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第4章 邂逅 ④

 



「やれやれ。騎士団とは今、やり合う気は無かったのだが・・・・・致し方あるまいな」



 そう口にすると、騎士は地面に膝を付けている少女へ視線を向ける。



「やはり、戦闘経験の差は拭えなかったか」


「・・・・・・ごめんなさい」


「あぁ、いや、別に謝ることではない。そこの2人は、騎士団でも上位の強さと知恵を持つ。ダメージを与えられた時点で、善戦していた方だと思うぞ」



 フードを被った少女にそう言葉を掛けると、騎士はコツコツと足音を鳴らしながら、暗闇から姿を現す。



「用心しろ、リズ。恐らく、あの女の仲間だ」


「ええ。決して油断はーーーーーーぇ?」



 月明かりに照らされた路地の先。

 そこには、全身、紺色の甲冑を身に付けた騎士が立っていた。

 

 彼はボロ切れのようなマントを靡かせると、クックックッと不気味な嗤い声を溢し、リズとオスカーの元へ歩いて行く。


 

 「う、うそ・・・・・」



 その異様な姿に対して、リズは呆けたように固まる。

 だが次の瞬間、彼女は目を見開き、ガチガチと歯を鳴らして震え出した。



「そ、その装備は・・・・あ、あり得ない!! だって、だって、それはーーーー!!!!」


「お、落ち着け! リズ!」


「ですが、ですがッ!!」



 息を荒げ、過呼吸に陥るリズ。

 騎士はそんな慌てふためく彼女の前まで難なく辿り着くと、戯けるように両手を広げた。



「お前の想像通りだよ、リーズレット。この鎧は間違いなく、ルーヴェル・イクシプロンのもの。私が生前、死の間際の彼から受け継いだ、友情の証さ」


「え、あ? う、うそ・・・・じゃ、じゃあ、貴方は本当に・・・・本当に、班長だというの!?」


「騙されるなリズ!! オレたちは見ていたはずだ!! ロクスの首が斬り落とされるあの瞬間を!!」



 リズを庇うように前へ出たオスカーは、剣を構え、紺色の騎士と対峙する。


 鋭い眼光を見せる彼に、騎士ーーーーいや、ロクスは、喜劇でも見ているかのように可笑しそうに笑い声を上げた。



「ハッハッハッ!! 全く・・・・私に剣を向けるなんて酷いじゃないか、オスカー。私はお前の命を救ったこともある恩人だぞ?」


「戯言を抜かすな、ゲス野郎。ロクスは死んだ。その鎧は、お前が班長の死体から剥ぎ取ってきたもんなんだろ?」


「ふむ。久々に再会したのに、開口一番に嘘付き呼ばわりされるとは・・・・実に悲しい話だ。以前のお前は、私に多大な信頼を寄せてくれていたというのに」


「黙れ。それ以上、偽りを騙ってオレたちの班長を侮辱するなら・・・・容赦なく叩き斬る」



 今すぐにも飛び掛かりそうな怒気を見せ、オスカーは騎士を睨む。

 そんな彼を前にして、騎士は呆れたように息を吐いた。



「やれやれ。面白おかしく昔話もできないのかね?」


「生憎、親友の名を騙るクソ野郎に話す言葉は持ち合わせてはいないんでね」


「はぁ・・・・。では、しょうがない。本題に入らせてもらうとしよう」


「本題、だと?」


「ああ。先程、私の配下が言っていたことは覚えているかな?」


「オレたちの背後にいる、あのガキを寄越せだとか何とかっていう話か?」


「そうだ。ぜひ、我々の要求に素直に答えてもらいたいところだ」


「断れば、どうなる?」


「こうなるぞ」



 その瞬間。

 オスカーの手首が、持っている剣ごと斬り落とされた。



「な、に・・・・?」



 ボトッと鈍い音を立て、手首は地面へと転がり落ちていく。

 そしてその後、傷口から弧を描くように血飛沫が舞い上がった。

 その光景に瞠目したオスカーは、甲高い悲鳴を上げる。



「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」




 瞬時に彼の懐に入り腕を斬り落としたロクスは、愉しげにオスカーへ笑いかける。



「クックックッ、思ったよりも良い声で鳴くじゃないか。心地よい響きだ」


「オ、オスカー!!!!」



 リズは騎士を押し除けてオスカーの近くに駆け寄ると、骨が飛び出した手首の斬り口にそっと手を添える。

 

