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第1章 首なしの騎士 ②



 冒険者ギルドの中央に聳え立つ、高さ5メートルはあるだろう巨大な掲示板には、多くの依頼書が隙間なくびっしりと貼られていた。


 その内容の全ては、魔物に関する討伐依頼。


"毎夜農場に現れては、作物を荒らす大鼠の群れを退治してください"


とか、


"庭に住み着いたマンドラゴラの騒音のせいで眠れない!何とかしてくれ!"


 といった内容が多く、目に入る範囲では直接命に関わりそうなものは見当たらない。


 これらの依頼の討伐難易度は最低であるEランク。


 攻撃魔法をあまり習得していない私でも普通に対処できそうなレベルだ。


 とりあえず、何とか駆け出しの冒険者としては活動して行けそうで、安堵する。


 最低限の依頼もこなせないのであれば、故郷に帰ることも視野に入れていたのでその分喜びは大きい。



「えっと、他の依頼は・・・・」



 もしかして、Dランクくらいのものならこなせるのでは?


 そう調子付いた私は、Eから上のランクの依頼内容を確認しようと掲示板へ視線を巡らせていく。


 すると、そこである違和感に気が付いた。



「あれ?今ここに貼ってあるのって、もしかしてEランクの依頼書しかない・・・・?」



 掲示板には、少なくとも同じようなレベルの依頼書しか見受けられない。


 不思議に思った私は、思わず首を傾げてしまう。



「そこにない仕事は、朝のうちにみんな取っていっちまうのさ。早い者勝ちだからね」


「え?」



 予期しない答えに驚いた私は、急いで声がした背後へと視線を向ける。


 すると、そこには、眼光が鋭く壮健な顔立ちをしている長身の女性が立っていた。


 年齢は20代半ばくらいだろうか。


 胸部まで伸びた綺麗な赤い髪をヘアゴムでひとつにまとめ、右肩から流している。


 腰のベルトから垂れ下がっている長剣の鞘からして、戦士職の人間だということが伺えた。


 けれど、注目すべき所はそこではない。


 彼女が装備している鉄製のプレートメイルが、一際存在感を放っていたからだ。


 銀で施された見事な装飾のそれは、決して並の冒険者が手に入れられる代物ではない。


 高価な装備から察するに、この女性が上位の冒険者であることが分かった。



「あたしはアリッサ・ベルガ。あんた、さっき入ったばかりの新人だろ? 名前は?」


「ルメリア・エクネメットです。よろしくお願いします」



 私は、きっちり90度に頭を下げる。


 先程受付嬢に聞いた話だが、どうやら今日冒険者になった人間は私だけのようだった。


 そう、考えるまでもなく彼女は先輩である。


 ここは下手に行った方が良いだろう。


 長い物に巻かれろとまでは言わないが、新たな環境で安易に敵を作ってしまうのは良い行為とは言えない。


 できる限り相手の印象を良くしておいた方が利口だ。


 と、そんなことを考え身構えていた私だがーーーーその思いは呆気なく杞憂で終わることになる。



「いいっていいって、そんな固くなるなよ!」



 ガハハハと豪快に笑いながら私の肩をバンバンと強く叩くアリッサさん。



「なぁ、お前、その服装からして修道士だよな? 治癒魔法使えるか?」


「は、はい。簡単なものであれば使えます」



 私は両親を失ってから、修道院に併設されている孤児院で育ってきた。


 そこで修道士としてある程度の魔法を学んできたので、治癒魔法なら幾つかは扱える。


 といっても低級魔法しか使えないので、決して自信があるとは言えない腕前だ。



「習得しているのは、低位治癒のヒール、状態治癒のレジストキュア、あとは物理ダメージを軽減するライトバリアといったものですね」



 私のその答えに落胆の表情を見せると思っていたのだが、意外にもアリッサさんは口元をニヤリと吊り上げていた。



「よし、決めた。お前、あたしと組む気はないか?」


「へっ!?」



 驚きのあまり、体が硬直する。

冒険者になった初っ端から、パーティに誘われるとは思っていなかったからだ。


 冒険者は基本的に、高い難易度の依頼を達成するためにパーティを組む。


