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「…ということがありまして」
「ふふ、無様だわ。いい気味ね」
「姫様、ちょっとお口が悪いんじゃないですか」
「あらぁ、良いじゃない。今は私とフェミリアしかいないんだし。ふふ、それにしても面白いことになったわねぇ」
全然面白くないですよ、と私は姫様に愚痴をこぼした。
今日は、週に一回の王宮での訓練である。近い未来に王家に仕えるのが決まっている以上今のうちに騎士団に慣れておいた方が良い、という家の方針で毎週王宮での訓練に参加していた。本来ならば騎士団に入隊できるのは16歳からなのであるが、16歳から鍛えるのでは遅いという(主に父親)の意向である。
今は訓練も終わり、家に帰ろうかと言う所で姫様にお茶に誘われた。幼いころから王宮に通っているせいもあり、私より1つ年上の王女ウィステリア様とはすっかり打ち解けた関係になっていた。今では姫様と慕わせてもらっている。
当然、ウィステリア様は侯爵家子息のアラン様とも面識がある。そしてウィステリア様にとってアラン様は生意気で気にくわない、めんどくさいやつという事らしい。
まあ、分かる。私も彼と会った時は同じような印象を持った。
ウィステリア様は綺麗に整えられた銀の髪をクルクルと弄びながら話を続ける。紫色の目は面白そう細められて口元はニヤニヤ笑って、心底人をいじって面白がっていることが分かる。普通に澄ましていれば清楚な美人に見えるのにもったいないことだ。
「それで、アランは婚約を解消してきたのかしら?」
「いえ、まだそのような連絡は来てないんですよね。私としてはもういつでもいいんですけどー。早く終わらせてくれた方が楽なんですけどー。」
「そうよねぇ。もしフェミリアは嫌がっているなら、私から侯爵に掛け合ってみてもいいわよ。子爵家から断りを入れるのは難しいでしょうしね」
「うーん、でも姫様のお手を煩わせることになってしまいますし…。今のところ静観でいいんじゃないでしょうか」
「フェミリアがそう言うのなら、私は構わなくってよ」
「もうちょっと状況が悪くなったら姫様に頼むかもです。その際はよろしくお願いしますー」
まかせて頂戴な、と姫様は快く、何か企んでそうな笑顔で引き受けてくれた。姫様、そのお顔はまずいですよ。なんか悪魔の羽としっぽが見えますよー。
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アラン様との衝撃的な顔合わせから2週間たった。アラン様から婚約を解消したいという連絡は未だ来ていない。
もう放置でいいかな、と思っていたら突然アラン様が訪問してきた。
「フェミリアは居るか!?」
「え、アラン様。どうして当家に?」
家に来るっていう連絡はあったっけ?全然聞いてない。
アラン様の急な来訪に家令やメイドたちがワタワタしている。
来ることは知らなかったけど追い返すこともできないし、とりあえず挨拶はしておこう
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「おまえ、今日は男みたいな格好してるんだな」
アラン様は私の問いかけを無視して私の服装について聞いてきた。今日の私は騎士団の制服に似た動きやすいジャケットとズボンだ。
「そうですね。普段はこのような格好です。動きやすいので」
「そうか…」
「で、どうなされたのですか?」
先ほどの問いは無視されたままだったので、再度聞く。
「フェミリア、もう一度俺と勝負しろ!」
「え、嫌です」
何言っているんだこいつ。どうしてまた勝負しないといけないのか。
アラン様は断られると思っていなかったのだろう。若干ひるんだ様子を見せたが再度くってかかってきた。
「今日こそお前を倒して雪辱をはらす!いいから勝負しろ!」
「いやーそんな、めんどくさいです」
「何がめんどくさいだ!俺がわざわざ頼んでるんだろうが!いいから勝負しろ!」
あーこれ絶対引いてくれないやつだ。相変わらず人の話を聞かないな。早く帰ってほしい。
「あー、分かりました。やりますよ」
しぶしぶ、という空気を前面に押し出して了承した。アラン様は、初めから素直に応じろと言ってくるがここは無視する。やるからには、早めに終わらそう。
「訓練場でいいですか?案内します」
二人そろって庭に出ることになり、家人たちはあからさまにホッとした様子で見送ってくれた。
訓練場まで行くと、そこには兄がいた。
「おお、フェミリア。ん?後ろの方は…」
「アラン様、紹介いたします。こちらは私の兄のイーサンです。兄様、こちらは私の婚約者のアラン・ベイリー様になります。」
「ご紹介預かりました、イーサン・ソルディウスです。どうぞよろしくお願いいたします」
「アラン・ベイリーです。イーサン殿の噂はかねがね伺っておりますよ。なんでも、騎士団随一の腕前とか」
「はは、お恥ずかしい。他に取り柄もございませんから」
なんだ、普通に挨拶できるじゃないか。なんで私にはこんなんなんだ。
「それで、フェミリア。訓練場にどうしたんだ?」
「あーそれが、アラン様と手合わせすることになって…」
「ほう!それは面白いな。よろしければ私に見せてもらえませんでしょうか?」
兄は目を煌めかせながらアラン様に申し出る。アラン様からの了承が得られたらしく、兄は少し遠くに離れた。うう、やりにくい。
「では、フェミリア。ルールは前回と同じで」
お互いに剣を構える。アラン様からは前回とは違って油断みたいなものは感じられない。どうやら本気らしい。ならば手は抜けないな。
「3、2、1、はじめ!」
勝負は一瞬で決まった。私の剣がアラン様の剣を横薙ぎに払ったのだ。カーンという音と共にアラン様の剣は弾き飛ばされた。
「クソッ!」
負けたアラン様は悔しそうにこちらを睨んでくる。
「はっはっは!これは盛大に負けましたなぁ」
遠くで見ていた兄が笑いながら近づいてきた。
「アラン殿はまず体幹をもっと鍛えた方が良いでしょうね。それから型を見直すべきでしょう。そんな大振りするのではなく、もっと無駄な動きを無くしていくともっと良くなります」
「確かにそうね、兄様。では、アラン様。これでよろしいでしょうか。アラン様?」
アラン様は俯いてプルプル震えていたが、急にガバっと顔を起こして兄に頭を下げた。
「イーサン殿、お願いがあります!私に剣の指導をしていただけないでしょうか!」
「え」
「おお、そうですね。未来の義弟の頼みですし。よろこんで承りますよ」
「え、兄様?」
え、ちょっと待って。なんでそんなことに?
「あ、アラン様。何もそんなことしなくてもいいんじゃないでしょうか?」
「うるさい!やられっぱなしでは俺のプライドが許さないんだよ!イーサン殿、ありがとうございます。よろしくおねがいします!」
「はは、こちらこそ。面白くなりそうだな」
私は兄様を恨めしそうに見つめた。私としてはこれ以上アラン様との縁ができるのはめんどくさそうで嫌なのだが。
結局、アラン様は週に1回我が家に来ることになった。更に騎士団の訓練にも参加することになったらしい。そんなに訓練して、アラン様他にもやることがあるはずなのに良いのかと思ったが、既に面倒だったのが更に面倒になり、私は思考を放棄した。