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前向きなヤンデレは好きですか?  作者: 夏雨 ネテミ
2/6

第2話 外で食べるご飯って何か美味いよね?

夕暮れ時、校舎は再び紅に染め上がる。

生徒もまばらになり、どこか寂しさを感じる。

いつものように、日差しを避け第二校舎の音楽室に向かう。

しばらく来れなかったから、怒ってるかなとめちゃくちゃ緊張する。


しかし、いつまでドアの前でウジウジしてても始まらない。

俺は意を決して音楽室の古びたドアを開けた。

すると、ちょうど山折鏡花はピアノ台に座りこちらを見ていた。


その目は驚きに見開かれたが、一瞬でジト目に変わった。

(やっぱちょっと、怒ってるっぽい)


ガラガラと扉を閉め、彼女に近づき話しかけた。


「すんません!顔見せるって言ったのに、しばらく来れなくて」

「別にいいわよ。約束した訳じゃないし」

チクチクと、言葉が胸に刺さる。

これは、当然の報いだ。何とかして鏡花さんの機嫌を直さないと。

「それでも、俺は約束だと思ってましたから。これ、お詫びのしるしに」

「え!これ‥‥花?‥嬉しいけど、どうして」

「お詫びですかね、綺麗でしょう?胡蝶蘭っていうんです。花瓶もあるからここに飾っておこう。ほとんど誰も使ってないし」

俺の家は花屋を営んでいて、余り物を持ってきた。高値の花だが2本くらい大丈夫だろう。上品な紫の花弁が鏡花先輩にピッタリと思ったから。


「うん、やっぱり到君らしくないよ。熱でもあるの?」


鏡花先輩は、心配そうにおでこを俺のデコに当ててきた。

突然の出来事に一切の思考がフリーズする。

どうやら、まだ灯の説教の後遺症が残っていたらしい。かなたにした真摯キャラが抜けていなかった。

今ので、完全に目を覚ました。


「鏡花先輩もう大丈夫です!」

「あ!」

少し名残惜しいがこれ以上は理性が吹っ飛びそうだった。


「ふふ、今日は何か変だね。でも、どうして私の名前知ってるのかな?私言ってないよね?」

「そ、れ、は‥‥(汗)」


言えない、女好きの友人のプロファイリングに掲載されてたからとは。

言い訳をしこたま考えていると。

「‥‥思い出してくれたのかな?」

自信無さげに、かすかな声で先輩は言った。

「‥え、何ですか?」

一瞬の沈黙があたりを包む。


「なんだ、そういう訳じゃないのか。何でもないよ、がっかりしたからピアノでも弾こうっと」

「それって、どういう」


鏡花先輩はそれっきり、何も言わず黙々とまた優しいピアノを引き続けた。

まるで、解けた糸を縫い合わせようとするように、音と音が意味をもって繋がり合うように。

だけど俺は、何も覚えていなかった。忘れてしまった音楽と一緒で、このままずっと思い出せないのだろうか‥‥。