 高難易度依頼の報酬は他の依頼に比べ圧倒的に報酬が多く、それを目当てに挑む者も多い。


 だが、当然そういった依頼の魔物は強力な力を秘めているので、下手をすれば自身の命を失うことにも繋がってしまう。


 だからこそ、冒険者は確かな力を持った人間を仲間に引き入れることが重要になってくるのだ。


 そのため、彼女が新人の私をパーティに誘う狙いが全く読めない。



「あ、あの、不躾な質問ですが、アリッサさんのランクを教えてもらっても?」



 もしかして高価な装備をしているだけで、実は上位の冒険者ではないのか。


 実家が豪農や有力な商家であれば下位でも身なりを整えるだけの十分な財産は持っていることだろう。


 そういった、下位冒険者が新人を誘うことはまだありえる話だ。


 そう、考えていたのだがーーーー。



「Bランクだ」



 そう答え、彼女は腰のポーチから銀のメダルを取り出しこちらに見せてきた。


 それは、ただの硬貨ではない。


 中央に剣と鷲の美麗な装飾が施されたそれは、冒険者ギルドから発行される正式な物。


 彼女は正真正銘の実力者、Bランク冒険者に間違いなかった。


 その事実により、私の思惑は打ち砕かれる。


 世間的には、凡人が努力の果てに行き着くのがCランクと言われており、B〜Aランクは魔鏡。


 人知を超えた領域とも言われている。


 そんな天に立つ人間が、どうして私なんかをチームに誘うのだろう。


 私は、驚愕と共に他に何か狙いがあるのでは?と警戒の色を強めた。


 そんな私の顔色から心情を察したのか、アリッサさんは頭をボリボリと掻きながら申し訳なさそうにして口を開く。



「あー、まぁ、そりゃ警戒しちまうよな」



 どう説明しようかと呟き、アリッサさんは数秒ほど顎に手を当てる。



「あたしはさ、今までずっと1人で活動してきたんだ」


「1人で・・・・Bランクにですかっ!?」



 私は思わず驚愕の声を上げてしまった。

 何故なら、個人で高位ランクに上り詰めるというのは相当な実力者でなければ無理な話だからだ。


 先程の言葉が本当であれば、もし彼女がチームを組んで活動していたのなら今頃Aランク相当の冒険者になっていた可能性すらある。



(だけど、何故・・・・)



 当然ながらひとつの謎が思い浮かんだ。


 それは何故、彼女が今までチームを組んで来なかったのか、ということだ。


 その疑問を直接問いかけてみると、彼女は額に片手を当てながら話し始めた。



「あぁ。その疑問は当然だな。でも、あたしは1人でやって行かないといけない事情があったんだ。何でか分かるかい?」



 フルフルと左右に頭を振り、分からないと意思表示をする。


 すると彼女は、後方へ指を差し示した。


 そこは、大勢の冒険者たちでごった返しているテーブル席地帯。


 いったい何が言いたいのだろうと彼女へ視線を戻すと・・・・。



「このギルドには、今まで私しか女がいなかったんだよッ!」



 悲痛な表情を顔に浮かべ、そう訴えてきた。



「な、なるほど」



 確かに今までこの冒険者ギルドで見かけた女性と言えば、受付嬢とアリッサさんだけだった。


 そして、彼女がチームを作らなかったことの背景が何となく察せられる。


 何故なら、女性1人で男性チームに入ることはかなり躊躇を覚える行為だからだ。


 冒険者は、数日をかけてこなす依頼もあると聞く。

当然野営することもあるだろう。


 そういった時に、男性チームの中に1人女性がいたら、何かしらのトラブルが発生することはありえない話ではない。


 その辺の男より遥かに強い高位ランクのアリッサさんであろうと、女性としての感情は捨てられないというわけだ。



「なぁ! 組んでくれよ! あたしは前衛であんたを守る! だからあんたは私を後方支援してくれ! もうポーションを大量に買って持っていくのも嫌なんだよ〜!」



 私の肩を掴み、泣きそうな表情で訴えてくるアリッサさん。


 その精悍な顔立ちのまま、まるで幼子のように泣き噦る姿を見てしまうと思わず笑みが溢れそうになった。


 見た感じ、悪い人ではなさそうだ。



「わかりました。むしろ私なんかでよければ、こちらからお願いしたいくらいです」



 こちらに断る理由などない。

 

