■chapter1-3 「能力と区域」
◆後書きにTopics◆
いつも通り目を覚ます。
今日は俺がパトロールに行く日だ。
……パトロールというのは、拠点付近を見て回る最早趣味のような行動だ。
だが、拠点付近に"影"が多くなると非常に危険な為、結構重要でもある。
……と俺は思っている。
"影"は人間をいとも容易く殺せる力を持つ。
その上"影"ごとに使う〈能力〉も異なる。
これは生前の人間が持っていた〈能力〉によって異なっているのだと推測している。
――〈能力〉。
人間の"感情"が動力になっていて、親から遺伝することも多い。
その特徴故、理論上は人間であれば誰でも使うことができる。
しかし、人間の感情の形は個人によって異なる為に、使える〈能力〉は個人によって異なる。
その上、感情はすぐに揺れ動く為扱いが難しい。
〈能力〉は"影"に対するほぼ唯一の対抗策である為、より強い〈能力〉を持ち、より精巧に〈能力〉を扱える者は"影"専門討伐隊にスカウトされる事がある……らしい。
らしい、というのは俺はその場面を見た事がなく、実際にスカウトを受けた事があるニトロから聞いた話だからだ。
俺もニトロも、そこら辺にいるような"影"なら容易く消滅させられる位の能力は持っている。
だからこそお互いパトロールに行くのをあっさり見送る事ができるのだが。
……ニトロに守ってもらっていた頃が懐かしい。
実のところ、俺が"影"と戦える程の〈能力〉になったのは最近の事だ。
感情を動力にしているだけあって、精神に大きな変化があると〈能力〉にも変化があるらしいが。
考え事をしながら支度を済ませ、朝ご飯を作っていると階段から足音が聞こえてきた。
「おはよう、ニトロ」
「……おー、おはよう。クロム」
目を擦り、いかにも眠たそうな雰囲気のニトロの前に出来たての朝ごはんを並べる。
今日は外に出る用事はない筈だが、しっかりスーツを着込んでいる。
そういう所はニトロらしい気がする。
「お前は?」
「悪いな……先に食べた。まさかこんなに早く起きてくるとは思っていなくて」
「そうか」
時計を確認し、玄関に向かう。
後ろからいただきます、と律儀な声が聞こえてくる。
「行ってきます」
「……ん? あぁ、パトロールか。気をつけろよ」
ニトロの声を背に扉を開けた。
扉が閉まると同時に部屋の中でぽつりとぼやく。
「今日、なーんか嫌な予感がすんだよなぁ」
声はただ、部屋に響くだけでどこにも届きはしなかった。
――「知ってるか? 昨日見回りした奴が人型の"影"を見たって言うんだよ」
「人型? 聞いたことないな」
「だろうな。俺もだよ」
「あっ、あそこになんかいるぞ」
「んー? "影"か? ちょっと見に行くか」
外に出ると、近くから声がした。
内容から察するに、この区域を担当している警察だろう。
この区域は唯一"影"が彷徨く危険地帯な上、貧困者や他の区域から追い出された粗暴な輩が多い。
そのため警察は勿論、他の区域の人間からも差別され、冷ややかな目で見られることが少なくない。
故にできればあまり出会いたくはない存在だ。
まぁ、見つかっても何も言われはしないだろうが。
俺は警察を避けて路地裏の方へと向かった。
元より広い通りの"影"は警察によって駆除されているのであまり用事はない。
人口太陽の無いこの区域は暗いが、路地裏は更に暗い。
注意深く目を凝らしながら歩くが特に何もない。いつも通り生ゴミや不法投棄の家電が散らかっているだけだ。
路地裏の先、少し大きい通りに接しているからか、街灯の光が見える。
その街灯の光に照らされたいくつかの大きいゴミ袋の隙間、やけにカラフルな"何か"がある。
なんだろうと近寄り――。
思わず〈能力〉を使いそうになった。
そこにいたのは、"影"……?のように見える人間?どちらともつかない存在だった。
"影"のような外見だった為に攻撃しそうになったが、俺に気がついた"そいつ"は酷く怯えているようだった。
座り込んで頭を抱え、何か小声で喋っている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。何もしないから、助けて」
――?
冷静に見れば、体の色こそ"影"のようだが子供のようだ。
それも、その様子からかなり酷い目にあったようだ。
……少し、いや、大分不憫に感じた。
子供と同じ目線になるようにしゃがみこみ、できる限り優しく声をかける。
「君、大丈夫か?」
子供は怯えつつも少し顔をあげ――、
「いたぞ!」
「人型の"影"だ! 殺せ!」
――警察!?
