幕間 剣聖の家系
城都の西側。
貴族たちの邸宅が建ち並ぶ、閑静な住宅街。
そこに、ゼクトレイシア家の屋敷はある。
周囲に並んでいる貴族の邸宅に比べ、ゼクトレイシア家の屋敷はひとまわりほど大きい。
格子越しに見れる庭園の姿だけでも、この家の財力の高さは充分に窺える。
(・・・・全く、相変わらず悪趣味な家だな)
ゼクトレイシア家は領土があるわけでも爵位を持っているわけでもないが、王国においてそれなりの地位を確立している。
何故なら現状、王国が持っている最大戦力は王国騎士団ではなく、彼ら剣聖ゼクトレイシア家の人間たちだからだ。
それ故に六代貴族といえども、王国の最終防衛ラインである彼らを蔑ろにすることはできない。
ある意味彼らは、この国で王の次に地位が高い一族といえるだろう。
「・・・・・・・・・・」
そんな剣聖の屋敷を、王国騎士団団長ギルベルトは静かに眺める。
自身の実家を見つめるその瞳には、懐旧の情など一切見て取れない。
ただ眉を潜め、彼は複雑そうな面持ちで自身が育った家を見上げていた。
「あっれぇー? 兄さんじゃん。そんなとこに突っ立ってどうしたの?」
屋敷の庭から、ピンク髪の少女が2人のメイドと共に姿を見せる。
彼女は巻き髪を揺らしながらギルベルトの前に飛び出ると、ニコッと満面の笑みを浮かべた。
「・・・・・ピスティか。父さんは家にいるのか?」
「パパに用事? 兄さんがパパに会いにくるなんて珍しいじゃん。明日は雨じゃなくて槍でも降るんじゃない?」
そう言ってクスクスと口に手を当て笑うピスティ。
ギルベルトはそんな彼女に呆れたため息を吐くと、ピスティを無視し、ズカズカと屋敷の中に入って行った。
「あー! 待ってよ兄さーん!!」
慌てて追いかける少女。
久しぶりに実家に帰ってきた兄に対して、少女は口元を綻ばせていた。
それは、親愛の情によるものではない。
嗜虐による、不気味な笑みだった。
「お久しぶりです、父さん」
煌びやかなシャンデリアが天井から吊り下がり、豪勢な調度品が所狭しに飾られている大広間の一室。
そんな美しい部屋の中、巨大な机の最奥にゼクトレイシア家の当主は威風堂々と腰掛けていた。
玉座に座る金色の髭を生やした巨漢は、広間に入ってきたギルベルトを見ると、威圧するように睨みつける。
「・・・・・栄えあるゼクトレイシアの家名を汚しておきながら、よく我が元に来れたものだな。ギルベルト」
「僕は元々、団長には相応しくなかったんですよ」
「黙れ。ゼクトレイシア家の後継者であるお前に、弱音を吐く権利などは無い」
そう言って髭の大男は、針のような剣呑な雰囲気をその身から放った。
その気配に圧倒され、ギルベルトとピスティの額に玉のような汗が浮かぶ。
(齢六十後半と言えども、まだまだ元気はあるみたいだな)
彼の名前はランドルフ・イージス・ゼクトレイシア。
血の繋がったギルベルトの実の父であり、ゼクトレイシア家の現当主に当たる人物だ。
ランドルフは大仰に手を払うと、空いている椅子に視線を向け、口を開く。
「座れ。我が元に来たということは何か話があってのことなのだろう?」
その言葉に一礼した後、ギルベルトは予め決められていた席へと座る。
ピスティも同じように礼をして、端の席に座った。
「さて、今日は何用でここにきた? 我が愚息よ」
「・・・・・父さん、首なしの騎士を知っていますか?」
「あぁ。クライッセとアグネリアを殺したアンデッドのことか。冒険者たちは相当、手を焼いているみたいだな」
そう口にし、ランドルフは興味なさげに目を伏せる。
「それで、その魔物がどうかしたのか?」
「はい。今回は首なしの騎士に関してお話が・・・・いえ、お願いがあって参りました」
「団長職を放棄した落伍者の分際でこの私に願いだと? ・・・・まぁ良い。言うだけ言ってみろ」
ギルベルトはゴクリと唾を飲み込み、意を決して口を開く。
「単刀直入に申します。首なしの騎士の討伐のために、ゼクトレイシアの人間を何人か派遣しては貰えないでしょうか?」
その言葉に、ランドルフは目を見開き鬼の形相で怒鳴った。
「1匹の魔物如きに我が一族の者を割けだと!? 戯言を抜かすな小僧ッ!!!!」
骨の髄まで震え上がるその怒声に対して、ギルベルトは立ち向かうべく大きく声を張り上げる。
「昨日、副団長と騎士団の精鋭たちが首なしの騎士に遭遇しました!! 結果、彼らでは手も足も出ないレベルの敵だったそうです!! ですから、より強者を集める必要があると僕は判断しました!!」
「より強者を集める必要があるだと?? それはお前が剣を握りたくがないための方便だろう!! ゼクトレイシアの次期当主であるお前が、たかがアンデッド如きに恐れを成してどうする!! この腑抜けが!!」