 修道士の私は後衛職であり、彼女のような前衛の戦士は必要不可欠だ。


 むしろその誘いは、願ったり叶ったりのものである。



「ほ、本当か〜!!!ありがとう〜!!!」



 アリッサさんは顔を綻ばせ、私をぎゅっと抱きしめてきた。


 手加減しているのだろうが、戦士職である彼女の力は中々のものでかなり圧迫される。


 加えて、鉄製のプレートメイルが胸に当たって中々に痛い。



「よし! チーム結成記念だ! 奢ってやる! 何か飲もうぜ!」



 ガハハと豪快な笑い声を上げながら、アリッサさんは私の肩に腕を回して酒場コーナーのテーブル席へと歩いていった。


 その大胆な振る舞いに翻弄されてしまうが、不思議と彼女の人柄の良さが感じ取れた。




 冒険者ギルド内にある酒場のテーブル席コーナーに座った私とアリッサさんは、駆け寄ってきた店員へ各々に注文を済ませる。


 彼女は周りにいる冒険者と同じように麦酒を頼み、私はお茶を頼んだ。



「なぁ、これからリアって呼んでも良いか? あたしのことは好きに呼んでもらって良いからさ」


「はい。では、アリッサさんと呼ばせてもらいますね」



 そんな、たわいもない会話から雑談を始める。

 

 だが、これから始まるのはただの雑談ではない。


 これから一緒に活動するパートナーを見極めるための情報戦だ。


 冒険者稼業は信頼関係によって成り立つ。

 

 背中を預けるならば、お互いがどういった人物なのかをより理解しなければならないのだ。


 土壇場で裏切るような人間ではないか。


 この先、性格が合わずいざこざが起こらないか。


 そういった裏の感情を秘め、私たちはお互いがどういう人物なのかを確かめ合った。

 そんな会話の中。


 アリッサさんが突如黙り込み、何かを納得したようにウンウンと頷いていた。


 そして、彼女は今までの明るい雰囲気を消し、真面目な表情で口を開いた。



「リア。パーティ組んでさっそくで悪いんだが・・・・実はお前と一緒にやりたい仕事がある」



 そう言ってアリッサさんはくるんと巻かれた洋紙をテーブルの上に出す。


 私とパーティを組む前に事前に受けていた依頼なのだろう。


 私はその紙を受け取り、内容を確認する。



「ええと、アグネリア家領内の低級アンデッド討伐依頼・・・・って、アグネリア家ッ!?」



 私は、驚愕のあまり大きな声を出してしまった。


 アグネリア家と言うのは王国六代貴族のひとつであり、代々古くから内政大臣を担っている名高い大貴族の名門だ。


 依頼書を持つ手を震わせながら、私は瞳孔の開いた目をアリッサさんへと向ける。



「討伐難易度はD。簡易な依頼だけど、あの大貴族様だからね。報酬はたんまりさ。どうだ、良い物件だろ?」



 にんまりと笑みを浮かべるアリッサさん。

 

