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ツミノセカイ  作者: 黒川 白玖
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「始 終わりの日」 「第一話 殺意」

始:終わりの日

静寂というものがこんなにも似合う日はないだろう。普段活気を帯び、仕事帰りのサラリーマンや遊び人で溢れかえっていた夜の街もしんと静まり返っている。無理もない、こんな日は誰だって働きたくない。どうすることもできない。諦めるしかない。ただ皆で受け入れるしかない。神というものがいるなら最後に奇跡を信じて祈ってみようか。いや、やめようそんなことしたってただの気休めでしかない。―誰も逃れられないのだから。


第一話 殺意

白い海が足元に広がっている。一歩足を前進させると白いしぶきをあげて空へと消えていく。

―ああ、花か。 

僕はようやくその海の正体に気づいた。ふと前を見ると、一人の少女がいた。花を摘んで冠を作っている。僕はその少女に近づこうとしてその足を止める。少女には顔がない、いや顔が黒い靄で覆われている。困惑している僕に気づいたのか少女がこちらに振り返った。

「.....。」

少女が何かつぶやいている、その声は聞こえない。そして僕の意識はそこで途切れた。

***

「おい、起きろ。交代の時間だぞ。」

少年の呼ぶ声で僕は目覚めた。いつの間にか寝ていたようだ。頭と体が痛い、無理な姿勢で寝ていたのだろう。

「早く交代してくれ、これ以上俺は暑さに耐えられる自身がない。」

身振り手振りで限界ですと猛アピールしてくる少年に急かされ、まだ覚醒しきってない体を起こす。交代のため馬車の荷台から顔を出すと突き刺すような日差しと、いやらしい暑さが襲ってきた。少年から手綱を受け取ると革に汗が染みこんでおり、何とも言えない不快感を味わった。手綱の先にいる馬とも牛とも取れない頭に長い一本の角をはやした四足歩行の魔獣も不快そうにブモッと短く鳴いた。暑いもんなと、こいつが理解できているかは知らないが話しかけてみた。魔獣は今度はゴモーと長く鳴いた。本当にわかってんのかな?

***

荒廃という文字がこれほど似合う場所はないだろう、以前ここは砂漠でも何でもない大都市だったようだ。というのもこの砂漠にはよくわからない機械の残骸やいろんな言語の混じった看板、大小様々な硬い材質でできた箱のようなものが砂にのまれている。僕や少年が暮らしている村も以前何かに使われていたであろうものや機械が存在している。でも大人や老人でさえその用途を知らない、中には知っている人もいるが下手に動かして煙や音なんかが出ると魔獣が寄って来たりすることになるためわざわざ動かそうとする人もいない。

「相棒、今回の仕事の内容覚えてるか?」

この少年は僕のことを相棒と呼ぶ。理由はないらしい。どうやら仕事仲間の影響を受けてのことだそうだ。彼の年齢は16ぐらいだそうだから周りに影響されやすいんだろう。ちなみにこの少年の名前は本人でさえ知らない。もともと孤児だったらしく十年前にさまよっていたところを村長に拾われたらしい。

「覚えているよ、この荷物を砂漠の村まで運ぶんだろう。」

「ああそうだ、だが肝心なことを一つ忘れている。」

「なんだよ。」

「この仕事は俺たちが昇進するための一歩だということだ。」

僕たちは村と村の物資をつなぐ仕事をしている。確かに、今までは近くの村にしか行ったことが無かったが、今回初めて往復に丸二日ほどかかる村に行くことになったのだ。そうか・・・。と興味なさそうな声を漏らすと、少年はがっかりした後、少し真剣な顔つきになった。