そういえばこの近くを見回りしている様子ではあったが……。
警察の声を聞いた子供が分かりやすく怯え、縮こまる。
子供が隠れていたのはこの警察から逃れるためだったのか。
後のことを考えるより先に、子供の手を取りもと来た道を走り出した。
***
パトロールに出かけたクロムは無事だろうか。
あいつは、運が悪い。
それも昔から。
だが、俺は少し違うように感じる事があった。
運が悪い、というよりは低確率を引き当てる確率が高い、というように感じる。
だからなのか事故に巻き込まれてもクロム自身は軽症で済むことが多かった。
例えば。
工事現場の横を通りかかったら鉄骨やらコンクリートやらが降ってきたにもかかわらず、それらはクロムを避けるようにして落ちていた、とか。
飲酒運転の車にぶつかりそうになるも偶然躓いて前のめりに転がり車を回避した、とか。
だがクロム本人はそういう運のよさを酷く嫌っていたな。
一年前の事件でそれはより決定的になった。
あいつは、いざというときの自分の運の良さについて"俺が生き残る代わりに他の人間が犠牲になるのかもしれない"と話していた。
そう話している時のクロムの目が忘れられない。
元々黒い瞳がより暗くなっている、ような。
クロムは俺が……俺様が守ると誓ったのだ。
もうあんな顔はさせたくない。
だから、何も無いといいのだが。
クロムは……"影"に対しても人間に対しても強い〈能力〉を使う。
〈能力〉の強さは遺伝が強く影響する。
その為、区域➂生まれのクロムの〈能力〉はさして強くはなかった。
だがあいつの両親が亡くなった時、クロムの〈能力〉に大きな変化があった。
そしてこの区域に来た時。
非常に不覚だが、俺様が"影"に不意打ちされて重症を覚悟したとき、クロムの〈能力〉は覚醒したように強くなった。
クロムは、俺様と似て非なる〈能力〉を使う。
……俺様は、他人を洗脳する事に長けている。
"影"にも人間程ではないが多少は効くから扱いやすい。
道徳的な問題で人間にはあまり使いたくない〈能力〉だ。
そしてクロムの〈能力〉は――。
◇◆◇◆◇
"ある日の日記から抜粋"
"この世界には"太陽"が無い。
遠い昔に消えてしまったらしい。
今やおとぎ話で語られるだけのものである。
その為、光を補うために人工太陽が作られた。
しかし、人工太陽には限りがある。
その為、光がある区域と無い区域があるのだ。
区域は①から⑤まで存在する。
人工太陽の光が届かない区域➃と⑤は「夜区域」と呼ばれており、上の区域からは避けられる傾向にある。
区域にはそれぞれの呼び名がある。
区域①――ソウルシティ
人工太陽が常に光り輝き、太陽の無いこの世界では珍しい植物が生い茂っている。
この区域には強い〈能力〉を持つ裕福な貴族が多く住むため、この区域出身の人間は総じて高い潜在能力の〈能力〉を持つことが多い。
この区域に入るには特別な通行証が必要。
区域②――ムーンエリア
人工太陽の角度の関係上、常に夕方になっている。
遊園地や映画館がある【表】の娯楽の区域。
娯楽専門の区域の為、住んでいるのは娯楽施設の関係者だけである。
区域➂――ステラタウン
一番広いため人工太陽が区域の上空をゆっくり移動する事で光を供給している。
その為、"朝""昼""夜"が切り替わる唯一の区域。
最も人口の多い区域で、一生をこの区域から出ずに終える人も少なくない。
区域➃――グレイストリート
人口太陽が無い為常に夜の区域。
横幅が広い道に様々な店が並ぶ異色の区域。
夜の店やカジノ等、【裏】の娯楽の区域とも呼べる。
区域⑤――レッドゾーン
区域➃と同じく人口太陽の無い区域。
他の区域から流れ込んだ"影"が彷徨く危険な区域。
また、他の区域で重い犯罪を犯した人間はこの区域の牢屋に入れられる。
貧困者や無法者が多い為差別、軽視が最も酷い区域でもある。
……俺が元々住んでいたのは区域➂【ステラタウン】、今いるのは区域⑤【レッドゾーン】。
危険な区域だ。気をつけないと。"
◇◆◇◆◇
◇Topics◇
【能力】
人間の感情が動力になっている。
個人によって詳細は異なり、まるでおとぎ話に出てくる"魔法"や"超能力"のようだと評される。
"影"に対するほぼ唯一の対抗策。
【区域】
①から⑤まで存在する。
chapter1の舞台は、最も危険度の高い区域⑤【レッドゾーン】。




