が少しずつ増えてきて、ようやく一安心した頃、レイは再び出社するようになっていた。

 レイは暑さも過ぎたし、今度こそ電車で通勤すると主張したが、電車の護衛は中々目も行き届かない、車は自分達も楽なのだ、どうか車で送迎されてくれないか、と交渉して車での送迎を藍野達は勝ち取った。

 さすがにビルの前までは嫌だと断られ、HRFのあるA棟で車を降り、D棟までは歩いて移動していた。


 レイが玄関先に出てくると、一ノ瀬の運転する一台の乗用車がぴたりと止まり、後部座席のドアが藍野によって開けられた。


「おはようございます、藍野さん」


 声をかけてから、レイは車に乗り込んだ。


「おはようございます、レイさん。さぁ、どうぞ」


 藍野はレイが乗り込んだのを確認して、「いってらっしゃい」と声をかけてドアを閉めた。

 レイは一瞬、不安そうな顔をしたものの、いつもの顔に戻って窓を開けた。


「行ってきます。父の事、お願いします」

「お任せください」


 紫藤や藍野は走り去る車を直立不動で見送り、車が見えなくなると、二人はほっとひと息ついた。

 これから二人は巡回警備につく。

 紫藤はその場でジャケットを脱いで、藍野に渡した。

 受け取った藍野もジャケットを脱いで、宅配受取の作業に借りている部屋に二人分のジャケットを置き、ジャケット代わりに半袖のシャツを羽織り、外に出る。

 9月中旬も終わりとはいえ、眩しい日差しが照りつけ、今日も日中はなかなか暑くなりそうだ。

 紫藤はジーンズにTシャツ、コンビニ袋をぶら下げての軽装な大学生風、藍野はTシャツにシャツを羽織ったチノパンで、有給の社会人風だ。


 二人は定位置に向かいながら、紫藤は唐突に言った。


「いやー藍野先輩って何て言うか……もってますよね!」

「持ってるって何だよ」


 藍野は何を言われたのか全くわからず、怪訝そうに返した。


「だって通勤途中にナンパして、しかもそれが極秘案件の護衛対象の娘さんとか。もってる以外の何物でもないじゃないですか!」


 紫藤は妙に瞳を輝かせて藍野に食いつき、「あーあ。ボクもそんな運命的な出会いがしたいですぅー」と心底羨ましげな顔をした。


 ちゃんと全部を聞いて、藍野は握りこぶしを紫藤に振り下ろした。

 力加減をするために、もちろん利き手ではない左手で。


「痛ったーーー! 褒めたのに殴ることないでしょ!!」

「うっさい。黙れ。半人前」

「あれ先輩。腕時計変えたんですか? あ、これくっそ高いブランドのやつ!」


 藍野の腕時計が新しいことに気づき、紫藤は殴られた腕を両手でひっつかむと、腕をつかんだまましげしげと見つめ、「いいなぁ、ボクもこういうの欲しいんですよ」となかなか離そうとしない。


「こら紫藤、見るな、減る。大体アレはナンパじゃない、人助けだ。人聞きの悪いことを言うなよ」


 このまま見られたらなんだか詩織との思い出までが汚れてしまう気がして、右手で力加減もせず、紫藤の左手を掴んで捻り上げた。


「いたた……痛いですぅ。先輩のバカ力……」


 紫藤は捻り上げられた右手をさすりつつ、「見たって減りませんよ。もしかしてこれが詩織様からのプレゼントですか? “掃き溜めの奇跡”って今、有名なやつ!」と、妙にキラキラした瞳で藍野を見上げていた。


「掃き溜めの奇跡って何だよそれ。それよりほら、さっそくお客様だぞ。ちゃんとカメラに映るよう、丁重にお帰り願えよ」


 藍野が目線だけ投げた先には、住宅街にしては違和感のあるスーツ姿の二人組が近づいてくる。


「ホント、最近多いですよね。何ででしょうか」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、紫藤が客人対応に向かうのを見送りながら、藍野は思った。


(紫藤の言う通り、確かに増えてるんだよなぁ)


 藍野はスマホから他の場所の様子を確認する。

 敷地内に仕掛けた監視カメラの映像をまとめて表示すると、紫藤だけでなく、他のメンバーも何人か捕まえている様子だ。

 現在、自宅周りは3人態勢で警備を行い、3人は待機所に残していて、博士やレイの送迎に2人取られれば、自宅は確実に手薄になってしまう。

 幸いどちらもそれほど遠くに行かないので、何とかなっているが。


(そろそろ増員も考えないと……。何で急に増えたんだ)


 藍野はここ最近、急に増えた客人達の動きに多少の違和感を感じていた。

 元々、博士の研究成果を欲しがり、企業関係者やら調査員やらが遠巻きにしていたのだが、日を追うごとにその距離は近づき、人数が増えてきている。

 藍野には客人達が情報共有して、まるで共闘でもしているように思えた。


(情報が漏れてるとか? いや、まさか……)


 そんな事をメンバーにする奴はいない、と藍野は打ち消した。

 だが、自分達だって無茶な情報収集をするのだから、相手もしてこないとは限らない。

 少なくとも警告と調査は必要だろうと結論づけて、近づいて来る坊主頭の男に向き直った。

 グレーのスーツ姿に襟に会社の社章をつけており、一般の社員を装っているが、漏れ出る雰囲気がいつもの企業担当者とは違う。

 ピリピリと肌を逆撫でする感覚に、時折演習相手となる軍人達と同じ匂いを藍野は感じとった。

 設置したカメラに男の全身がなるべく映るように少し立ち位置を変え、身構えつつも礼儀正しく言った。


『白鳥家にどのようなご用件でしょうか?』


 藍野に呼び止められ、坊主頭の男は立ち止まり、藍野を見上げた。


『私、(コウ)宇航(ユーハン)と申します。白鳥博士にご挨拶とお話をと思いまして。あなたは?』


 コウは笑顔を浮かべて名乗った。


『我々は白鳥博士より警護を仰せつかっているHRF社です。申し訳ございませんが、白鳥博士はどなたともお会いになりません。お引き取りください』


 付け込まれぬ隙を与えぬよう、事前に決めておいた文言で丁寧に返答する。


『取り次ぎもして頂けないとは、厳しい事ですね』


 さも残念そうにコウは言った。


『それが博士のご要望ですので。誠に申し訳ございません』

『ふぅむ……わかりました。出直しましょう』


 立ち去ろうとしたコウは振り向いて、藍野に問うた。


『そうだ、あなたのお名前は?』

『藍野です』


 コウは藍野を見て、にいっと口の端を上げて笑い、意味ありげに『お互い硝煙の匂いには苦労しますね。HRFのミスター藍野』と言って、コウは立ち去った。


 大股で歩くコウの背中を見送りながら、藍野はぞわりと嫌な何かを感じた。

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