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幕間 大貴族たちの会合



「首なしの騎士、か」



 王国では、今、その名を知らぬ人間は殆どいない。

 いるとしたら、国政に興味のない浮浪者か、または辺境の地に住む農民くらいのものだろう。


 何故なら首なしの騎士は、現状、王国にとって最大の敵といえる存在だからだ。


 

「本当に、信じられない状況だ」



 たった1匹の魔物によって王国の重鎮である六代貴族は二人も殺され、かの屈強と名高いクライッセ憲兵団は皆殺しにされてしまった。


 挙句に、Bランク冒険者も難なく殺害される始末。


 冒険者ギルドが定めた首なしの騎士の推定討伐ランクはA。


 実際にはもっと上だという声もあるが、Aランクといえばひとつの町を滅ぼす可能性があるドラゴンやトロールといった強大な魔物と肩を並べるレベルだ。


 十分、埒外の怪物といって良い水準だろう。


 はたしてどうすれば、そんな恐ろしい魔物を倒せるのだろうか。


 王国の騎士と冒険者たちを総動員しても、確実に倒せるかどうかは分からない。


 現状、国としては完全に対処し切れないというのが答えだった。

 


 だが、だからと言ってーーーーー。



「諦めるわけにはいかない」



 自分は近いうちに王国諸侯になる身だ。

 大貴族に名を連ねる以上、国家に仇なす敵は全力をもって討ち滅ぼさなければならない。

 それが、貴族に産まれた者の責務というものだ。



「アグネリア家の次期当主として、新しい戦略を考えたいところだが・・・・」


 

 アンデッドは大抵が知能が低いというから、罠か何かで奴を捕らえることはできないだろうか。

 しかし、超常の魔物が落とし穴などの単純な罠に嵌る姿など想像もできない。

 貴族ばかりを狙っているところから、ある程度、知能が働くという様子も窺える。


 まず、単純な子供騙しでは歯が立たない相手だろう。



「全く。何も策が思い浮かばないというのは歯痒いものだな」



 苛立ち気味に髪を掻き毟る。

 そうして首なしの騎士について頭を悩ませていると、突如、前方から声が掛けられた。



「よぉ、ベルグネス! 久しぶりだなぁ!」


「こんにちわ」


 

 長髪の男と、緑の髪をした小柄な女が前から歩いてくる。


 宮中の廊下で、出会いたくはない2人に出会ってしまった。


 本来だったら無視しておきたい相手だが、王が住う宮中で騎士を蔑ろにする行為は、賢い選択とは言えない。


 嫌々ながらも、ボクは彼らに声を掛けるべく口を開く。



「・・・・オスカー・グライトスに、リーズレット・ゲルス・ウィンディアムか。まさか、今日の宮仕えの騎士が君らだったとはね。いやはや、ボクもついていないな」


「相変わらずお前はツンツンしてんなぁ。訓練兵で同じ班だった頃はもっと柔らかかっ・・・・いや、今と何ら変わってねぇか?」


「オスカー、無駄話はそれくらいに」


「おぉ、そうだった! そうだった! ベルグネス、お前にちょっと聞きたいことがあったんだよ」


「ボクに聞きたいこと? 何かあるのなら早くしてくれたまえ。この後、六代貴族の諸侯らとの会食が控えているんだ」



 そう急かすと、オスカーは珍しく真剣な顔をして、真っ直ぐとこちらに視線を向けてくる。



「なぁ、首なしの騎士について何か知らないか?」


「首なしの騎士だと? それは先月、父が殺された件と何か関わりがあるのか?」


「ああ、ある。オレは今、奴を追っているんだ。だから、何か新しい情報があったら教えて欲しい」


「情報、ね。悪いが、世間で公表されている情報しかボクも知らない。父とその配下の貴族たちが殺された屋敷にも、何の形跡も残されてはいなかったそうだよ」


「そう、か。悪いな、引き留めちゃって」


「全くだ。じゃあな」



 その場を立ち去るために、足を進める。

 だが、ひとつ気掛かりな点を見つけたボクは、いつの間にか歩みを止めていた。



「・・・・何故、奴を追っている?」


「これは驚いた。ベルグネスが他人に興味を持つなんてな」


「良いから答えろ」



 そう強く言葉を返すと、オスカーは佇まいを正した。



「あの魔物が、クライッセ卿の奴隷を皆殺しにしたのは知っているだろ?」


「勿論だ。奴が憲兵団だけでなく、奴隷たちも殺害した話は有名だからな」


「・・・・その奴隷の中に、オレの恩人がいたんだ」


「成る程。仇を討つため、か」


「おかしいか?」


「いや、おかしくはない。おかしいのはきっと、ボクの方だ」


「え?」



 そう言葉を残し、その場を去る。

 恐らく、大抵の人間は親を殺されたら怒り、憎悪を膨らませることだろう。

 だが、自分はーーーーせいせいしていた。


 ボクの父、アグネリア侯爵は異常だった。

 屋敷で魔物を飼い、領民をそいつの餌として、美しい娘を拾ってきては魔物に凌辱させ見せ物にしていた。


 そのような狂った所業を繰り返し行った結果、アグネリアの都は廃墟と化した。

 今ではあの街には誰も住んでいない。

 いるとしたら、夜盗か魔物くらいなものだろう。


 父を思い出す度に、廃墟の街を思い出す度に、沸々と怒りが湧き立つ。

 ボクにとって父親は、自分の血脈を汚した唯一の汚点だった。



(おっと、いけない。いけない。諸侯の前では常に笑顔でいなくてはな。ボクはこれからアグネリア家の当主として、六代貴族の仲間入りをするのだから。他貴族の皆様方にも、好印象を与えておく方がベストだろう)