「それに相棒の記憶が戻る一歩かもしれないしな。」

「.....。」

僕は黙り込んだ。記憶、それは人にとって自分が自分であるための証明であり、お金で買えないほど大切な物らしい。一ヶ月前、僕は村で倒れていたところを助けられた。その時僕はボロボロで脱水を起こしていたらしい。らしいというのも僕にはその時の記憶がない。なぜそんなにも傷ついていたのかがわからない。そもそも自分が誰でどこから来たのかすらわからない。最初は自分の外見も思い出せなかった。鏡を見せてもらい、白い髪に、深い青色の瞳、年齢は十代後半ぐらい、やや筋肉質な手足、体にはいくつかの傷跡がある男が僕だということが認識できたぐらいだ。手がかりと言えるのは首にかけているペンダントとなぜか持っていた刀だけ。ペンダントの中には写真らしきものが入っていたが赤黒い何かがこびりついていて見えない。刀は日本刀に近い見た目をしていて、刃が青く美しいものだったが、以前の僕が使っていたかどうか怪しいほどに汚れが見つからない。村の人たちもだんだん僕を怪しんで近づいてこなくなった。そんな僕を拾ってくれたのがこの少年だ。黒い髪に黒い瞳、その他に特に大した特徴のない至って平凡な少年だった。この仕事を紹介してくれたのも彼だ。色々な場所を巡っていけば何か思い出せるんじゃないかと、いうのが彼の考えだった。なんの手がかりもない今、そうするしかないと僕はその話にのり、今に至るというわけだ。

「しかし、なんにも覚えてないって聞いたときは驚いたぞ。というか今までどうやっていきてきたんだ?」

「それがわからないから今こうやって砂漠に来ているんじゃないか。」

「いや、そうだけどさお前魔獣の存在どころか世界樹の存在すら知らないとか言い出すし。その傷見たらだれだってなんかあったと考えるのが普通だろ?」

魔獣、以前存在していた動物の姿と似た姿をした獣、人に害をもたらすものもいれば、家畜になったり、今僕が乗っている馬車につながれたもののように無害なものもいる。最近は見なくなったが僕が来る少し前まであの村もよく魔獣の襲撃にあっていたそうだ。世界樹はこの世界が一つの大陸になったときにできた、大きな木のようなものだそうだ。というのも多くの人が生まれたころからそこにあり、植物ではなく、まるで宝石のようなものでできているということだけわかっているそうだ。そして、世界樹の周りには数多の魔獣が巣食っており、誰も近づけないのだそうだ。僕は自分だけじゃなく、この世界のことすら知らない。そして、体のこの傷は一体何者に傷つけられたのか。わからないこと、知らないことだらけなのが今の僕だ。

***

僕と少年はただ呆然とするしかなかった。ついさっき目的地の村に到着したが明らかにおかしい、静かすぎる。そう感じた僕たちは村の中を調べてみることにした。誰もいない、血の跡も争った形跡もない。すべての家には明かりが灯っているし、中には食事が残っている家もあった。一夜にしてすべての村人が消えたと考えるしかない状態だったのだ。

「なんで…意味がわかんねえよ。」

少年は乾いた笑いを吐き出しながらその場に崩れ落ちた。僕も同じ気持ちだった。魔獣の仕業なら争った形跡や血の跡、それに獣の匂いが残っているはずだ。しかしこの村には何もない、ただ綺麗な景観を保ったままそこにいるはずの人たちがいない。意味が分からない。ただ今すべきことだけははっきりしていた、今すぐ逃げなければならない。根拠はない、ただ今逃げなければ大変なことになる予感がする。

「おい、今すぐここを離れ…」

―グルルルル―

僕の言葉を遮るように唸る何かがいる。全身をさっきまでとは違う悪寒が走る、一気に鳥肌が立ち、手足が動かない。その間にもまた一つ、また一つと唸り声は増えていく。やっと体が動くようになったころには、7~9匹もの獣の声がしていた。

「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイ―ガア、、アァァァ。 アアア」

情けない声をあげて後ろに走り出した少年に獣は咬みついた。犬のような見た目ではあるが体は大きく、牙が鋭く長い、体には黒色の針のような毛の生えた魔獣。首を強く咬まれ、もはや声すらまともに出せない少年を満足そうに見つめた獣は僕の方に向いた。震える手で持っていた刀を抜く。金属の塊であるそれはズシリと重くまともに動かない体をさらに拘束した。少年に咬みついたやつがこちらに突っ込んでくる。僕は力任せに刀を振るうが獣はそれを難なくかわした。獣の口角が上がる。―笑っているのか? 

「イッ!?」

右腕に鋭い痛みが走る。見ると腕には歯形がついている。獣は僕の攻撃をかわした一瞬の隙に腕を咬んでいたようだ。―やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいヤバイヤバイヤバイヤバイ!

