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第2章 闇妖精の少女 ⑮


 弓に矢を掛け、それを静かに放つ。

 ただひたすら、私はその行為を繰り返した。

 視界に動く存在がいなくなるまで、何度も、何度も。

 標的が泣き叫ぼうと逃げ惑おうとも、一切の躊躇も慈悲も無く、全てを矢で射抜いていった。


 そうして殺戮を反復すること数十分。

 気が付くと、辺りには静寂が訪れていた。

 周囲に人の影は無い。

 そこにあるのは膨大に積まれた死体の山だけだ。


 私はそれを眺めて一息吐く。



「・・・・・終わりかな」



 ロクス様の指示通り、キャンプ地から出てきた人間たちを1人残らず殲滅した。

 細かく数えてはいないが、おおよそ40人くらいは殺したことだろう。

 想像したよりも呆気なく、あの邪悪な人間たちを一掃することができた。




「・・・・・あっちはどうなったんだろ」




 木の枝から降り、私はキャンプ地の方へ視線を向ける。

 そちらからは人の気配が一切感じられなかった。

 ということは、ロクス様も無事戦闘を終えたのだろうか。

 私は、彼の元へ向かうことに決めた。



「・・・・っと」



 辺りには私が殺した人間の死体が散乱している。

 なので、足場が非常に悪かった。

 死体に足を引っかけては、何度も転びかけてしまう。

 私は煩わしさを感じながらも、死体を避け、道の先を進む。




「・・・・あれ?」



 だが、その途中。

 突如、私の視界を暗い影が覆った。

 何ごとかと思い頭上を見上げてみると、そこにはーーーー鎌を構えた男が空を飛んでいた。

 私は向かってくる鎌の刃先を鼻先ギリギリに避けて、後方へ飛び退き何とか攻撃を回避する。



「・・・・・誰?」




 態勢を立て直し前方に視線を向けると、そこには毛皮のポンチョを羽織った男が立っていた。

 奴らの仲間、奴隷商団の残党だろうか。

 彼は私の顔を見ると、苛立ち気味に舌打ちをする。



「チッ! 大人しく殺されていれば良いものを!」


「・・・・・まだ生き残っている奴がいたなんて。私、射ち損じた?」


「いいや、お前の弓は完璧だったぜ。この俺様が思わず、物陰に隠れてしまうくらいにはな!」


「・・・・・ずっと隠れていれば私に見つからなかったのに、どうして出てきたの?」


「おいおい、舐めてんじゃねぇぞクソエルフ。この死神と恐れられたドッザニス様が、女子供相手に逃げる訳ねぇだろうが!!!」



 男はそう叫ぶと、ハルパーと呼ばれる首斬り鎌を携え、こちらに向かって突進してくる。

 私は懐からナイフを取り出し、応戦するべく前へ出た。

 しかし、次の瞬間。

 突然、視界から男の姿が消えていた。



「え?」



 思わず困惑の声を上げてしまう。

 目を離さずに注視していたはずなのに、いつの間にか私はその姿を見失っていた。

 急いでキョロキョロと辺りを見回すが、どこにも人の影は見当たらない。



「今度こそ死ねや」



 その声が聞こえた直後、チリっとした痛みが首元に走った。

 私は即座に理解する。

 今、あの男の持つ鎌の刃先が、私の首筋に迫っているということを。



「くっ!」



 瞬時にナイフを自身の首に近付け、その刃の行く先を阻止する。

 すると、キィィィンという金属音が周囲に鳴り響き、鎌の進行は薄皮一枚で止まった。



「あ? 何で防げんだよ? さっきの騎士といいお前といい、今日はやけに強い奴に遭遇するな」


「・・・・ハァ、ハァ」


「だが、お前はあの騎士とは違い、まだ殺せる余地がありそうだ。次は・・・・容赦しねぇ」



 私のナイフを弾き、男は後方に飛び退く。

 そして、腰を屈め低い姿勢を作った。



「本当は1日に2回使ったら不味い技なんだが・・・・お前を殺して逃げねぇと、あの化け物みてぇな騎士が来ちまうからな。悪いが、一瞬で終わらすぜ」



 彼はニヤリと下卑た笑みを浮かべると、大地を蹴り上げ、もの凄いスピードで私の周囲を駆け回る。

 そのあまりにも速い動きに、私は彼を目で追うことができなくなっていた。



(・・・・・何、これ)



 その速さに驚愕する。

 私を取り囲むようにグルグルと駆け回る彼の背後には、影分身のような幻影がいくつも生み出されていた。

 気が付けば、私の周りを計7体もの分身が取り囲んでいる。

 その中のいずれかは本物なのだろうが、私にそれを見破る術などあるはずがない。



「ハッハッハッ!! さっきはあの化け物に破られたが、今度はそうは行かねぇ!! 死神の名に懸けて、確実にあの世に連れて行ってやる!!!!」


「・・・・・・・・」



 私は冷静に状況を分析する。

 この男は、明らかに格上の存在だ。

 先程の2度の攻戦だけでもそれは理解できる。

 あの時一歩でも動作が遅れていたら、今頃私の首は撥ねられていた。

 今回の影分身を生み出す動きにも、私はまるで付いて行けていない。



(いくらロクス様にナイフの使い方を習ったと言っても、これは・・・・)



