4.5_再会1
藍野の連絡から3日後、黒崎は博士の家を訪ねた。
別に制服で来いと言われた訳ではない。
むしろ藍野達は私服で警護しているのだから、私服の方が目立たないだろう。
わざわざ制服で父親の元に向かったのは、息子としてではなく、藍野達の上司として、極秘案件の統括として会うのだという言い訳めいた理由を自分にしたかったのかもしれない。
レイに案内され、黒崎は2階の博士の寝室に通された。
博士はベットに上半身を預けて、本を読みながら黒崎を待っていた。
「父さん、来たわよ」
レイに声をかけられた博士は読んでいた本を閉じて、視線をレイのとなりに向ける。
博士の目の前には年若い頃の自分のような姿をした男が立っていた。
研究職の自分と違って、そのスーツの中の身体は、護衛についてる者のように無駄のない筋肉がついているのだろう事を容易に想像でき、息子の仕事が順調な事を博士は嬉しく思った。
「元気そうだな、伶司」
博士は本を閉じ、使っていた眼鏡をはずして、ベットサイドのチェストに本と眼鏡を置いた。
「お久しぶりです……白鳥博士」
小さな音をさせて、部屋のドアが閉められると、黒崎は挨拶し、ベットサイドの椅子に腰かけた。
「やっぱりお前は伶菜似だな」
「そうなら嬉しい事です。私をお呼びと伺いましたが、ご用件は何でしょうか?」
固い顔をしたまま、用向きの話をするよう、黒崎は促した。
「伶菜は最期、何か言っていたか?」
「母はあなたに会いたがっていましたよ。その割に居場所を教えてくれませんでした。会って何を話したかったのかは、最期まで教えてくれませんでした」
「そうか……。私も伶菜が亡くなってしばらく経った頃に知った。その時にはもう、お前の行方もわからなかったが、何故黒崎の家にいなかったんだ?」
黒崎家には怜菜しか子供はおらず、資産家の黒崎家は事業の後継ぎとなる婿を欲しがっていた。
決められた見合いを嫌がり、家を飛び出した怜菜は博士と暮らし始め、両親は怜菜を勘当した。
それから数年経過し、どこからか息子である怜司が生まれた事を聞きつけると、今度は手のひらを変えて、怜司を養子として欲しがった。
怜司は黒崎家の跡取りとして迎えてやる、ありがたく思え、と。
反吐が出る思いだったが、自分も怜菜もいなければ自動的に黒崎の家に入ったと思っていたが、怜司は行方知れずになっていた。
「母が亡くなった直後は確かに黒崎の家にいましたが、半年もせず黒崎家を出ました。もう大学生でしたし、余計な諍いに巻き込まれたくはなかったので。以降、連絡も取っていません」
男の子という理由だけで、孫を欲しがる人達だ。
これ幸いと風当たりなど全く考えもせず、孫を後継にするとでも言ったのだろう。
怜司が家を出た理由など、簡単に想像はついた。
「伶菜はいつ黒崎の家に戻った?」
「生前は戻っていません。亡くなってから祖父母より連絡が来ました。祖父母が母を引き取って埋葬し、今は祖父母もそちらにいるのではないのでしょうか」
「怜菜の墓前に立ちたいのだが、場所を教えてくれ。お前も一緒に来るか?」
黒崎は頭を振って、ジャケットから手帳を出して連絡先を書き、切り取って博士に渡した。
「私は母との思い出だけで十分です。黒崎の家とは縁を切りました。今は自由の身です」
実感のこもった言い方に、あの家では苦労した事が察せられ、伶菜と同じようにあの家を出た事が、伶菜の息子らしくて、不謹慎ながら博士は内心、ほくそ笑んだ。
「そうか。あの家は変わってないのか。お前にも苦労をさせたな」
「いえ、私の家族は母だけです。あの人達を家族だなんて思いたくない」
苦々しい顔をして家族は母だけ、その一言に伶司の思いは凝縮されていて、自分もまた伶司の家族と考えていないのだと再認識させられた。
「怜司が私をよく思っていない事は、知っている」
「……」