僕はただ走って逃げるしかなかった。もう何も考えられない。

「ウオーーン」

魔獣が吠えた声が聞こえた。少し振り返ると魔獣が一斉にこちらに駆けてくる。

「ヒ、ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」

少年と同じような悲鳴をあげながら僕はひたすら走った。

「グアッ! アッ⁉」

足と腕を咬まれた。痛みでまともな声も出せず僕は転倒した。魔獣の一匹が僕の顔の方へ寄ってくる。獣臭さと血生臭さが混じりあった気持ち悪い空気が僕の前を漂う。―ああ、ここで死ぬんだな。

魔獣に頭を踏んずけられながら、僕は目を細める。意識がくらむ、視界がどんどんぼやけてくる。そして僕の意識は暗闇の中へと飲まれていった。

***

「戦いに誇りなんてもんは微塵もないよ。」

呆れたように顔が黒い靄に覆われた女性は語る。

「何かを手に掛けた時点で誇りもくそもない、すべて自分のためだよ。恐怖からの逃走、敵の排除、はたまたただの自己満足や快楽のためか…。うん?誰かのために戦うのはどうかだって?ハハッ‼それはまた滑稽なもんだね。それはただの自己防御だよ、自分は敵とは違う、自分は間違っていないって思いこむための逃げ道でしかない。守るなんて聞こえはいいが結局自分たちの領域に入ったものを排除するための生物的な本能の一部だ。そんなものそこいらの魔獣ですらやるぞ、それが人間になればただの争いじゃなくなるなんて、いささか傲慢すぎやしないか?―ああ、そうか君の場合はそいうことを言いたかったわけじゃないのか。君の場合、戦う理由は――――だったな。戦いに意味を求めてはいけない、何故殺すのか、戦うのかなんて考えている暇があればその剣を振れ、邪魔だから殺す、己が生きたいから殺す、何か欲しいから殺す、今も昔もそれだけだ。それだけのために殺しあってきたのが人間って生物なのさ。」

女性はどこかさみしそうにそう言った。

***

眼の中に光が入り込む。目を覚ますとそこは見慣れない木造の小屋の中だった。

「あれ、生きてる。」

腕も脚も動く、心臓も動いてるし、あの魔獣に咬まれたところがズキズキと痛む。ただ奇妙なのはその場所に治療した後がある、そもそも何故僕はこの小屋の中で寝ていた?あの魔獣は僕を食べなかったのか?それともあの後誰かに助けられたのか? おそらく誰かに助けられたのだろう。でも僕を助けてくれた人はあの数の魔獣を倒したのか?わからないことが多すぎる。とりあえずここがどこなのか探ろうと小屋の中を見渡しているとドアが開いた。

「おっ‼ 目が覚めたみたいだね。おはよう…あ、いや今は夜だからなんて言うのが正解?こんばんは?」

「――。」

言葉が出ないドアから出てきたのは自分と同じくらいの少女だった。茶色がかった髪に緋色の瞳、華奢な体にお世辞にも鍛えられてると言えない手足をしたかわいらしい少女だった。

「あれ、間違ってた⁉ えっじゃあ何が正解?」

「・・・起きた人にはおはようでいいと思う。」

こめかみに手をあてながら僕は答えた。

「あ、そう?とりあえず体はどう?よく寝られた?」

「おかげさまで、痛みも随分ましになってる。君があの魔獣の群れから助けてくれたのか?」

「ん?いや、私はただ倒れてる君を助けただけだよ。」

おかしい、彼女の話が本当だとすればあの魔獣たちは意識を失った僕をそのまま放置したことになる。なぜわざわざこんなまねをする? まさか、僕を泳がせたのかただの獣にそんな知能があるのか?

「君が何考えてるかわかんないけど、傷どう?痛みまだある?痛み止めの薬草持ってきたけど。」

「助けてくれたことには感謝するけど、だからこそ聞きたい、何故僕を助けた?僕をどうする気だ?」恩人に対して失礼なことを言ったがこれには理由がある。この世界で魔獣に襲われることは珍しくない、その時は襲われた人を見捨てるのが暗黙の了解となっている。ただ一部の人間はそういった人たちを助け、治療する。これが善意だけならいいが大半はそうはいかない、多くは助けた見返りに強制労働を強いられたり、危険な仕事を無理やりさせられたりまるで奴隷のように使われることがあると、以前あの少年から聞いていた。

「なんでって言われても・・・まだ生きてたからかな。こんな世界でも助け合いは必要でしょ?。後、別に君をこき使う気もないよ。私見ての通り一人暮らしだし、食料や資源も狩りや知り合いにもらったりしてるから問題ない・・・それに一応私も普通じゃないからね。」

