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4.1_説得

 博士の説得は紅谷の助言通り、藍野はレイの方から始めた。

 レイに会い、挨拶も済ませ、彼女の警護に関する話も順調に終わった。

 だが、よほど本社の護衛に嫌な思いをさせられたのか、博士は警護員と名乗った藍野に全く会おうとはしなかった。

 橋渡しをレイに頼んでも、博士は会ってくれなかった。

 紅谷はレイを通せば一回で会えたというのに。

 詩織の出発が日一日と近づいていたが、会うことも、説得もままならないままで、藍野の焦りは募る一方だ。


 初日から3日間は居留守、4日目、5日目はインターホン越しで顔も見ずにたった一言、「帰れ」と言われた。

 そして今日は詩織が旅立つ2日前の6日目。

 今日はどうなることやらと、藍野は目の前の一軒家を見上げる。

 博士はお年だから純和風なのかと思いきや、長いアメリカ暮らしのせいか、少し小さな洋館風な佇まい。

 庭には白い椅子とテーブルがあり、整えられた芝生と花壇がある。

 今日こそはせめて顔くらいは拝みたいと気合いを入れて門扉を開け、玄関でインターホンを押すと、今日はレイが出てきた。


「あら、藍野さん。おはようございます」

「おはようございます、レイさん。博士にお会いしたいのですが、博士はご在宅ですか?」

「いるわよ。呼んできますね」


 くるりとその身を翻して呼びに行こうとするレイを藍野は呼び止めた。


「あ、レイさん。ちょっと待ってください。ひとつお願いが……」

「何かしら?」


 何かひらめいたのか、藍野はレイを呼び止め、小声で話した。


「この前、助けて貰ったお礼がしたいと言ってたでしょう?今日してもらっていいですか?」

「ええ、構わないわよ。私にできる事かしら」

「レイさんにしかできません。私が助けた事を博士に伝えてください。動かないなら、『お父さんは命の恩人に会ってもくれないのか』となるべく恩着せがましく言って下さい。少々事情があって今日中に護衛同意のサインがどうしても欲しいんです」


 漠然と藍野がやりたいことを察したレイは「わかったわ、任せて。絶対引っ張り出してくるから」とクスクス笑って、奥に消えた。


 そして何やら二人の話し声がしたあと、しぶしぶの体で白鳥博士は玄関先に出てきてくれた。

 途中で博士が逃げ出さないよう、しっかりとレイがそばで控えている。

 ようやく藍野は博士と顔を合わせることに成功した。


「初めまして、白鳥博士。今回お二人の護衛チームリーダーを務める藍野湊と申します」


 博士は藍野を無遠慮に眺めた。


 アメリカでも見慣れた男たちと同じ黒のスーツ姿で、人当たりだけは良さそうな笑顔を浮かべる、図体のでかい青二才、といった印象だった。

 HRFに良い思い出は全くないが、娘の恩人である以上、無碍な事は出来まいと形だけの礼を述べた。


「レイが体調不良で迷惑をかけた。君が助けてくれたそうだな。礼を言う。ありがとう」

「いえ、お困りの様子でしたので助けたまでです。その代わりと言ってはなんですが、現在進行形で私が困っていまして……博士にお助けいただけませんか?」


「調子のいいことだな。助けたレイをダシに護衛を受けろか?」


「はい、その通りです。白鳥博士、どうか我々の護衛を受けて頂けませんか?」


 藍野はにっこりと悪びれずに言った。


「今日、博士が受けると言っていただければ、私が明後日、半休を取ることができるんです。どうか私を大事な人の見送りに行かせてください、お願いします!」


 最敬礼でお辞儀をし、顔を上げると今度は胡散臭い商人のような表情で耳打ちする。


「もちろんタダで、とは申しません。迷惑料がわりに、博士の要望がございましたら、できる範囲でお応えいたします!」


 博士は頭を押さえ、呆れた。


「まるで出来の悪い深夜のTVショッピングのようだな。受けないと言ったら?」


 底意地悪い笑顔で博士が尋ねると、藍野は「私が明後日、大事な人の見送りに行けず、博士は私の恨みを買うことになります。私の恨みはとても高いですよ。覚悟してくださいね」と意味ありげに笑って返した。


「そこまでして行きたい見送りは誰だ、女だろう? くだらん」

「男女で言えば女性ですね。依頼人の娘さんです。彼女とはかれこれ7年程護衛で関わりまして、もう妹のような存在です」

「は、7年!? お前達はそんなに長く関わるのか? 向こうでは早くて1か月、長くても半年くらいで交代だったぞ」


 驚いた声を上げた博士に、藍野はああ、という顔をして説明した。


「彼女はちょっと特殊なケースで解決まで長くかかってしまいましたが、博士の場合は、セキュリティーの高い研究所におられましたから、経験の浅い者が交代で担当していたのでしょう。経験の浅い者は危険の少ない低ランクの案件で育成し、十分だと判断されれば危険が伴う高ランク担当へ。依頼人や警護員の生命を守るため、私ども(HRF)はそういう方針です。ですが、しょっちゅう担当が変わっては落ち着かないと、日本支部では指名される依頼人もいらっしゃいますよ」


「へぇ、そうなのね。知らなかったわ。ちゃんと話を聞かないとわからないものね」


 ちらりと父親を見てレイが言うと、博士は小さく両手を上げた。


「……わかった。お前の恨みを買いたくはない。同意のサインをするから出せ」


 藍野は契約書の表示されたタブレットとタッチペンを差し出した。


「ありがとうございます。これで心置きなく見送りに行けます。このまま護衛の打ち合わせをさせていただいてもよろしいですか?」


 藍野はサインを確認すると、実にいい笑顔で打ち合わせを申し出る。


「中に入りなさい。ここでは話せない事もあるし、私も立ち話は辛い」


 藍野は満足のいく結果に、内心小躍りしながら靴を脱いで、レイが出してくれたスリッパを履いた。

 ようやく藍野はリビングまで入る事に成功し、予定どおりに見送りへ行けそうだと安堵した。

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