「それでもお前に頼みたい。遠からずレイは一人になる。この先、頼る者もいない娘だ。あの子の助けになってやってくれ」
「都合のいい事を頼んでいる事は理解しているが、私には他に頼める者もいない」
「レイさんや私に相談せず、本当に都合のいい事ですね。あなたは病身で私には断ることができない」
――大事な事はいつだって、私に相談もしてくれない。
そう言って、結局彼女は出て行った。
苦い思いが広がる。
「そうだな。不甲斐ない父親ですまない」
「あなたの護衛は私が責任者です。依頼人の要望として受けましょう。他にご要望は?」
博士はチェストの引き出しを開けて、黒い手帳を取り出して黒崎に見せた。
「遺骨はレイにも分けてやってくれ。それ以外はこれにすべて書き出してある」
黒崎はパラパラと手帳をめくり「わかりました。遺漏なく執り行います」と答え、博士に返した。
「あとこれをお前に返そうと思ってな」
博士はチェストの同じ引き出しから、指輪の入ったケースを怜司に渡した。
「怜菜が昔、置いて行ったものだ。墓に入れるなり、お前が持つなり、好きにしなさい」
黒崎は受け取って、ケースを開けた。
中には指輪が2つ並んでいた。
一つは結婚指輪でごくシンプルな飾り気もデザインもない指輪、もう一つは婚約指輪だろうか。
ピンク色のカラーストーンにダイヤが留められた指輪だった。
「母は9月生まれでは?」
サファイアと言えば代表的なブルーの石を思い浮かべて、黒崎は言った。
「それもサファイアだ。パパラチアサファイアという。珍しい石だから一介の研究員には目玉が飛び出るかと思ったぞ」
あの時の怜菜も怜司と同じようにブルーでない事にがっかりされた事を思い出し、くすりと博士は笑った。
嵌めたら意外と手の色に映えて、すぐに機嫌は直ったが。
「どうするかは考えます。そろそろ次の予定時間なので失礼します」
そう言って黒崎は指輪をポケットに入れると席を立った。
ビジネス用の挨拶文ならいくらでも言えるのに、もうすぐいなくなる父親にはなんと言ってよいか、黒崎にはわからなかった。
そんな彼を見て博士は言った。
「元気でな、怜司」
そう言って博士は右手を差し出した。
「どうか、良き旅を」
黒崎はそっとその手を握り返した。
博士の手は黒崎が思うよりずっと細く、頼りなかった。
※ ※ ※
博士は黒崎を見送ると、指輪や手帳の入っていた引き出しの奥から古びた写真を取り出した。
伶司の生まれた産院のサービスで撮ってくれた写真で、怜菜が出て行っても、唯一手元に残してあった写真だ。
生まれたばかりの怜司を抱いた怜菜と柊司、3人で写したもので、デジタル表示の日付には、11月13日とあった。
(私は君を心配ばかりさせて、優しいから甘えて。ずっとその繰り返しだったな……)
博士は生まれた息子を抱き、柔らかく笑う伶菜をそっと撫でた。
――君と同じように、あの子は優しい子に育っていたよ。こんな父親の頼みでも、結局は引き受けてくれた。
きっと今の伶司なら悪いようにはしないだろう。
博士はスマホを手に取って、アシスタントに電話をかけた。
『リアム、預けた遺言を少し書き換えたい。送ってくれ』
リアムから送られたファイルを開き、一行書き足すと、再度ファイルをリアムに送り返した。
すべて終わったら怜司にこの写真を返そう、だからもう少しだけ貸しておいて欲しいと、博士は要望を書いた手帳に、そっと写真を挟み込んだ。
黒崎伶司のコソコソ話
と、言うわけで黒崎先輩は11月13日生まれです。
現時点の年齢は35歳。
蠍座の男は真面目で完璧主義、そうなりたいという目標が大事で、そのための努力をできる。
他人にあまり興味を持たず、交友範囲は狭く深く。
意外と執念深く、怒らせると引きずる。
さそり座の性格まで知ってて誕生日、決めたわけではないんですが、設定した性格にばっちりハマって少々びびります。