彼女は僕に持っていたものを見せた。刀だ、それも僕が持っているものと酷似している。違うところは僕のものより少し小さいのと刀身が炎のように赤かった。

―ウオー――――――――――――――――ン―

遠吠えが聞こえた。

***

来たか。私は少し気を引き締めた。ベッドで震えている少年にここで隠れているように伝え隠しておいた小瓶をもって小屋を出た。小瓶には少年の血を入れてある。―この先の平地で奴らを迎え撃つ。

森を走っていると時々獣の息づかいが聞こえる、思ったより早い。

「仕方ないな。ついてきなさい私に追いつけるならね!」

足に渾身の力を籠める。さっきまでとは風の感じ方が違う、おそらく今の私は普通の人には見えないくらいの速さに到達しているだろう。私が普通じゃないと言ったのはこの能力のことであって刀を持っていることじゃないんだけどあの子絶対勘違いしてるよね、それに私剣の腕は別にそれほどでもないんだよね…。なんてことを考えているうちに森を抜け目的の平地に着いた。

「さて、久しぶりだけど問題なく力は使えたから後は斬るだけね。」

シャキッと鯉口を切る。相変わらずきれいな朱色をした刀身に思わず見とれそうになるが今はそんなことしてる暇はないと自分を律した。

―ガサッ

その音とともに魔獣が弾丸のように突っ込んでくる。

「速い、でも!」

再び加速し魔獣の牙を躱す。ガチリと獣が空気を咬んだ。すかさず首を斬りつけるとその獣はキャンッと短い鳴き声を上げ息絶えた。まず一匹。

いつの間にか追いついてきた魔獣たちが威嚇の声を上げている。ざっと数えて十五匹ってところかな。

「来ないの?ほら仲間が死んじゃってるよ?」

少し挑発してみる、とは言っても流石に釣れないか。

―ゴルル

他の獣より威圧感のある重低音が響く。声の主が森から姿を現した。ほかの魔獣より一回り以上も大きい体に鋭い爪と牙、それに体には骨のような鎧を身に着けている。なるほどこいつが群れのボスか。

その獣も弾丸のように突っ込んでくる。獣は獣か。前のように加速し首を斬りつける。ガキリッ!!

「―なっ!?刀を牙で受け止めた?」

獣はすかさず体をひねって爪を突き立てようとする。すんでのところで躱し刀を引き抜き後方へ下がる。頬から血が流れているのが見える。かすったか。明らかに他の奴らより強い、そんなに甘くないかと獣と侮った自分を責めつつ次の攻撃を警戒する。魔獣の口角が上がる、なるほど今のでなめられたわね。フッと笑い返しながら地面を蹴る、そのまま加速し剣をあいつに突き刺す!が、魔獣は難なくそれを躱し、私の腕に咬みつこうとする。

「残念、それを待ってたよ!」

すかさず持っていた小瓶を魔獣の顔に投げる。パリンッ!!と小瓶が割れ魔獣の顔を赤いドロッとした液体が覆う。鼻が決して良いとは言えない人間でさえ血は深いな匂いを発するものなのだから、鼻の良い獣にとって血は想像できないぐらい強烈な匂いだろう。案の定この魔獣も甲高い声をあげて血を振り払おうとする。ただ問題なのは少年の血が固まらないように以前知り合いからもらったヘパリンとかいうこうぎょうこざい?…だっけ?を入れてあるから振り払おうと思えばある程度は可能なことだ、こいつの鼻が利かないうちにやるしかない。

「今のうちしかないか。」

グッと足を開き力を入れ刀を顔の横に一直線になるように構える。かなり昔、極東の剣士が使っていたとされる技の摸倣。一歩、地面を蹴る。二歩、一気に加速し刀に力を籠める。三歩‼一気に刀を振る腕を加速する。

―摸倣剣 三弾斬り―

一瞬のうちに突き、その後そこから引き裂き、次に引き裂かれなっかた方を斬る。そうすることで確実に一刀両断する技。本来は一度に三度の突きを放つ技なのだが私には三度の突きだけで確実に息の根を止められるほどの技量はないので一度目に突いた後そのまま切り裂き、もう一度斬る技にしたのだ。

