幕間 とある亡霊の過去
「聖騎士ロクス・ヴィルシュタイン。これより貴様を王女暗殺の罪によって打ち首に処する」
どうしてこうなってしまったのだろう。
今まで俺は、祖国のために死ぬ気で働いて来た。
王家と民を守るためならば、凄惨な戦上に身を投じることにも迷いはなかった。
それなのに、今現在。
俺はあらぬ罪を着せられ、自国の民に殺されようとしている。
「頼む、信じてくれ! 俺はやっていない! 無実なんだ!」
処刑台の上から眼下に広がっている群衆に向けて、必死な形相でそう訴える。
しかし、そんな俺に理解を示す者は誰一人としていない。
「逆賊め! さっさとその首を落としてしまえ!!」
「あんなにお優しかった王女様の命を奪うなんて! 裁きを受けなさいこの悪魔ッ!」
止め処ない怒りの声が、雨のように次々と降り注ぐ。
俺は為す術無く、身を抉るようなその罵声をただ浴びることしかできなかった。
「何で、誰も信じてくれないんだろうな・・・・」
俺は王女を殺してなどいない。
彼女が暗殺された日に、たまたま城内の巡回警護をしていた俺は容疑者にされ、そのまま犯人として捕らえられてしまったのだ。
完全に濡れ衣であり、冤罪も良いところ。
なのに、誰もこの真実に気付いてくれる人間はいない。
忠誠を誓った王も、命を賭けて守ってきた国民たちも、皆一様に俺を大罪人と決め付け敵意を向けてくる。
まるで国全体が一丸となって俺を殺そうとしているんじゃないかと、そう思えてしまうような異様な状況だった。
真犯人が今どこかでこの状況を見ているとしたら、間違い無く満面の笑みを浮かべて俺を眺めていることだろうな。
「反逆の騎士ロクス、首斬台の前へ!」
戦斧を携えた死刑執行人の男が、俺の背中を乱暴に蹴り上げ前へと進ませてくる。
大人しく従って歩みを進めると、前方に斬首台の姿が見えた。
「くそっ! どうしたらいいんだっ・・・・!」
冤罪で処刑されるというのは、何と未練の残る終わり方なのだろう。
国に忠義を尽くしてきた聖騎士として、屈辱極まりない結末だ。
「何か言い残したいことはあるか?」
悔しさから下唇を噛んでいると、処刑人の男がそう声をかけてくる。
言い残したいこと。
つまりは遺言か。
勿論、残したい言葉は山程ある。
故郷に残した恋人への謝罪や、今までお世話になった人たちへの挨拶など、考える限りきりがない。
だけど、真っ先に口から飛び出た言葉は、そういった類のものでは無かった。
「ひとつ、陛下に言伝を頼みたい。私の他に姫様を暗殺した真犯人は必ずどこかにいます、と。どうか頼む」
男に向けてそう口にし、俺は背中越しに小さく頭を下げる。
きっと、この言葉が王に伝わったところで、あの御方がそれを安易に信じることはまずないだろう。
しかし、最後まで王国の聖騎士として殉ずるならば。
命潰えるその時まで、悪には抗わなければならない。
そんな覚悟を込めた俺の遺言に対して、処刑人の男は突如、どこかおかしそうにクスクスと口に手を当て笑い始めた。
「おいおい、まだ気付いてなかったのか? お前はな・・・・嵌められたんだよ! 陛下と大貴族たちの手によってな!」
「え?」
男がそう口にした瞬間、頭の中が真っ白になった。
陛下と貴族たちが俺を・・・・嵌めた?
いったい何を言っているんだこの男は。
彼が述べたその言葉の内容が理解できず、思わず目を白黒させてしまう。
そんな困惑している俺を他所に、男は愉快気な口調で話を続けた。
「亡くなった王女様は多くの臣下に慕われ、多くの民に愛されていたよな?」
「あ、あぁ。あのお方はとても慈悲深く、国民を第一に考える人だった。次期国王に彼女を推す声もあったくらいだからな」
「そう。彼女はこの国で最も支持を集めていた王族だった。だがそれが、次代の王に他の王子を推している貴族様方にとってはかなり不快な出来事だったみたいでな」
「・・・・なるほど、そうか。そういうことか。貴族たちが王女様を暗殺したと、そう言いたいんだな」
そう答えると、処刑人はニッコリと笑みを浮かべ頷いた。
次代の王座を獲得するために、兄弟間の派閥で政争が起こることは王族の間だとよくある話だ。
現国王は高齢であり、今の時点で何人かの王子が密かに命のやり取りを行っていても何もおかしくはない。
他の王子を推す者たちが、王女を暗殺する可能性は十分にあるといえる。
だが、ひとつ疑問が残る。
話の流れからいって、貴族たちが俺に暗殺の罪を擦りつけたのだということは理解した。
けれど、その罪を俺に被せる狙いがいったい何であるかが、まるで予想できない。
罪を被せるなら俺のような一兵卒の騎士では無く、貴族たちにとって邪魔になり得る存在にした方が得なのではないか?
