第3章 回想 騎士たちは剣を掲げる ⑤
「ふわぁ・・・・」
ベッドから起き上がり、口に手を当て大きく欠伸する。
騎士団への入団を終え、1日後。
俺は騎士団宿舎内にある寮に宿泊し、現在そこで朝を迎えていた。
「今、何時だ?」
枕元に置いてあった置き時計へと手を伸ばす。
騎士団の朝は早い。
早朝午前5時には団員全員が宿舎前に集まることが義務付けられており、それを破ると罰則が下る。
なので、初日早々に訓練兵、尚且つ班長が遅刻なんてしたら、大変な目に合うのは明らかだ。
騎士団に所属する以上、定められたルールには遵守しなければならない。
「って、何だ、まだ4時か」
手に取った時計の針は、午前4時を指し示している。
目の前のその時刻に安堵し、俺はホッと息を吐いた。
「ロクス班長、おはよう」
ふいに、2段ベッドの下から声が掛けられる。
その声が発した下方に視線を向けると、そこには鎧甲冑を着込んだ青年が立っていた。
「おはようルーヴェルくん。ところで・・・・何でこんな朝早くから防具一式装備しているの?」
「フッ。我輩は早朝にひとっ走りするのが日課でな。鎧を着ると良い重量トレーニングになるのだ」
「そ、そうなんだ?」
困惑の表情を浮かべる俺を他所に、ルーヴェルは兜の隙間から爽やかな笑みを浮かべると、ドアノブに手を掛ける。
「では、少しばかり走ってくる。あぁ、朝の集会までには戻ってくるから安心すると良い」
「あ、うん。いってらっしゃい・・・・」
そうして、彼、ルーヴェル・イクシプロンは颯爽と寮を飛び出して行った。
ルーヴェルは俺が所属する第二班の仲間であり、寮部屋のルームメイトだ。
訓練兵の寮は同班の者と二人一組が基本になっているので、昨日、俺と彼は互いに相部屋を組むことになった。
正直、俺は彼と相部屋になれたことにホッとしている。
何たって第二班には、俺が班長になることに反感を抱いている者が多いのだ。
もし彼らと相部屋を組む事態になっていたら、最悪な空気の中日々を過ごすことになっていただろう。
流石に寮部屋にまで人間関係のいざこざを持ち込みたくはないので、俺に嫌悪感を抱いていないルーヴェルと組めたことはまさに救いだった。
「さて、朝食でも食べに行くか」
梯子を使ってベッドから降りる。
そして寝間着を脱ぎ、訓練兵用の衣服を身につけた俺は、そのまま寮を出て食堂へと足を進めた。
「おはよう、ロクス」
「え?」
食堂に着き、カウンターから用意されていた食事を手に取ると、突如背後から声をかけられる。
トレイに乗っているパンとスープを落とさないようにして後ろを振り向くと、そこには第1班班長である金髪の青年、ギルベルトが立っていた。
「良かったら一緒に食事を摂らないか? ぜひ一度君と、いいや、班長全員で話がしたい」
「良いけど・・・・全員?」
「あぁ。レヴィニアにもさっき声を掛けたんだ。ついてきてくれ」
彼の後ろを歩き、食堂の最奥にある窓際のテーブル席に到着する。
テーブル席には、腕を組み口をへの字にしているレヴィニアの姿があった。
俺は恐る恐る、彼女の向かいの席へ腰掛ける。
「お、おはようございます、レヴィニアさん」
「・・・・ロクス・ヴィルシュタインか。どうやら貴様もこの男に捕まったようだな」
そう口にすると、彼女は俺の隣に座ったギルベルトへ鋭い睨みを利かせた。
その瞳には猜疑心が多分に含まれている。
「それで? ゼクトレイシアのお坊ちゃんはいったい何を企んでいる? 朝から班長2人を集めるとは余程邪な狙いがあるのだろうな?」
「お坊ちゃんって・・・・僕と君は2歳しか違わないじゃないか」
「フン。剣聖の一族など皆総じて甘ったれのお坊ちゃんだ。お前らは生まれつきの才能に溺れ、努力をしないただの落伍者だからな」
「レヴィニア、君たちアルケティウスの人間が剣聖の家を目の敵にしているのは分かる。だけど、どうか今は家同士の禍根は忘れ、僕を騎士団の仲間として受け入れてくれないか」
「ハッ、笑わせてくれる。アルケティウスの次期当主であるこの私に剣聖の貴様と手を繋げと? 残念ながら未来永劫不可能な相談だな」
朝食の場とは思えない一触即発な空気が、そこには漂っていた。
周囲で食事を摂っていた訓練兵たちは皆その殺伐とした雰囲気に怯え、次々に席を立っていく。
俺はというと、ただ唖然としながら、2人の顔を交互に眺めることしかできなかった。
「・・・・・レヴィニア、君の考えは分かったよ」
「理解して貰って何よりだ。では、さっさと本題を話せ。まさか朝食の場に班長2人を揃えて、世間話をする気ではあるまいな?」
「僕が君たちを朝食に誘った理由は、単に2人と交流を持ちたかったからだよ。個人的に他班の様子も気になるところだしね。情報を共有した方が君たちも何かと助けになるんじゃないかな」
