第3章 回想 騎士たちは剣を掲げる ⑪
漆黒のローブの男から、突き刺した剣を引き抜く。
すると、男は不気味な笑みを浮かべたまま、静かに地面へと倒れ伏した。
「ど、どうして、お前らがここに・・・・?」
オスカーは困惑げな表情で、掠れた声を上げる。
いつもクールな様子を見せる彼が、今では眉を八の字にし、切れ長の目をクワッと見開いていた。
そんな普段とは違う姿に、俺は思わず笑みを溢してしまう。
「どうしてって、君を助けにきたんだよ」
「助けに? い、いや、騎士団への報告はどうしたんだ?」
「悪いがオスカー、話は後だ。・・・・ミトナ!」
そう言葉を発した直後。
不思議そうに小首を傾げるオスカーの前に、1人の少女が飛び出していった。
彼女の手には、年若い少女が持つには不釣り合いな巨大な斧が握られている。
「どおりゃああああああああああッ!!!!」
ミトナは咆哮を上げると、オスカーの周りを囲む信者たち目掛け、ブンブンと巨斧を振り出す。
一見、乱雑な動きに見えるその斧には、相手に対する明確な殺意が含まれていた。
「ぐぁっ! ま、待て! やめろ!」
「た、退避だっ! 逃げねば殺されるぞ!」
連続で繰り出される強烈な斧の旋風に、信者たちは皆、恐怖の感情をその顔に浮かべる。
オスカーを拘束する男たちもそれは同様で、彼らは阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら一斉に後方へと退却していった。
「フッ、やるなミトナ嬢。これは、我輩も負けてはいられぬな!」
「待ちなさいルーヴェル! 貴方はオスカーを連れて地上へ・・・・って、もう!」
逃げる信者たちを追いかけて行くルーヴェルに、リズは呆れたため息を吐く。
だが、すぐに気を取り直したのか、彼女は倒れ伏すオスカーに近付き治癒魔法を発動させた。
「ヒール! ・・・・全く、ボロボロにやられましたね、オスカー」
「す、すまねぇな、リズ。助かった」
傷が完治して立ち上がるオスカーに、リズは左右に頭を振る。
「お礼を言うなら私ではなく班長にお願いします。貴方を助けることを決めたのは彼なのですから」
「そう、か。そうだな」
リズのその言葉に、オスカーが前に立つ俺へ視線を向けた。
「・・・・班長、ありがとう。だが、何故オレを助けに来たんだ? 身勝手な行動をする部下など、気にしなくても誰も責めないというのに」
俺に掛けられたその声には、疑問や混乱といった感情が多く含まれていた。
恐らく彼は、ひとりの人間を助けるために班全体を危険に晒した俺の行いが理解できなかったのだろう。
訓練兵を束ねる立場の人間として行動するのならば、班の安全を優先するのが正しい選択だ。
彼の言う通り、騎士団に報告するのがベストな選択だったのは間違いないだろう。
きっと、俺と同じ立場であるギルベルトとレヴィニアも、このような選択は絶対にしない。
これは誰がどう見ても、明らかな判断ミスだ。
だけど、それでも俺はーーーーー仲間を見捨てることは、絶対にしたくはなかった。
「あの後、地上に戻って通りを歩く人にここのことを騎士団に伝えるよう話しておいた。だから俺たちは、騎士が来るまでの間、オスカーに加勢することにしたんだ」
「なッ!? オ、オレは個人的な理由で教団のアジトに足を踏み入れたんだぞ!! お前らが危険を侵す理由はないだろうがっ!!」
「うん。ないね。だけど、君は俺の班に必要な男だ、オスカー。班長として、俺についてきてくれる人間をむざむざ死なせる訳にはいかない」
「班長・・・・お前はーーーーー」
「あああああああああああああああッ!!!!!」
オスカーが何かを口にしかけた直後。
けたたましい叫び声が、背後から聞こえてきた。
「なッ!?」
振り返ると、そこにはーーーー悪鬼が立っていた。
頭に剣を突き刺さして殺したはずのその男は、顔を憤怒に歪め、こちらをギロリと睨み付けている。
彼の額に、剣によって開けられた穴は見当たらない。
漆黒のローブをユラユラと揺らしながら、男は両手に拳を作り、それをそのまま天に突き出した。
「糞があああああッ!! またしても、騎士、騎士、騎士・・・・もうウンザリだああああッ!!!!! オマエラの白銀に輝くプレートメイルを見ているだけで虫酸が走る!!!! この押し付けがましい正義の代弁者共がッ!!!!」
拳を握り、地面に足を叩きつけ熾烈な地団駄を始めるローブの男。
彼が踏み付けた後の床は、木板がべっこりと折り曲がり、粉々になった木片が辺りに散乱していた。
(・・・・なるほど。人間離れした怪力、か。それに、頭を破壊しても即座に回復する謎の治癒力。やれやれ、中々にぶっ飛んだ化け物みたいだな)
剣を構え、漆黒のローブの男に対して俺は臨戦態勢を取る。
そんなこちらの姿を見て、ローブの男は可笑しそうにホホホと不気味な笑い声を上げた。
「実に良い闘気、それに良い表情ですねぇ。ですが、その顔もすぐに恐怖で染まる。恐怖を知れば貴方にも分かるはずだ。ワタシたちがいかに、尊い存在であるかを!!!!」
そう叫ぶと、背中を丸め、ローブの男はこちらに突進してきた。
向かってくる彼の手には、武器は無い。
ローブに隠している可能性もあるが、オスカーの怪我を見るに、素手による攻撃が得意な敵と見て良いだろう。
俺はスティールソードを斜めに構え、いつでもカウンターができるよう攻撃に備えた。
だがーーーーー。
「ホホホーーッ!!!!!!」
ローブの男は俺の剣の側まで来ると、突如、その動きを加速させる。
(なっ!? は、速い!!!!)