✱✱✱


ひとしきり弾き終えると、鏡花先輩は鍵盤にカバーをかけた。今日はもう終わりらしい。

いい気分転換になったのか、いつものいたずらっぽい笑みが戻っていた。


「ご清聴ありがとうございました」

「ブラボー!ヒュゥ、ヒューー」

「ノリが欧米だな!」

「すんません。感極まってしまって」

「それなら、いいんだよ。それよりも、どうかな曲名思い出せた?」


可愛らしく、小首をかしげて尋ねてくる。

「えーと、ここまで出かかってるんですけど、やっぱりゲームを思い出さないと難しいかもしれません」

「そっか。残念だ、私も自分の弾いてる曲の題名はやっぱり知っておきたいんだよ。前に後輩の女子一度だけ尋ねられたことがあるんだ」

「その時はなんて答えたんですか?」

「ピアノ協奏曲第9番、雪濡れた街だが?」

「略すと第9だこれ!後めちゃくちゃそれっぽい!」

かの音楽家が毛を逆立てて怒りそうだな。そんな、めちゃくちゃなネーミングをした先輩はしてやったり顔だった。


「そこに気付くとはやるな!‥そう、じつにそれっぽいのだ。私のネーミングセンスは抜群ということの証明だな」

「そうっすね、だけどやたらに名付けないほうがいいですよ。取り敢えず、この曲は便宜的に第9と呼びましょうか」

かの後輩女子の苦笑い顔が、想像に難くない。先輩の意外な一面を見れたことは嬉しかったが、公の場では封印してもらおう、先輩のためだ。


「それは、良い。呼び名がないのは寂しいものな。流石到君と私だ」

あまり人から褒められる経験がないから、先輩がこんなくだらない事で素直に褒めてくれるのがとても嬉しかった。

こんな事で人を好きになるんだ、と先輩に軽口を返しながら思った。

先輩をもっと知りたい。

これが、俺の嘘偽りなき本心だ。だから、先輩の撃墜記録を更新する結果が待っているかもしれないが踏み込むことにした。


「先輩。今度、第9のゲームを探してこようと思うんです」

「いいなそれ!私はゲームは門外漢だから助かるよ」

「俺も実際に見てみないと分からないので、暇だったら一瞬に探してくれると助かります。それで、良かったら今度の土曜日にでもゲーム屋散策しませんか?」


自分で言っていて思う。物凄くデートに誘ってるっぽい。女の子はさり気なくが大事だと、天道が言っていた気がするがこれはめちゃくちゃ分かりやすいやつだ。まるで生きた心地がしない。死と隣合わせだ。

先輩は、


「いいよ」

「え?」


「だから、いいよ。二人で探したほうが効率的だし。私も知りたいし。」

予想外にあっさりOKを貰った。言ってよかったー!!

俺の心象風景では、無数の小人がコサックダンスを踊っていた。剣の丘で皆で手を繋いで踊るのだ。‥‥俺は何を言っているのか?