そんな疑問の問いを率直に処刑人へ向けて放つと、彼は呆れた顔をして口を開いた。
「国民全体から支持を集めていた王女様が何者かに殺されたとなれば、十中八九暴動が起こることになるのは分かるだろ? だから、その怒りの矛先が貴族様方に向かないようにするため、上層部とは無関係の人柱が必要だった」
そう言って処刑人は、不気味な笑みを浮かべながら俺を指差す。
「そう、そうして運悪く選ばれたのがお前って訳さ。聖騎士ロクス・ヴィルシュタイン」
「う、嘘を付くな! そのようなこと、陛下がお許しになる訳ーーーー」
「ちなみにこの暗殺計画は陛下も容認している。お前に罪を被せることも含めて全てな」
そんな、まさか。
国王がそのような謀略に加担し、あまつさえ実の娘の暗殺計画を了承したとでもいうのか。
そんな話、とてもじゃないが信じられなかった。
だが・・・・決してあり得ない話でもなかった。
何故なら、この国では王の立場は非常に弱いからだ。
実質的に力を持っているのは貴族派閥の者たち。
それ故に、内乱を恐れた王が替えの効く聖騎士1人を犠牲にして、和平を保つことは充分に可能性があるといえる。
確かに今にして思えば、証拠も何も無いのに上層部が俺を暗殺犯と決めつけたことからして変だった。
全てが仕組まれたものというのであれば、現在俺が処刑台に立たされている理由にも納得がいく。
こうなるまでに至った辻褄が合う。
「つまり今の俺は、国によって切り捨てられた生贄ということか?」
王や貴族は保身のために俺の死を望み、国民は俺を悪人と決めつけ蔑み罵声を浴びせるこの現状。
聖騎士として長年働いてきた末路が、まさかこんな形で終わることになろうとは。
「・・・・全く持って、くだらない結末だ」
騎士は国を守るために敵国との戦場に赴く。
同じ釜で飯を食べた仲間が、翌日には無残な姿で亡くなるなんてことは日常的な光景だ。
それでも彼らは剣を執り、逃げ出すようなことは決してしない。
それなのに、今まで俺たちはこんな・・・・人を道具のように使い捨てる愚物を守るために、自身の命を賭けてきたというのか。
許せない。
このような腐敗した国のために死んでいった仲間たちが、哀れでしょうがなかった。
「おいおい、そう悲しそうな顔をするなよ。間接的には王のためにその命を投げ打つことになるんだぞ? 国に忠誠を誓う聖騎士としてはこの上の無い死に様だろ」
そんな嘲笑を含めた言葉を放ちながら、処刑人は後からやってきた複数人の部下たちに俺への拘束を命じる。
俺は為す術無く両肩を掴まれ、そのまま目の前の斬首台へと連行されていった。
・・・・口惜しい。
人の命を踏みにじる畜生共に、相応の苦しみを与えてやりたかった。
俺を切り捨てた王に、騎士を愚弄するこの国の全てのものに、災厄を振り撒きたかった。
ドス黒い憎悪の炎が、俺という存在を塗り替えるかのように内から次々と燃え広がっていく。
・・・・もし、生まれ変わることがあるならば。
俺は、この国を血で染め上げてやりたい。
泣き叫ぶ愚者共を1人残らず屠殺して、死んだ仲間たちへの手向けにすることが今の俺の願いだ。
「この地に、必ずや災厄をーーーーー」
そう怨嗟を込めた一言を残し、俺の首は巨大な斧で両断される。
こうして、聖騎士ロクス・ヴィルシュタインの人生は幕を終えた。