体を真っ二つにした魔獣は声を上げることもできず、血しぶきをあげそのままただの肉塊となった。

「これを能力なしで使ってた極東の剣士ってやばすぎるでしょ、というかサムライってみんな人間やめてるのかな?」

自分の周りに魔獣の気配がなくなったことを確認し、血を払ってから刀を鞘に納めた。

「さて、帰るとしますか。」

満足気に一歩踏み出そうとして違和感に気づく。

私が斬った魔獣の数は二匹だけ、確か最初に私の前に来た奴は大体十五匹、ボスがやられたから逃げたとしても、ボスが危険な時にただ見てただけなの?…というか遠吠えが聞こえてから私に追いつくまでがあまりにも早すぎる。

「まさか最初からあそこにいたの!?だとしたら誘われたのは私の方か!!クソッ獣のくせに頭使うなんてやってくれたわね!」

急いであの小屋に戻る。おそらく私を誘い出してその間にあの少年をやるつもりだったのか。ただあいつらにとって誤算だったのは私がそれなりに強かったこと。今ならまだ間に合う。

「頼むから死なないでよね。助けた人が死ぬのはもう勘弁してほしいんだから。」

***

遠吠えが聞こえた瞬間、体の奥から寒気を感じた。それと同時に腕や足にさっきまでは治まっていた痛みが蘇り、体の自由が利かなくなった。怖い、痛い、逃げたい、でも体が動かない。

「とりあえず、この小屋のどこかに隠れて。」

さっきまでとはまるで別人のようになった少女に促されて、隠れる場所を探した。

「君はどう…。」

言い切る前に少女は小瓶と刀を持って森の中に走っていった。彼女の顔を見る限りおそらく僕を守る気でいるのだろう。だけどすでに他の声より低く威圧感のある声はこの小屋に迫ってきている。群れのボスだと容易に想像できる。更に悪いことに小屋の周りを僕を襲ったやつと同じ鳴き声が囲んでいる。袋の鼠だ。少女には悪いが、力のない僕にはどうすることもできない。

「ハハッ…。ここで死ぬのかな?」

―いいのか?

「!?」

誰かの声がした。知らない女性の声、でもどこか懐かしい。感傷に浸るように天井を仰ぎ静かに目を閉じる。

「いいのか?そのまま死んで。強くなりたいと泣きついてきたのはお前だろ?なら最後までやり通せ。」

顔を黒い靄で覆われた女性は彼女の眼下に倒れこむ少年に問いかけている。少年の胴体にはいくつもの傷があり、そのうちのいくらかはかなり深い傷のようだ。女性のすぐ近くには彼女におびえている数匹の魔獣がいる、少年の傷は奴らにつけられたものだろう。今にも死にそうな少年に対し、さらに女性は続ける。

「君が望んだこともやり遂げられないのに―――――などできるわけがないだろ。」

少年は瀕死ながらも立ち上がる。再び刀を構え、魔獣に突っ込んでいった。その少年は無茶苦茶な剣さばきながらも一匹、また一匹と殺していった。ついに最後の一匹をさらに傷を負いながらも殺した。

「そうだ。それでいい、生き残りたい一心でお前はその刃を振るった。どんなに無茶苦茶な振り方でも想いというものは時には自分の限界を超えた力を引き出すものになる。来い、治療してやる。あとは刀を振るうのではなく、己の腕を振るうようになれれば問題ないだろうね。」

その少年はここにいる、忘れていてもこれは確かに自分の記憶だとはっきり理解できる。

「いいわけないだろ、何故かは知らないけど僕はまだ死ねない。」

さっきまで震えてた手足はおとなしくなっている。グッパっと動かしてみても痺れはとくに感じられない。床に転がっていた刀を握る。

―殺す理由なんて考えてる暇があったらただ生き残ることを考えろ、ほら生き残りたいという立派な理由ができたじゃないか。自己防衛のために殺すことはこんな世の中じゃ当たり前のことなのさ。

またあの声が聞こえた。そうだ、たとえ非力でも自分にできる抵抗はある。それに僕は無力じゃない、それを今はっきり思い出した。

「上等だ、逃げられないなら突っ切てやる。」

刀を抜き小屋のドアに手をかける。死ねない、死にたくない。生き残ってやる。ならやることは決まっている.

―この魔獣たちをを、邪魔な奴らを殺してやる。



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