 私は再び依頼書に目を向け、その報酬額の高さに再び驚愕した。



「き、金貨50枚・・・・」



 2人で山分けしても金貨25枚。

 多額な大金が手に入ることは間違いなしだ。

 決して駆け出しの冒険者が手にして良い金額ではない。



「でも、どうしてなんでしょう?」



 私の胸中にひとつ、疑問が浮かぶ。

 それは何故、低級アンデッド討伐依頼に対しこれだけの額を払うのかということだ。


 大金を持つ大貴族といえども、いくらなんでもこの報酬額の値は高すぎる。


 低級アンデッドに属するスケルトンやゾンビ程度なら、E〜Dランク冒険者なら容易く対処できるレベルだ。


 大金を払わなくてもちょっとした小金であれば実力に見合った冒険者は雇えるはず。


 この依頼には間違いなく何か裏がある。


 そういった疑心の色を顔に浮かべている私を見て、アリッサさんは薄く笑みを浮かべていた。



「リア、先月起こったクライッセ卿の事件を知っているかい?」


「はい。クライッセ家の当主様が無残な姿で亡くなっていたという・・・・暗殺事件ですよね?」



 クライッセ家というのは先程の依頼人と同じ王国六代貴族の一門だ。


 先月、そのクライッセの屋敷が突如何者かに襲われ、一家郎等皆殺しに会ったという凄惨な事件が起こった。


 これは、王国の長い歴史を辿っても類を見ない大事件だったため、現在王家は騎士団を各地の地域へと派遣させ厳戒態勢を敷いていた。


 しかし、この事件とこの依頼に何の関係があるのだろうか。


 不思議に思った私は小首を傾げる。

 そんな私を見て、アリッサさんは得意げな表情を浮かべ口を開いた。



「この依頼に対して、あたしはひとつ推測を立てた。アグネリア家の当主は、次にその暗殺犯に自分が狙われると考えて、冒険者に依頼を出したんじゃないかってね」


「えっ・・・・?」



 つまりはこれは、護衛の依頼ということなのだろうか。


 本来、要人の護衛というのは冒険者の仕事ではない。


 冒険者は魔物を専門に討伐することが決まりであり、人間を討伐することは決して行なってはならないのだ。


 そういったことは、騎士団や傭兵の仕事である。


 過去に、指名手配犯を倒し小遣い稼ぎを行なっていた冒険者が、騎士団や傭兵たちから仕事を奪ったと強い非難を受けて除名処分となった話を聞いたことがある。


 お互いの仕事は奪わないという、冒険者、騎士団、傭兵の間では古来から暗黙のルールが出来上がっており、これを守らない者は淘汰される。



「だとしたらこれ、不味くないですか?」



 私は不安からアリッサさんに視線を向けた。

 流石に初っ端から冒険者を辞めるような危険を侵したくはない。


 もし、アリッサさんがこういった裏依頼を受ける専門の冒険者であるならば、パーティを解散することも視野に入れなければならないだろう。


 私の瞳からそう言った感情を読み取ったのか、アリッサさんは真剣な表情で口を開いた。



「あぁ。その依頼がそういった意味でのものなら危ういだろうな。だが、書かれていることは低級モンスターの討伐だ。それ以外のことを頼まれても無視すれば良い」


「で、でも相手は大貴族様なのですよ!?」



 六代貴族ともなれば権力を使って1人の人間を消すことなど容易だろう。

 そんな悪徳貴族が実際にいるとは思えないが・・・・楽観視していては危険が及ぶこともある。



「お前が心配するのも最もだ。だけど、この国では冒険者ギルドの直轄は国王陛下なんだよ。だから過去に貴族たちとギルドの間にトラブルは一切起こっていないし、何ならギルドの方が権力を握っているとも言える」


「そう、なのですか・・・・?」



 確かに、国王が大元で指揮しているギルドに対して、いざこざを起こそうという貴族は皆無だろう。


 だが、率直に言って迷う。


 美味しい依頼なのは理解しているが、初仕事が貴族絡みとなるとどうしても腰が引けてしまうものだ。



「まぁ、これは単なる保険のための依頼だと思うぜ。自身の護衛のために雇った兵士の他に、何なら冒険者も側に置いておけば安心できるだろうっていう安易な考えからのな」



「確かに。それ以外の思惑は見えませんね」



「だから、まぁ・・・・安心しなよ。何かあったとしてもあたしが付いているさ」



 アリッサさんが私の不安を理解したためか、優しく肩に手を置いてきた。


 その大きな手のひらに不安の感情は搔き消えて行く。


 銀等級、Bランクである歴戦の冒険者が共にいるのだ。


 心配ごとなど少ないだろう。


 私は答えを決めた。



「わかりました。一緒にやりましょう」



「そうか! 良かった!!! パーティ解散になるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ!!」



 アリッサさんは、ふぅ〜っと一息付き、額の汗を腕で拭う。


 彼女はずっと1人で活動してきたと言っていた。


 そのため、こうしてパーティで依頼を遂行するか否かを取り決めるのは初めてのことで、緊張していたのだろう。


 無論、私も同じく初めての経験だったため、同じように大きく息を吐いていた。



「アグネリア領って、ここから結構距離ありますよね?


「あぁ。今日馬車で出発したとしても着くのは明日の昼くらいか・・・・。まぁ、期日は1週間内だし、大丈夫だろ」



 依頼書を確認する限り、依頼主であるアグネリア公爵が事前に馬車をギルドに駐在させてくれているようだった。


 そのため、すんなりと領内へは赴くことができる。


 中には自費で交通費も賄わないといけない依頼もあるみたいなので、この辺りは依頼主である大貴族様様だ。



「さて、そんじゃ受付に依頼の受理してもらってくる。リア、準備は大丈夫か?」


「はい。装備は整っています。簡単な保存食であれば常に鞄に入っていますしね」


「上出来だ。じゃあ、すぐ行くとしようぜ。チャチャっと低級アンデッドを退治して帰って来よう」


「了解です!」



 こうして私は冒険者として初の仕事を受けることになった。


 ワクワクが半分、不安が半分。


 ついに、念願の冒険者として活動できることに、私は胸を高鳴らせていた。

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