第1章 首なしの騎士 ⑦
首なしの騎士によって、観客席に座っていた全ての人間が虐殺された。
辺りには肉塊が散乱し、血と臓物の匂いが会場全体に充満している。
そこはさながら、地獄のような世界が広がっているのであった。
「さて、この場に残っているのは私と君だけだな」
片手に兜を持ちながら、観客席から騎士が降りてくる。
そして、私の元へと静かに近付いてきた。
「・・・・皆さんと同じように、私も殺す気なのですか?」
胸に杖を抱え、怯えながらそう口にすると、騎士は私に対して嘲笑の声を上げる。
「ククク。いいや、お前など殺す価値もない」
「価値?」
「私は死の間際に見せる人間の感情が好きなのだ。特に腐った人間ほど私の心をよく震わせてくれる。だが、お前は単なる弱者だ。そんなお前を殺したところで、得られるものなどたかが知れている」
「つまるところ、人殺しが楽しいのですね。こうして会話はできるけど、やはり貴方は人間などではない。ただのアンデッドの化け物だわ」
「そうだ、私は化け物だ。・・・・さて、気は済んだかな? ならば早く立ち去ると良い。今回の経験で充分にわかっただろう。いかに自分がこの場に場違いな人間なのかをな。君は冒険者などやめて、故郷に帰って静かに暮らすことをオススメするよ」
そう言って彼は背中を見せ、私から離れて行った。
このまま何もせずにその背中を見送れば、私の命は助かるだろう。
だけど、そんなことはできない。
してはならない。
何故なら、ここであのアンデッドを見逃したら、私はこれから二度と冒険者とは名乗れなくなるからだ。
「待ちなさい!」
「・・・・何の真似だ?」
私は騎士の背中に向けて、杖を構えた。
本当に今、私は愚かなことをしていると、心からそう思う。
誰が見ても今の私は、みすみす自分の命を捨てに行っている自殺志願者でしかないだろう。
けれど、冒険者としての自分を生かすのなら。
人々に害なす存在を放置する訳にはいかない。
「私は、貴方という存在を許せません」
「だったら何だ? ここで私に挑んで死ぬか? それで矜恃のために死ねるのなら後悔は無いと? 全く持ってくだらないな」
「確かに貴方の言う通りです。今私が貴方に挑めば一瞬でこの命は潰えることでしょう。 ですが、将来、私は貴方に必ず勝利します」
「何?」
「私は成長し、いずれ貴方を討伐します。ですから今、その脅威の種を摘むために私を殺すというのなら好きになさってください。さぁ、どうぞ!」
そう言って私は両手を広げ、騎士に対して胸を張る。
正直、怖かった。
単なる虚勢だった。
本当は死にたくなんてない。
だけど、目の前にいるこの騎士の存在が許せないというのは本心だ。
あのような殺戮を行う邪悪なアンデッドは、この世に居てはいけない。
「クッ、ハッハッハッハッハッハッ!!! おかしなことを言う女だ。お前がいずれ私を倒すだと? いったいそれは何百年後の話だ?」
「ええと、私が生きている間の話なんですけど・・・・そんなに変な話ですか?」
「あぁ、変だ。私から見てお前は何の才能も無い単なる弱者に過ぎないからな。さっきの赤髪の女であれば、いずれ私を殺すなどという妄言を言っても幾分かは現実味があったが」
確かにアリッサさんならば可能性はあっただろう。
もし私が優秀な修道士で彼女を上手くサポートできていたのなら、戦況は大きく変わっていたのかもしれない。
「私を殺すために努力するならば好きにしろ。だが、後悔するなよ? お前は戦場の人間ではない。故郷で暮らしていた方が良かったと、後で嘆くことになっても知らないからな」
「はい。迷いはありません。私は、強くなります」
「・・・・フッ、頑固さは相変わらず、か」
「え?」
そう謎の一言を残し、首なしの騎士は去って行った。
一瞬、あの恐ろしいアンデッドから、何故か優しげな雰囲気を感じた気がした。
だけど、そんなはずはない。
アレは、邪悪の化身のような化け物だ。
そのような感情など持ち合わせてはないだろう。
「・・・・・アリッサさん、帰りましょう」
私は彼女の亡骸に自分のローブをそっとかける。
せめて彼女が安らかに逝けるように、神に祈った。
弟さんのために様々な人を犠牲にした彼女は、果たして天国に行けるのだろうか。
いや、きっと行けるに決まってる。
悪事の加担をしていたとしても、彼女の根は間違い無く善人だったはずだから。
「よいしょっと」
私はアリッサさんを背負い、入り口に向けて歩き出す。
とても濃い2日間だった。
まさか、初めての冒険者としての活動で、こんなにも大変な目に合うなんて思ってもみなかった。
本気で怖い目にもあったし、とても悲しいこともあった。
でも、色々なことを学んだ気がする。
「次は必ず、あのアンデッドを倒します」
決意を胸に、私は冒険者としての一歩を歩み出した。