ギルベルトがそう口にした瞬間、バンという大きな音を立て、レヴィニアが席を立った。
「他班の様子が気になる? 情報を共有した方が何かと助けになる? おいおい、貴様はもうすでに騎士団長にでもなったつもりか?」
「そんな気はないよ。けれど、第1班班長はこの僕だ。いずれ騎士団長になる身としては、全体のことは考えていかなければならない」
「そら見たことか。他者に対する優しさの下にゼクトレイシア特有の傲慢さが滲み出ているぞ? 自尊心を満たしたいのなら第1班の手下共にでもするが良い」
「傲慢・・・・僕はただ君たちのことを思ってーーーー」
「私に手助けは不要。ロクス・ヴィルシュタイン、貴様も騎士団長を目指しているのなら、この男に近付くのはやめることだな」
そう言葉を残し、レヴィニアはトレイを持って去って行った。
後には何とも言えない微妙な空気が立ち込める。
「はぁ。やっぱり、僕と彼女は馬が合わないみたいだ」
大きなため息を吐き、机にうつ伏せになるギルベルト。
俺は食事を摂りつつ、気になっていた質問を彼にぶつけてみることにした。
「ギルベルトくんとレヴィニアさんの家は、その、仲が悪いの?」
「ギルベルトで良いよ、ロクス。うん、僕の家と彼女の家は古くから犬猿の仲でね。特にアルケティウスの人たちは僕たちゼクトレイシアを目の敵として扱うんだ」
「古くからってことは、過去に何かあったとか?」
「ロクスは"ヘリワードの冒険"って冒険譚を知っているかな? その主人公、ヘリワードは勇者三傑と呼ばれる仲間を連れて魔王を倒すんだけど・・・・」
数秒沈黙を挟み、彼はどこかばつが悪そうに話を再開した。
「その勇者三傑の内の1人、聖女マリアンをヘリワードは冒険の途中に誤って死なせてしまうんだ。そのマリアンの子孫がレヴィニアで、ヘリワードの子孫が僕って訳さ」
なるほど。
歴史的過去のしがらみから、彼らの家同士は仲が悪いのか。
恐らくレヴィニアは、幼少の頃からゼクトレイシア家を敵として見るように教わってきたのだろう。
彼女がギルベルトに過剰な反応を示すのも、古くから根付いた家の事情ということなら肯ける。
「そういった家同士の問題があるから、僕とレヴィニアは犬猿の仲なんだ。だから何かあった時、彼女との橋渡しを君にしてもらっても良いかな?」
「は? 俺ッ!?」
「うん。同期で他に中立な立場の人はいないし、他班の班長である君が適任だ」
「いや、いやいや、俺、彼女とは全く仲良くないよ? 昨日なんて決闘申し込まれた身なんだし!」
「あはははっ! 昨日の決闘は凄かったね。まさか模造刀を一刀両断するなんて、本当に驚いたよ。・・・・うん、やっぱり君が橋渡しに最適だ」
「いや、戦闘技術と橋渡しはどう頑張っても結び付かない気がするんだが・・・・」
「それがそうでもない。レヴィニアはあまり他人を認めるタイプじゃないんだけど、先程の様子を見るに、どうやら君は彼女の信頼を勝ち取っているように見えたからね」
「何で、そう思う?」
「最後にロクスに忠告していただろう? あれは彼女にとって珍しい発言だった。恐らく、先日の決闘で、幾らか君に友情が芽生えているんじゃないかな」
「ゆ、友情?」
周囲の者を射殺さんとばかりの刺々しいオーラを纏うあの少女が、果たして俺に友情など持ち合わせるのだろうか。
正直、彼の言っていることは到底信じられそうにない。
「何だかんだ言って、レヴィニアと僕は王国でも有数の騎士の家系だからね。幼い頃から国の行事とかで彼女とは何度も顔を合わせていたんだ。だから、あの子の性格はよく知っているよ」
そう、どこか寂しそうな表情をして、ギルベルトは言葉を紡いだ。
話に聞く限り、彼らは普通の幼馴染みとは呼べそうに無い関係だった。
きっと、昨日出会った幼馴染みの3人とも、俺と故郷にいるあの少女とも違う。
ギルベルトとレヴィニアは、お互いの家の事情を挟んだ、とても複雑な関わり合いをしてきたのだろう。
平民の俺にとって、その歴史は計り知れない。
「さて、もうすぐ朝の集会の時間だ。僕は先に行くことにするよ」
「あっ、俺も・・・・って、げっ!」
テーブルにあるトレイには、まだ多くの料理が残されていた。
ついつい話し込んでしまい、食事が全く進んでいなかったようだ。
俺は急いでパンを口に詰め、一気にスープを流し込む。
「じゃあ、また後で会おう、ロクス」
「了解! ゲホッ、ゴホッ」
そう口にし、ギルベルトは席を立つ。
こうして、初めての班長同士の交流会は静かに幕を終えた。
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