chapter1-2 「始まりの終わり」
◆後書きにTopics◆
――この世界には"影"が存在する。
"影"とは人間の負の感情から生まれた化け物の様なもので、非常に危険である。
"影"は危険なのでそのほとんどは区域⑤……【レッドゾーン】に押し込んでいる。
しかし、生まれたての"影"やあまり強くない"影"が他の区域に現れることがごく稀にある。
"影"が【レッドゾーン】以外に現れることは滅多に無く、その上各区域には通報1つで飛んできてくれる"影"専門の討伐隊が存在するため殆どの住民は不安なく暮らしている。
つまり、油断しているのだ。
……俺もその一人だった。
その日は偶然、シャンプーが切れている事にお風呂に入る直前に気がついた。
その日は偶然、普段飲まない父さんが何か酒のつまみが欲しいと言った。
その日は偶然、母さんの化粧水が切れていた。
だから、家族三人で暗い中出かけた。
暗いとはいえ深夜という程ではない。
よくある事だ。
……買い物から帰る途中。
街頭が突然切れた。
運が悪いからだと思った。
父さんも母さんもそう思って笑っていた。
数歩歩いて、そういえば荷物持ちを父さんに
任せきりにしているな、と思い荷物持ちを変わろうかと振り向いた。
そこに父さんは居なかった。
否
居た。厳密には父さんの肉片があった。
そこには、人生で初めてみる"影"がいた。
"影"は父さんの肉片をぞんざいに放り捨てた。
どちゃ、と耳を防ぎたくなるような音が鳴る。
悲鳴を上げることすらままならず、状況を理解する事を拒もうとする脳味噌で必死に考え、母さんだけはと視線を向け……
しかし既に母さんの頭は無かった。
母さんの身体が崩れ、その身体に"影"が覆いかぶさった。
その"影"は人の形をしているように見えた。
その時。
"影"と 目が あった
身体が震えて上手く動けなかった。
このまま死ぬのだと思っていた。
だが
――偶然か。
街頭の電球が落ちて"影"に直撃した。
"影"の動きが鈍くなったのを見て、考えるよりも先に走った。家の鍵を開ける時間すら惜しかった。家に入り、鍵を閉め自室に飛び込み布団に潜り込んでこれは夢だ、と言い聞かせた。
でも冷静な俺が、お前の運が悪いからだよ、と冷ややかな目でこちらを見ていた。
「おい、大丈夫か」
いつの間にか机の上は綺麗になっていた。
見上げると、ニトロが心配そうな目で見下ろしている。
「随分と考え込んでいたようだが……その、思い出していたのか?」
随分と言葉を選んでいるようだ。
俺の事を、心配してくれているらしい。
「あぁ、少し……思い出してしまって」
いつもの事だ、と付け加えて窓の外を見つめる。
外は真っ暗でまたあの日の事が脳裏に過ぎる。
視線の行き場を失った俺は、目を閉じて心を落ち着かせる。
カタン、と椅子の音が鳴る。
隣にニトロが座ったようだ。
何も言わず、静かに背中を撫でてくる。
それが心地よくて、暫く黙って目を閉じていた。
チャイムの音が鳴る。
いつの間にか外が明るくなっていた。
動く気力も無く、無視しようとしたが何度もしつこくなるので扉を開いた。
そこにいたのは警官だった。
事の経緯を詳しく聞かれ、慰められ、孤児院を紹介されたような気がするがぼんやりしていてあまり覚えていなかった。
誰も居なくなったリビングで、これからの事を考えていた。
俺は"影"についてよく知らない。
"影"とは何なのか。
何故人を襲うのか。
何故この街に現れたのか。
疑問が尽きなかった。
ふと考えが頭をよぎった。
"影"の殆どは区域⑤に押し込められているという。
そこに行けば何か分かるのでは?