男は蛇のようにニュルリと体を滑らせ剣の下を掻い潜ると、そのままガラ空きの俺の顎に向けて拳を放った。
「くっ!」
体を捻り、何とかその攻撃を回避する。
だが、男は追随するように次の拳を放った。
気付いた時には、神速の如き拳が雨のように視界全体に降り注がれる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!!!」
視界に広がる拳の海に為す術なく、俺はただ殴られるしかなかった。
そして手摺りのある端へと追い詰められ、結果、二階から一階の聖堂へと叩き落とされた。
「うわぁッ!!!!」
7メートル程の高さから地面に激しく落下する。
鉄製の胸当てを装備していたからか、反動で胸部を鎧に強く打ち付けてしまった。
そのせいで、肺が圧迫されて上手く呼吸ができない。
身体の節々にも鈍い痛みが走り、脚を動かしただけでも関節に強烈な痛みを感じてしまう始末。
かなり深刻なダメージをその身に刻まれてしまった。
「うぐぐっ・・・・」
「痛いですかぁ?」
ローブの男は二階から静かに飛び降りてくると、苦しむ俺の様子を見て、ニッコリと慈母のような微笑みを浮かべる。
「どうです? 怖かったしょう? 特に、高いところから落ちるというのは人間の根源的な恐怖を煽るというもの。さぁ、ワタシに貴方の感情の変化を見せなさい!!!! 貴方という人間を曝け出すのです!!!」
「人間を、曝け出す?」
「そうです!! 死を目前にし、恐怖した姿こそが本来の人間という生物なのです!! 死を忘れ、のうのうと生きるのは家畜のすること!! さぁ、貴方は今、家畜から産まれ変わる時なのです!! 我々と同じ、真なる人間におなりなさい!!!!」
男は狂気に満ちた目を吊り下げ、高笑いする。
流石は、王国有数の犯罪組織である邪神教団に属する人間だ。
暴力を振るうことに、一切の迷いが見て取れない。
加えて邪悪な魔王に心酔し、人を苦しめることが神への信仰に繋がると信じて疑わない狂い様。
目の前のこの男を狂人と呼ぶのに、些かの躊躇もなかった。
「クッ・・・・」
男の邪悪なその成り立ちを捉えた瞬間、殺せ殺せ、と、俺の中で誰かの声が木霊し始めた。
こいつを殺さなければ、また奪われるぞと、誰かが盛んに俺を急かしている。
"お兄、ちゃ、ん・・・・"
ふいに、幼子が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
その瞬間、忘れられない冬の日のある光景が、脳裏にフラッシュバックする。
そして、俺の中の何かがザワザワと蠢き出した。
「クハハハハハハハハハハッ!!!!!」
痛む身体を無理矢理立たせ、俺は嗤う。
眼前に立ちはだかるこいつは、明確な"悪"だ。
他人を傷付けることに一切の躊躇がない、頭のイカレた宗教家。
この男が生きている限り、王国に真の平和は訪れないだろう。
こいつは、この国に居てはいけない。
こいつは、俺の大切なものを奪っていく可能性がある。
そう、だから、こいつはーーーーここで、殺さなきゃならない。
「ロクス、班長・・・・?」
突如笑い出した俺に困惑したのか、二階からリズの小さな声が聞こえてくる。
だが、今はそんなものに気を取られている場合ではない。
1分1秒でも早く、目の前のニヤけ面をこの世から消さなければ。
「ホ? 貴方、先程と何処か雰囲気が変わりましたかね?」
「・・・・いやなに、お前を殺す理由を見つけられてホッとしているんだ」
「ワタシを殺す? ホホホ。ワタシは魔王様から不死の力を貰った不滅の存在です。何人たりともワタシを消滅させることはーーーー」
陽気に喋るローブの男の懐に飛び込み、一閃。
俺は、刃を放った。
すると、男の右腕がコロンと、無造作に地面へ落ちていく。
その光景に彼は目を見開き、叫び声を上げた。
「ああああ゛あ゛あ゛あああああッ!?」
「では、お前が死ぬまで細切れに切り刻んでみたらどうかな? 肉片になってまでも生きているのだとしたら・・・・それはそれで面白い」
剣を横に振り、刀身に付いた血を払う。
すると、ピシャリと赤い血液が地面を濡らした。
「何だ、化物といえども血は赤いのか」
「貴様、貴様貴様貴様ーッ!!!!」
腕を斬られ激昂する目の前の男に、俺の中に潜む小さな闇が、不気味に嗤った気がした。
ブックマークや評価本当にありがとうございます!
更新の励みになっています!
次話も読んでくださると嬉しいです!