ランドルフは机に腕を叩き付け立ち上がると、背後の壁に飾ってある金色の長槍を手に取る。
そしてそれを、ギルベルトに目掛け容赦なく投擲した。
「・・・・・・・・」
ひとつの線を描きながら真っ直ぐと、自身の頭部に飛んでくる槍。
ギルベルトはそれを難なく片手で弾き飛ばすと、地面に激しく叩き落とした。
「確かに、今の僕は腑抜けです。大切な仲間を見殺しにしてしまったあの時から、一歩も踏み出せずにいる」
「・・・・・・・・・」
「ですが、昨日、傷付いた仲間たちから話を聞いて分かったのです。首なしの騎士は、必ず討滅しなければならない敵であると」
ギルベルトは拳を握りしめ、その身に怒りを漲らせる。
親友の名を騙る、邪悪な魔物に対して。
「・・・・・・成る程。どうやら腑抜けなりに、戦う意思は辛うじて残っているようだな。だが・・・・我が一族の者を派遣することは断じて認められない」
「そんーーーーーーー」
「おやおや、相変わらず脳味噌まで筋肉でできているようですね、貴方は」
突如広間に響く、中性的な声。
その声に驚いたギルベルトは、即座に声が発せられた出入り口へと視線を向ける。
すると、そこにはーーーーー顔の半分が焼け爛れている、黒いコートを着た男が立っていた。
男はギルベルトに視線を向けると、憎悪の籠もった瞳を見せる。
「貴方は、レイモンド義兄さん・・・・・!?」
「ギルベルト・・・・久しぶりに家に出向いてみればまさかお前がいるとは・・・・実についていない」
そう言ってわざとらしく舌打ちをするレイモンド。
そんな彼に対して、ピスティは可笑しそうに嘲笑する。
「あはっ、何で家督争いに負けて家から逃げ出した弱虫くんがここにいる訳ー? あんたもうゼクトレイシアとは関係ない人間でしょー? 不法侵入じゃん」
「おや? 居たのですかピスティ。申し訳ありません。金魚の糞は私の視界には映らないもので」
「あ゛? ブチ殺してやろうか負け犬がぁ」
常に笑みを絶やさなかったピスティの顔に、怒りの色が浮かぶ。
そんな彼女に、レイモンドは小さく嘲り笑う。
大広間に、一触即発の空気が漂った。
「そこまでにしろ、ピスティ」
ランドルフのその一言で、ピスティの顔から怒りの感情が掻き消えた。
そして、額に手を当て舌を出すと、ピスティはランドルフに向け軽く頭を下げる。
「さて・・・・まさかお前までここに来るとはな、レイモンド。何故帰ってきた? よもや家が恋しくなったとは言うまいな? 出来損ないの息子よ」
「フフフフ。いちいち挑発を挟む発言がお好きなことで・・・・・。ですが生憎、貴方の軽口に付き合っている暇は無いのですよ。私は一言、忠告しに参っただけです」
「忠告だと?」
「ええ。この国には間もなく、地獄が訪れる。死にたくなかったら他国に逃げることをお勧めしますよ、偉大なる父上殿」
「はっ。何を言うかと思えば・・・・くだらない。消えろ、レイモンド。2度と家の敷居を跨ぐな」
「フフフフ。分かりました。もう2度とここには来ませんよ、2度と、ね」
去り際、レイモンドの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
その異様な表情を見て、ギルベルトは唾を飲み込む。
「ギルベルトよ」
「は、はい!」
突如名前を呼ばれたギルベルトは、慌ててランドルフへ視線を向ける。
するとランドルフは、大きくため息を吐き、面倒そうな顔をして口を開いた。
「お前の願いは分かった。だが、王国の要であるゼクトレイシアの人間をたかがアンデッドごときに派遣することはできない。そんなことをすれば諸外国に舐められてしまう。次期当主として、それは分かるな?」
「・・・・・・はい、分かります」
「理解できたのならば、首なしの騎士はお前だけで対処することだな。低俗なアンデッドごときに、剣聖の人間が臆することは断じて許さん」
問答無用で頼みを跳ね除けるランドルフのその言葉に、ギルベルトは頷くことしかできなかった。
顔を俯かせ、口惜しげに歯を噛みしめるギルベルト。
そんな彼を、ピスティは愛おしげに見つめていた。
「では、去るが良い、2人とも」
「はーい♫」
「・・・・・はい」
ギルベルトは力なく、大広間の外に出る。
しかし、彼の瞳にはまだ諦めの色は浮かんでいなかった。
「ピスティ、頼みがある」
「ん? 何? 兄さん?」
「お前・・・・騎士団に入ってくれないか?」
「へ?」
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