1
「今に見てろ!」
大きな声でそう叫んだのは、私の婚約者となったアラン様だ。
「は?」
「いいか!すぐにその生意気な根性を叩き折ってやるからな!俺にかかればお前を叩き潰すなんて造作もないんだ!絶対に、絶対にまいったと言わせてやる!」
「えー」
面倒なことになった、と私は空を見上げた。目の前にはめちゃくちゃ怒っている婚約者様がいる。ソラハキレイダナア。
-------
今日は親が決めた婚約者との顔合わせの日だった。
私の家は昔からの騎士の家系で、他の貴族のご令嬢のような作法ではなく男女問わず剣技が仕込まれる。もちろん最低限の貴族としての作法は教わるのだが、将来護衛騎士として王妃様に仕えることが決まっている身としては、女らしさなど既に彼方へ捨て去っていた。
私としては結婚なぞしなくてもなんとでもなると思っているし、うちの両親も好きなだけ家にいればいいんじゃないという考え方だ。なので結婚など全く考えていなかったが、なぜか突然婚約話が降ってきた。お相手の侯爵家は身分的にも高位で逆らえないし、さらに今を時めく宰相様の意向ならなおさらだ。
それで、顔合わせをするということで慣れないドレスでめかし込んできたわけだが、まあ動きづらい。どうしてこんなにも重いのか。このスカートを膨らませるやつも動くと反動があるっていうか、ブンッって音がする。唯一肩回りがきつくないのが救いだ。
侯爵家に訪問して侯爵様と奥方様、アラン様に挨拶をした。彼は初対面だというのに笑いもせずに眉間にシワを寄せて私を睨んでいる。もうちょっと愛想よくすればいいのに。もしかしたら、この婚約に乗り気じゃないのかもしれない。私もあまり乗り気ではないから、婚約を止めようと言ったら協力してくれるかな。
挨拶の後、みんなで応接間に移動してお茶することになった。お茶会中私はボーとしていたので良く分からないが、いつの間にかアラン様と庭を散歩することになっていたらしい。後は若い二人でってホントに言うんだなぁ。とりあえず、アラン様に従って庭に出る。
庭の中央ぐらいまで歩いただろうか。それまで二人とも無言だったのだが、急にアラン様が声をかけてきた。
「おい、おまえ。俺はこの婚約を認めてないからな。だからお前とは結婚することは無い!」
ズビシ!と効果音が付きそうな感じで、指を指しながら宣言してくるアラン様。何言ってんだこいつ。
「はあ」
「はあ、とは何だ!大体さっきからお前生意気なんだよ!俺を見ても全然嬉しそうじゃないじゃないか!」
「えっ、まあ、すみません」
すみません。ドレスが気になって全然意識していなかったです。
「くそ、こんなんが俺の妻だなんて認められるか。おい!俺と剣で勝負しろ!俺が勝ったらこの婚約は無しにするからな!」
えー、めんどくさい。何で今あったばっかりの人と剣を交えなきゃいけないんだ。別にそんなことしなくても婚約解消受け入れるのに。
「いや、別に勝負とかしなくても」
「いいか、俺が絶対勝つからな!おい、剣を2本持ってこい!」
アラン様は全然話を聞いてくれない。というか怒ってる?
側に控えていた従者の人が急に声をかけられて驚いた様子だったが、急いで練習用の木剣を持ってきた。
「あのーですね、アラン様。別に打ち合わなくても」
「はん、怖気づいたか。王家の騎士と名高いソルディウス家でもそんなもんか」
ん、流石に今のは聞き捨てならない。ここで引いたら家のプライドに関わるし、ちょっとカチンときた。しょうがないなぁ。私ドレスなんだけどなぁ。
私は無言で従者から木刀を受け取った。アラン様は既に剣を構えている。
「勝負は相手から剣を取り上げるか、参ったと言わせるまで!3コールで開始だ」
「承知しました」
私も剣を胸の前に構える。
アラン様の従者がそわそわした様子でこちらをうかがっていたが、諦めた様子で「3、2、1、はじめ!」とコールをかけた。
アラン様が大きく剣を振り上げて私に打ちかかってくる。胴ががら空きでいくらでも打ち込めそうだ。でも、傷付けたら後がめんどうだよな。
私は体を深く沈めて、アラン様の懐に潜り込む。そのままの勢いで彼の剣に思いっきり自分の剣を当て吹き飛ばした。カンッと大きな音が鳴り、彼の剣は吹き飛んでいった。
ふう。こんなもんか。スカートも辛いがヒールもこんなにも動きにくいとは知らなかった。足を捻らないで良かった。
アラン様の方を見てみると、彼は呆然としているようだった。何が起こったのか良く分かっていないみたいだ。
「大丈夫ですかアラン様。お怪我ありませんか?」
私が声をかけ、目の前で手を振ってみた。彼ははっと気が付いたみたいだ。
「お、お、おまえ」
「はい?」
アラン様はわなわなと震えている。顔も心なしか赤くなって、こぶしを握り締めていた。
「今に見てろ!」
-------
それからアラン様は怒ってどこかに行ってしまった。
私はどうしていいのか良く分からなかったので、そのまま両親たちの待つ部屋に戻ることにした。
アラン様はどうしたのか、と聞かれたので起きたことをそのまま話すと、両親は頭を抱え、侯爵様は大笑いしていた。侯爵様の奥方様は変わらず優雅に微笑んでいる。
「うちの娘が、大変申し訳ありません」
「ははは、気にするなソルディウス卿。あの子にはいい薬だろうて。フェミリア殿もこれからどうか愚息をよろしく頼むぞ」
侯爵様は相当おかしかったみたいで、笑いながら私に握手を求めてきた。
私としてはあまりよろしくされたくないのだが。というか、侯爵様は息子がコテンパンにされたのに大笑いって結構性格が悪いんじゃないだろうか。
あ、結局婚約はどうなったんだろう。
つづきます。強い女の子っていいよね。