ただ一人生き残った俺は、自分自身の命に無頓着だった。
すぐに荷造りをした。
何かをしていないと、無力感に押しつぶされてぐちゃぐちゃになってしまう気がしたのだ。
突然、チャイムがなった。
今度は誰だと扉を開くと、思いっきり肩を掴まれた。
「無事か!? 大丈夫か!? ……大丈夫ではなさそうだな」
そいつは矢継ぎ早に言葉をかけてくる。
何だと思い顔を見ると、ニトロだった。
幼馴染で、区域①【ソウルシティ】に住んでいる。大事な友人。
ニトロは肩から手を離し、後ろ手で扉を閉めると、
「上がるぞ」
とだけ言って靴を脱いだ。
リビングに広げられたキャリーケースを見たニトロは、顔を顰めると、
「【レッドゾーン】に行くつもりか」
と聞いてきた。
つくづく勘のいい奴だ。
肯定する代わりに俯いた。
「……警察から話は聞いた。考え直すつもりはないのか」
「ないな」
「選択肢は他にもある。俺の家に来ないか?」
悪くない選択だとは思う。
だけど、もう、決めたんだ
首を横に振った。
「悪いけど、邪魔をしないでくれ」
これ以上、この気のいい友人と居てはいけない。両親は死んでしまった。
次はニトロかもしれない。
俺は運が悪いのだから、巻き込んでしまうかもしれない。
「巻き込みたくないって思っているんだろう」
何故だ。
「どうしても行くというのなら俺も行く」
なんで……
「俺は弱くないぞ? 簡単には死なん」
……前が見えない。
「だから、頼ってくれ」
喉が震えて上手く声が出ない。
「お前には、まだ俺が残ってる。心配するな。俺の前では泣いていい」
そういえば、ずっと泣いていなかった。
余りにも突然の事で呆然としていた。
俺には、まだ、ニトロが居る。
強く抱きしめられて、涙腺が完全に切れた。
ニトロは俺が泣き止むまで何も言わずにただ背中をさすってくれていた。
***
本当は区域⑤【レッドゾーン】に行くだなんて、死にに行くような物だと思った。
止めようと思ったが、クロムは本気だった。
俺には止められない、と悟った。
なら、俺も覚悟を決めることにした。
クロムを一人にするのは余りにも心配だ。
両親は……なんとか説得しなければ。
荷造りをする為に家に帰り、必要な物を鞄に詰め込む。
出かけていた両親が帰ってくる音がして、少し緊張して身体が強ばる。
俺らしくもないな。
扉をノックし、両親の前に立つ。
あれこれ隠しても仕方がない。
「クロムと【レッドゾーン】に行く事にした」
まぁ、大反対されたな。
でも必死に説得し、話し合った結果
時々連絡する事、手を貸して欲しければすぐに言う事、……行くからにはクロムをちゃんと守ること。
それらを条件に行ってもいいことになった。
渋々の了承だと思っていたが、まさか翌朝には区域⑤のとある建物を買取り住めるようにしてくれているとは思っていなかった。
本気が伝わったと言う事か。
ありがたく使わせて貰おう。
まずはクロムへの連絡だな。
……あぁ、もしもし、俺だ、ニトロだ……
***
そういえば、と思い目を開く。
「パトロールはどうだったんだ?」
ニトロは俺の背中から手を離し、あー……となんとも言いようのない声を出した。
「あんまり治安は良くないな。いつも通りだが」
「まぁ、だろうな。明日は俺が行こう。」
立ち上がり、空になった食器を片付ける。
「心配でないわけではないが、クロムは弱くないからな。まぁ気をつけろよ」
「分かってる」
食器を洗おうと水を出してから思い出す。
しまったな。
給湯器、故障してるんだった。
俺は給湯器を直すため踵を返した。
◇Topics◇
【クロム】▽NEW
"影"に両親を殺された青年。一年前に区域➂【ステラタウン】から区域⑤【レッドゾーン】に移住した。
【ニトロ】▽NEW
区域①【ソウルシティ】出身で両親は名の知れた貴族。両親の許可を得てクロムと行動している。
【"影"】
人間の負の感情から生み出された化け物。
非常に危険な為、区域⑤【レッドゾーン】に押し込められている。




