chapter1-4 「ネオン」
◆後書きにTopics◆
"僕"はいつの頃からか、一人だった。
産まれた時からお父さんはいなかった。
顔どころか存在しているのかすら分からない。
お母さんは、まだ幼かった僕を路地裏に捨てた。
顔はあまり覚えていないけれど、冷たく"僕"を見下ろす瞳の事ははっきり覚えている。
曲がりなりにも母だからなのか、人間としての情なのかは分からない。
少しの食料と水の入ったいくつかのペットボトル、それと薄く小汚い毛布を残して置いて行ってしまった。
幼かったが馬鹿ではなかったから、捨てられたんだとすぐに理解した。
このまま路地裏の死体になるのだと思ったけれど……一人で冷たくなるのは余りにも怖かった。
それでも、どれだけ怖くとも食料と水は有限だ。
しかもこの場所は寒く、冷たかった。
足先まで冷え切り、殆ど身体が動かなくなってきて、思考もぼんやりと霞がかっていた。
それでも、一つだけ本能にも近い願いが僅かに残った思考を支配していた。
「生きたい」
「生きたい、こんな所で死にたくない。生きたい、生きたい生きたい生きたい……」
意識が途絶える直前、身体に変化が起きた。
気がついた時、お腹は減っていなかった。
寒いとも感じなかった。
暗い中、目を凝らして自分の両手を見て、
絶句した。
なんだろう。この色は。
人間とは思えない色の肌。
鏡で確認こそしていないが、恐らく全身こうなっているに違いない。
怖い。自分の体なのに。
「そこに誰かいるのか?」
――人!?
「えっと、その……」
「うわぁぁぁ!」
えっ……
「人型の"影"だ!」
その人は走り去って行き、僕はただ呆然としていた。
――"影"
"お母さん"と一緒にいる時に聞いたことがある。
「"影"はね、人間を食べちゃう悪い化け物なんだよ」
化け物。
僕、が化け物。
せっかく生き延びたのに……僕は、"僕"は……。
いらない、のかな……。
「――あんたなんか産まなきゃ良かった」
"僕"なんて……
考え込んでいると、また人の声がした。
「あっ、あそこになんかいるぞ」
「んー? "影"か? ちょっと見に行くか」
反射で思わず顔をあげてしまった。
目があった。
「人型の"影"だ!」
「本当にいたのか!? まぁいい、殺せ!」
怖くて、でも死にたくなくて、力の限り走った。
路地裏を右に左に曲がって逃げて、僕を追う声が聞こえなくなった頃、体力が尽きて立ち止まった。
走りすぎて喉を通る空気が耐え難いほどに冷たく感じる。
彼らは……警察、だろうか。
お母さんが話していたような気がする。
例え誰かが僕の死を望んでいたとしても、まだ、ほんの少しだけ、生きてたい。
近くには大きなゴミ袋がいくつか転がっている。
その間に身を滑り込ませてしゃがみこむ。
死にたくない、でも……僕はいらないのかな……生きてたい、生きてたいのに……。
誰か……誰か。
「助け、て……」
「――君、大丈夫か?」
え?
優しい、声……。
「いたぞ!」
「人型の"影"だ! 殺せ!」
さっきの人達の声……!?
身体が恐怖で強張る。
何も考えられなくなりひたすらに身体を縮こませる。
突然、手を取られて立ち上がらされる。
警察の人だろうか、全てを諦めてされるがままになっていると、
「走れるか?」
「いや……時間が惜しいな、走るぞ!」
手を引かれるままに走り出した。
でも、どれだけ走っても警察は追ってくる。
それに今僕の手を取って走っているこの人は誰なんだろう。
そういえば、さっき優しく声をかけられた気がしたけど気のせいではなくこの人が……?
「……っ中々振り切れないな」
「しょうがないか……」
僕の手を引いている人が突然立ち止まった為に僕はその人にぶつかってしまった。
「あ、すまないな……痛くないか?」
「え、と……あ……う……」
「大丈夫、大丈夫だ」
"その人"は目を細めて柔らかく笑うと、僕の頭を撫でた。
「おい! 夜区域のゴミの分際でなんのつもりだ!」
――"その人"の目つきが変わった。
「そいつは人型の"影"の可能性が高い。危険だから此方へ引き渡せ。……命令だ」
「この子は……人間だ。まだ幼い、子供だ」
「つべこべ言うなゴミ屑が! さっさと引き渡さないと――」
「殺す、とでも?」
僕を後ろに庇いつつ、安心させるように僕の方を一瞬見て薄く笑った。
「ゴミ一匹死んだところで何てことはねぇよ!」
「その銃、仕舞うつもりはないんだな?」
「うるせぇ!」
パァン!
――突然の音に驚く間もなく、"その人"は僕を庇いつつ銃弾を避けた、ようだ。
「じゃあ、しょうがないな」
何をするのか聞く間もなく、警察の態度が明らかに変わった。
「俺達、何でこんな事をしてるんだ?」
「夜区域とはいえ一般市民だろ! 傷付けるだなんて警察の名折れだ」
「それもそうだ。すまなかったな」
「……分かってくれればいい」
「それじゃあ行こうか」
状況を理解できないままに手を引かれて歩く。
口を開くことも出来ずに沈黙が続いていたが警察からそれなりに離れたところで"その人"が口を開いた。
「そうだ……怪我はないか?」
立ち止まり、振り向いて問いかける。
今度こそはちゃんと返事しないと。
「あ……は、い、はい、大丈夫、です」
「それなら良かった。その、変わった見た目をしているから目をつけられたんだな。でも、もう大丈夫だ」
「えと……ありがとう、ございました。その……えっと」
「あ、まだ名乗ってなかったな。俺はクロム、よろしく……君は?」
「僕……、ぼく、はネオ……ネオンです!」
緊張して少々呂律が回らなかったがちゃんと伝わったようだ。
「そっか、ネオンか……、帰る家は?送っていくよ」
「家……その、ないんです」
「家が無い……? そうか、それならひとまず俺の家に――」
「クソッ!あのゴミ屑共はどこだ!」
「……しまったな。〈能力〉が切れたか……!?」
「不味いな、……一旦隠れようか……!?」
すぐ近くに警察の影が見えて、クロムさんは僕の手を握る力を強めて息を殺し、しゃがむようにジェスチャーした。
でも、見つかる……どうしよう……。
「あ」
……見つかった……!?
「君らの担当地区、ここやないやろ? ……なにしてんの」
◇Topics◇
【ネオン】
母親に区域⑤/【レッドゾーン】に捨てられた少年。生き延びるために体を無意識に作り変えた結果、"影"のような外見になっている。