 そうして、顔に笑みを貼り付けさせたまま、長い廊下を歩き続ける。

 そして、数分後。

 ボクはついに、王国諸侯が集まる部屋の前に辿り着いた。



「スゥーッ、ハァーッ」



 心を落ち着かせるために、長い深呼吸をひとつする。

 手鏡を取り出し、事細かに身嗜みもチェックする。

 そして、問題がないことを確認したボクは、意を決してドアノブに手を掛け扉を開いた。



「失礼致します。先代アグネリア家当主の嫡子、ベルグネス・オーウェン・アグネリアです。皆様、これからどうぞよろしくお願い申し上げ・・・・え?」



 思わず間の抜けた声を出してしまう。

 何故ならそこには、六代貴族の4人とーーーー真っ青な帝国の軍服に身を包んだ、敵国の将軍が居たからだ。




「い、いったいこれは、どういう・・・・?」


「あぁ、ベルグネスくんは初めてだからね。驚いたことだろう」



 痩せ細った長身の男が、ソファーに座りながらニコリとこちらに笑みを向けてきた。

 彼は六代貴族の一角、軍務大臣を担当しているバルバロス伯爵だ。


 バルバロス伯爵は笑みを浮かべたまま、向かいのソファーに手を差し伸べて、ボクに座るよう促してきた。

 目上の、それも六代貴族のリーダー格である彼の指示を断るわけにはいかない。


 ボクは恐る恐る、彼の前のソファーに座った。



「さて、どこから説明したら良いかな」



 そう言って顎に手を当てたバルバロス伯爵は、テーブルに置いてあるコーヒーカップの縁を左手の指でなぞった。



「ベルグネスくん、そもそもね、帝国なんて国はこの世界には存在しないんだよ」


「・・・・・はい?」


「信じられないのも無理はない。帝国という国は西の山脈の向こう側に実際にあるからね。そこに住う人々も、自分たちは帝国の人間だと信じている。でもね、事実は違う。帝国はーーーー王国が作り出したまやかしの国なんだよ」


「い、言っている意味が、よく・・・・?」


「そうか? じゃあ、分かりやすく言おう。帝国という国は、当の昔に滅んでいる。皇帝の血脈もとっくに途絶えていて、今存在するあの国はただの張りぼてでしかない。帝国政府も王国に寝返っているし、帝国を裏で操っているのは我々王国諸侯。理解したかね?」


「な、何のために、そんなことを・・・・?」


「張りぼての国っていうのは、色々と利用価値がある。まず、帝国が健在であると周囲に示せば、遥か西にある共和国を威圧できるんだ。彼らは帝国領に足を踏み入れられない条約があるからね。効果は覿面さ」


「な、成る程。ですが、王国と帝国の戦争は頻繁に起こっていましたよね? あれはいったい・・・・」



 そう口にすると、バルバロス伯爵は目を輝かしてボクを見た。



「我々六代貴族が現在、かの王陛下よりも国の実権を握っているのは知っているね?」


「・・・・はい」


「それは、帝国軍というバックアップがあればこそのこと。騎士団との小競り合いも我々王国諸侯の力を示すための示威行為。あとは・・・・帝国軍の侵略という名目で、王派閥の貴族を殺したり、とかね」



 そう言ってニヤリと笑うバルバロス伯爵に、思わず怖気だった。


 過去に騎士団に所属していたから分かる。

 戦争というものは、決して国の権力争いで起こして良いものなどではない。


 バルバロス伯爵が単なる小競り合いと呼ぶその戦で、いったい何人の仲間たちが死んだことか。


 死にたくないと言って亡くなっていく仲間たちのあの光景は、未だに忘れることはできない。


 膝の上の拳に、自然と力が入る。



「どうしたのかな? ベルグネスくん」


「・・・・いえ、すいません。帝国が王国の支配下に入っていたという事実に、驚きを隠せなくて・・・・」


「はっはっはっ! 無理もないね。さぁ、今夜は色々と語り合おうじゃないか。君も我ら六代貴族の仲間になるのだからね。従者たちよ! 彼に食事を持ってきたまえ!」


 高らかに笑う、バルバロス伯爵。

 他の六代貴族の面々も、戦争を起こすことに何の問題も感じてはいなさそうだった。



(まさに、外道の巣窟だな)



 この時、ボクは決意した。

 平和のために死んでいった仲間のためにも、必ず、この腐った国を内から変えてやると。

 

 あのいけすかない班長、ロクス・ヴィルシュタインの無念を晴らしてやると、そう、決めた。

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