 そして、即座に治癒魔法を発動させた。



「ミディ・ヒール!!」



 詠唱が終わると、手首の傷口は縫合したかのように塞がり、噴水のように飛び散っていた血飛沫の流れは止まる。


 見た目は不格好だが、これで一応、出血は防げることだろう。



「わ、悪い、リズ」


「いえ・・・・」



 リズは魔法が効いたその様子にホッと、安堵の息を吐く。


 そんな彼女に対して、騎士は馬鹿にしたようにパチパチと拍手を送った。



「素晴らしいじゃないか、リズ。私が騎士団に在籍していた頃は、中位治癒魔法など使えなかったというのに。よく成長したものだ」


「あ、貴方は、いったい・・・・いったいなんなのですか!?」



 振り向き、怯えた顔をして叫ぶリズに、騎士は不思議そうに首を傾げる。



「今更何を言っている? 私はロクス・ヴィルシュタイン。お前たちが見殺しにした、哀れな騎士のひとりだよ」


「う、嘘です!! 彼は死んだ!! 私とオスカー、それにミトナも、彼が処刑されたあの場にはいたのですから!!」


「クックックッ。確かにそうだったな。あの処刑場のことは未だに忘れはしない。首が斬り落とされ、宙を舞う刹那。私が最期に見たのは、観衆の中に紛れこちらを見つめるお前らの姿だった」



 そう言って一歩前に踏み出したロクスは、ぐちゃりと、地面に落ちていたオスカーの手の甲を踏みつける。


 そして、グリグリと力を込めて踏みつぶすと、手の中に詰まっている肉をぺしゃんこにした。



「な、何、を・・・・?」


「お前らは、自分たちが恨まれていないとでも思っているのかね?」


「え・・・・・?」


「国に訴えることもせず、上からの圧力に屈し、仲間を見殺しにしたことに何の罪も抱いていないのかと聞いている」


「つ、罪? ま、待ってください!! 私はーーーー」


「リーズレット・ゲルス・ウィンディアム。お前の命を消すことは簡単だ。だが、それだけでは私の怒りは治まらない」



 そう口にすると、騎士は威圧するようにリズの顔の前に立つ。

 彼の手には、オスカーの手首を斬り落とした剣が、固く握られていた。



「さて、大罪人であるお前に慈悲深き2つの選択肢をやろう。ひとつは、私の奴隷となって生涯を賭けて罪を償うこと。もうひとつは、地獄の苦しみの果てに死ぬか、だ」


 月明かりが反射して光る剣を、騎士はリズの首元に当てる。

 その身からは、弱者を痛ぶることに悦びを感じる、サディスティックな気配が漂っていた。



「そんな、班長、私、私は・・・・あ・・・・・ああぁッ・・・・!!!!」


「落ち着け! リズ! あんな奴の言うこと、間に受けるんじゃーーーーー」



 オスカーがそう叫んだ、次の瞬間。

 突如、黒い人影が一筋の線となって狭い路地に走った。


 その疾風の如き速さで現れた襲撃者に、騎士は低い呻き声を上げ、硬直する。


 そして襲撃者は難なく騎士の背後に辿り着くと、鞘から剣を引き抜き、それを容赦なく騎士へ向けて放った。



「お前、は・・・・!?」


「悪いな。運が無かったと思ってーーーーここで死んでくれ」


「・・・・・ロクス様ッ!?」



 数秒にも満たない刹那。

 襲撃者は短い会話を終えると、騎士の胸部と腹部の間にある甲冑の隙間に剣を差し込んだ。


 そして、そのまま剣を横に薙ぎ、騎士の身体を真っ二つに両断した。


 

 「なん、だと・・・・!?」


 

 驚愕の声を上げながら、騎士は為す術無く地面へと転げ落ちて行く。

 

 そうして静寂に包まれた空気の中、ドシャリという音が周囲に鳴り響くと同時に、二つに分断された死体が大地に転がった。


 一瞬で決着が着いたその戦いの光景に、リズとオスカーの2人はポカンと口を開け呆然とする。



「大丈夫か、2人とも」



 分断された騎士の死体の背後から、白銀のプレートメイルに長い藍色の髪を垂らした女性が現れる。

 彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、倒れ伏す2人の元へと向かって行った。



「あ、貴方は・・・・!?」



 2人は驚愕する。

 何故ならそこに立っていたのは、普段は宿舎に引きこもりっぱなしの、王国騎士団副団長、レヴィニア・エイン・アルケティウスその人だったからだ。



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