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陰の影と夜区域  作者: ▽▲▽▲▽
2/8

■chapter1-1 「始まり」

昔から、運が悪かった。


目覚ましの音も無い中目を覚ます。

この区域の空は、常に真っ黒だから明るさで時間の判断は出来ない。

手探りで眼鏡をかけて枕元の時計を掴み、目を凝らして確認すると……午前二時。

確か、前に起きたのが午前一時半で、水を飲んで

トイレに行ってからまた寝た筈。

あまり寝付きのいい方ではないからまた眠ることが出来たのはおそらく午前二時以降だと思われるが、時計の針は午前二時、正確には午前二時四分を指していた。

だが、暗い中よく目を凝らしてみると針は動いていない。つまり時計は壊れている。

今月で何個目だっけな……俺はため息をついて体を起こした。


顔を洗おうと水を出すと異様に冷たかった。

また給湯器が故障している。

後で直すことにして顔を洗い、歯を磨く。

歯磨き粉がもう残り少ないな、買いに行かなければ。

部屋に戻り、いつもの白衣に着替えていると突然部屋に虫が現れた。部屋の隅に置いてある虫取りは飾りなのだろうか。ティッシュで捕まえ申し訳ないとは思いつつ手の中で潰し、ゴミ箱に捨てた。

カーテンは閉まったまま。

元より暗いのだ。開ける必要など無い。


着替えを済ませてリビングへ行くと、蓋の閉じた鍋と走り書きのメモが置かれていた。

"パトロールへ行ってくる。起きてこないということは時計が壊れたのだろう? ついでに買って帰ってこよう"

……勘のいいやつだ。

リビングの時計を見るともう十時だった。


両親のいない部屋は匂いが薄く、冷たく感じる。

一年前とは家どころか区域も違うから当然か。


もう、一年か……早いな。



――目覚ましの音でいつも通り目を覚ます。

外は明るく、カーテンから穏やかな光が透け落ちている。

眼鏡をかけると風景の解像度があがり、部屋の埃が光に照らされてキラキラしている事に気がついた。

それを幻想的だと思いつつも、当たり前の風景に落ち着いてもいた。

大きく身体を伸ばして布団から出る。

光に照らされ暖められたフローリングは素足で触れても滑らかで、この部屋の空気はあまりにも柔らかかった。

それを名残惜しく感じつつも、顔と歯を洗いに洗面所に向かう。

廊下に出るとリビングの方からシチューの良い匂いか漂ってきた。

洗面所の扉を開けると先に母さんがいて、笑いながらおはよう、と声をかけてくる。

おはよう、と返事をして顔を洗おうと水を出すと……異様に冷たかった。

母さんはさすがはクロムね、と笑い


「お父さん、給湯器見てくれない?」


とリビングに向かって声をかけた。


「またか! 流石だな」


と大笑いする声が聞こえてから数秒、今度は直ったぞーという声が聞こえたのでもう一度水を出すと、今度は暖かかった。


「着替えたらすぐいらっしゃいね、今日はクロムの好きなシチューだからね」


と言い残し母さんは先に洗面所を出ていった。

歯磨き粉を出すと、もう無かった。

俺の分で最後だったか。

買いに行かないとな。



顔と歯を洗い終え、部屋に戻って着替える。

ふとカーテンを開け忘れていた事に気がついてカーテンを開く。

部屋は二階。外を見ると空は青く隣の家の花が綺麗に咲いているのが見える。

水やりをしていたお隣さんと目が合ってお互い無言で会釈をした。

部屋に視線を戻すと、……いつの間にか虫がいる。

そっと捕まえて窓を開け、外へ逃がす。

下の階から母さんが俺を呼ぶ声がした気がして、慌てて着替えを済ませた。


昔から、運が悪かった。

でも、十分すぎるくらい幸せだった。



鍋の中身は冷めきったシチューだった。

シチューを温め、1人で食べていると玄関から物音がした。


「おかえり……ニトロ」


彼……ニトロがリビングの扉を開けるより早く声をかけた。


「おう、……あ、時計買ってきたぞ」


首元にかけたガスマスクで、声がほんの少しだけくぐもっている。

どうやら怪我もなく元気そうだ。

ニトロは扉を少々雑に開け、雑に返事をすると、これまた雑に机の上へ袋を投げた。

ガシャン、と音がしたその袋から時計が飛び出す。

まさかこの衝撃で壊れてないよな……?という意味を込めて軽く睨む。

ニトロは時計を手に取り上から見たり下から見たりした後、間を置いて、


「壊れてはないな」


とだけ言うと俺の前に時計を置いた。


「そうだ……朝食、ありがとう。美味しい。」


思い出したように俺が言うと、


「だろう? 俺が作ったからな」


と笑った。目を少し細めてニッと歯を見せる、いつも通りの笑顔だ。

クリームシチューとパン。シンプルだがとても美味しい。

コンロが壊れていなくてよかった。

冷たいシチューを美味しいとは流石に感じられなさそうだ。


「明日は俺が作るからリクエストがあれば夕方買い物に行く前に言ってくれ」


「1人で買い物に行くのか……? 心配だな」


心外だな。

ニトロは殆ど独り言のように呟いた。


「クロムは昔から運が悪いからな」



***


俺とクロムは所謂、幼馴染というやつだった。

ソウルシティとステラタウン、住む所は違えどそんな事は些細な事で、いつもの様に遊びに行っていた。

クロムの家は俺の家とは違う、穏やかな空気が流れていて好きだった。

勿論、自分の家も好きだ。

使用人は優しいし親も……少々心配性だがなんだかんだ自由にさせてくれている。

だが……なんというか、住んでいる区域が違う俺にも同じように接してくれるクロムとクロムの父と母が好きだったのだろうな。

クロムは運が悪かったが優しい両親と穏やかな環境、俺のような友人に恵まれ、いつも笑っていた。

よく、


「父さんと母さんのような両親やニトロに出会えたんだ、充分幸せだ」


と笑っていた。

俺も、笑っていた。

当たり前にこの笑顔が続くと思っていた。



***


「あっ」


コップのバランスを崩し、珈琲を机に思いっきりぶちまけてしまった。

机の上に置いてあった写真立てが濡れそうになり思わず立ち上がる。

珈琲が写真に到達する寸前、写真立てがすっと上空に浮かび上がった。


「危なかったな」


どうやらニトロが写真を守ってくれたらしい。

ちゃっかり買ったばかりの時計も避難させている。

だが彼の着ているスーツは珈琲の被害にあってしまっていた。申し訳無い。


挿絵(By みてみん)


時計を珈琲の届かない安全地帯に置き写真立てを俺にそっと手渡す。

ニトロは、着替えるついでに拭くものを持ってくると言い残して洗面所の方へ向かった。

バタン、と扉の閉まる音がして、ふと手元の写真に目をやる。

その写真には俺と、俺の両親が映っていた。

幸せそうな笑顔で。


◇Topics◇


【クロム】

区域➂【ステラタウン】出身の青年。

chapter1の主な語り部。


【ニトロ】

区域①【ソウルシティ】出身の青年。

クロムの親友。

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