「じゃあ、13時半くらいに最寄り駅で待合せよう。昼ごはんは食べて来るように。場所は後でラインしてね。そしたら、ライン交換しちゃおうか?」

「え、あっそうっすね。俺読み取ります」

つつがなく連絡先を交換する。

「じゃあまたね」

先輩は、いそいそと帰ってしまった。

俺の手のスマホには、初めて先輩が送ってくれたうさぎのスタンプがピョコっと飛び跳ねている。



✱✱✱


〜約束の日の前日〜


また、四人屋上で弁当を囲んでいる。

話題は自然と鏡花先輩の事へと変わっていく。


「で、どうなったよ到?例の先輩とは」

天道が前のめりで質問する。

女子二人も気になっているらしい。


「どうせ、先輩の撃墜記録が更新されただけでしょ」

「かなたちゃん、そんな事言っちゃ駄目ですよ」

「だって、先輩と到じゃ全然釣り合ってないもの」

かなたは、例の小憎たらしい顔で見てくるが今日の俺は上機嫌なのでスルーする。

その代わり、胸ポケットからスマホを取り出し先輩のラインを表示させた。


「その答えは、これだ!」

俺は紋所みたいに、三人に画面を突き付けた。

その表情の変化に快感を覚えた。


「まじか到、やるじゃんか!連絡先知ってる男子なんてお前くらいだぞウルトラレアだ」

「な!これ、本物でしょうね?あんたが自演してメッセージ交換してるんじゃ」

「そんな悲しいことあるか!しっかり先輩のだよ!」

「ここに写ってるの先輩の猫ですかね?可愛い」

「飼ってるらしい。タマって名前らしい」

「でも、これ凄いな。連絡先交換したの最近なんだろ、その割にメッセージ多くないか?」

「ホントですね。頻繁に連絡してるんですね」

「あんた、あまりしつこいとキモいわよ」


「違うって、勿論俺からする時もあるけど、先輩が暇な時気軽に連絡していいっていうからOKしたら自然に」

「嬉しそうだな到、お熱いことで何よりだ。明日はデートか」

メッセージを見たのだろう、天道はスマホを俺に返しながら聞いてくる。


「ちょっと、デートって何聞いてない!早くない?」

「メッセージに書いてあったぞ、明日秋葉原に13時半に待合せってな」

「凄い、おめでとうございます到君」

「初デートが秋葉原ってどうなってんのあんたたち?まさか、先輩って実はサブカル系の人?」


「違うって、天道もそこまで見なくていい。俺が誘ったんだよ。ちょっとした捜し物を手伝って貰うだけだ。デートとかじゃねえよ」

そうだ、これはあの曲の名前を思い出すために出掛けるのであって、デートでは

ない。

「そうなん?俺から見たら、雰囲気完全にデートだけどな」

「‥‥到が‥‥デ、デート‥‥しんじらんない‥」

「そんなの、当日の相手の格好を見れば分かりますよ。だから、到君もどう思われても良いように、最低限は格好付けていかないと駄目ですよ」

「そんなもんか?」

「灯ちゃんの言うとおりだぞ。もし、先輩が当日ジャージ姿で現れたらお前はどう思うんだよ」


「ショックだ!」

「そうたろ?気合入れすぎても引くから、少しカッコつけるくらいでいい」

「分かった。帰ったら、服探してみる」

「それがいいですよ。頑張って下さい」


みんなから、アドバイスをもらって良かったと思う。ただのお出かけでもデートでも、相手に嫌な思いはさしたくないからな。

ふと、かなたが顔を青くして俯いている事に気づく。

一点を見つめ細かく震えているようだった。俺は心配で声をかけた。


「かなたどうした、大丈夫か?顔青いぞ」

「‥‥え?‥大丈夫だよ」

とても、大丈夫そうな答え方ではない。

二人も心配そうに、していた。


「なんか、変なものでも食ったか?」

「そんなわけないでしょ裏道君、日射病かもしれません。保健室行きますか?」

かなたは、逡巡するとうなずいた。

「ちょっと、気分悪くなっちゃったから‥行ってくる」

「私、連れ添います。ゆっくり立ってください」

「まじで、俺も行こうか?」

かなたは、首を振って答えた。

灯がついているなら、大丈夫だろう。


「灯ちゃん荷物は俺達が教室までもってくから、かなたを頼む」

「ありがとうございます、お願いしますね。それじゃあ行きましょうか」


灯が肩を貸しながら、二人は屋上を去っていった。珍しい事もあるもんだ。あいつが体調崩すなんて、長い付き合いだがそうそうない事だ。


「まあ、飯はちゃんと食えてたし大事にはならないだろう。念の為後で、保健室によってくかな」

「そうだな、俺もそうするよ」

「お前は‥‥明日デートだろ?しっかり休んどけ。俺から伝えとくからよ。そのせいで、明日のデートが失敗してみろ。あいつ気にするだろ?」


天道の言には、有無を言わせないものがあった。でも確かに、そうかもしれなかった。かなたは、人一倍そういうの気にするからな。

「分かった。早く良くなれって伝えてくれ」

おう、任せとけ!と、背中を叩かれる。こいつなりに、気を遣ってるんだろう。

俺は、かなた達のカバンを持つと先に階段を降りた。


風が吹きすさび、古くなった扉がガタガタと音を立てる。

一人残された裏道天道は、そっと独り言をこぼす。

「これでいいのか、かなた?」


空は雲ひとつない快晴だった。

きっと今日も、紅い夕日が全てを包みこむだろう。時は確実に進んでいる。


そして、進んだ針は決して元には戻らないのだ。

天道は、青い空を見上げて思う。もうちょっとだけ、馬鹿やってたかったなと、静かに零す。


―――やがて、意を決してあるき出した。

彼は、何かを決意した。

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