 戦闘経験の差が、レベルが違った。

 ならば、ロクス様の指示通り、ここは即座に逃げることが最善の手だろう。



 しかしーーーーーー。

 思考を巡らせ、考える。

 何か、単純なことを見落としているような気がした。

 酷く簡単で、誰にでも察せられる明瞭な事実に、自分は気が付いていないように思えた。



「死ねええええええええッ!!!!!!」



 その叫び声が轟くと同時に、七体の幻影が一斉に私へ目掛け鎌を振り下ろしてくる。

 いったいどの幻影が本体なのかは分からない。

 私にその攻撃を回避する術はどこにもない。

 けれど、相手がどの部位を狙っているのかだけは、瞬時に理解できた。



 私は攻撃の軌道を予測し、逆手にナイフを構える。

 そして、脚に力を込めて、勢いよく身体を回転させた。

 そうして一回転すると、首筋を守るように、円形の剣閃が放たれる。

 するとその瞬間、キィンという鉄を打つ音が鳴り響き、私のナイフが鎌の刃先を止めていた。



「な、何ィ!?」


「・・・・貴方は最初から私の首しか狙っていなかった。だから、どこを防げば良いのかは明白だった」



 私のその言葉に、男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 まさか、防がれるとは思っていなかったのだろう。

 彼は、明らかに動揺していた。

 だから、私の次の動きにも気付いていない。



「・・・・えい」



 回転によって得られた遠心力をそのまま使い、私は男の腹部へ目掛けて足蹴りを放つ。

 ゴリッという鈍い音を立てて、男は後方へ飛んでいった。


 この蹴りは、カイリと初めて出会った時に出会したあの大男の技だ。

 理由は分からないが、あの男の体術を私は使えるようになっていた。

 初めて弓を触った時と同じで、まるで今まで扱えていたのが普通のように、自然とその動作が行えた。

 手足をどう放てばより相手にダメージを与えられるのかが、即座に把握できたのだ。




「ぐっがっ・・・・なんっ、だテメェ、今の蹴りは・・・・どう見てもガキの力じゃねぇぞ!?」



 倒れ伏した男は血を吐きながら、怯えた目で私を見つめる。

 その姿に、私はなんとも言えない高揚感を得た。

 背筋にゾクゾクとした何かが駆け抜けて行く。



「・・・・・あはっ」



 もっとその表情を、恐怖の感情を、見せて欲しい。


 私は男の身体へ飛び乗り、ナイフを彼の脚に突き刺す。



「うがぁぁぁッ!? や、やめろぉぉぉ!!!」



 痛みに叫んだ男は、暴れるようにのたうち回った。

 私はその跳ねる身体を体重で固定し、そのままザクザクと彼の四肢にナイフを突き刺していく。

 すると、彼はまた悲鳴を上げた。

 その声を聞くと、たまらなく気持ちが良かった。

 弓矢で人の頭を射ち抜くよりも、何倍も楽しかった。

 死を悟り、救いを諦め、絶望に叩き落とされるその変化の過程に、私は絶頂した。




「あはっ、あはははははははははっ!!!!!!」



 もっと色々な表情が、見てみたかった。

 だから、何度も、何度も、何度も、ナイフを振り下ろした。

 何度も、上腕や大腿、指、肩といった、一撃で死なないような局部を切り刻んだ。

 そうして、その拷問を100回程繰り返した時。

 いつの間にか男は、口から涎を垂らし、動かなくなっていた。

 辺りには、私の嗤い声だけが木霊している。


 この時、私は自身の力を初めて理解した。

 私は、人を殺す度に強くなる。

 殺した人間が持つ能力を、奪うことができるのだと。

 だから、先程の彼のあの素早い動きが、私には手に取るように模倣できた。

 まるで昔から扱えていたのが当然のように、その能力が使えるようになっていた。



「・・・・・これがダークエルフの力」



 過去にお母さんは、"ダークエルフは生命を殺す種族"と言っていたが、まさにその通りだった。


 確かにこの能力には、全ての生命を殺し得る可能性が秘められている。

 生物を殺せば殺す程、多様な能力を手にすることができるということは、つまり・・・・・。

 

 ひとつの種を、人間という種族を根絶やしにできる力を、その身に宿すことができるのだ。

 

 その事実に私は歓喜し、甲高い笑い声を上げた。



「ほう。なるほど、悪くはない」


「・・・・・ロクス様?」



 声がした方向へ振り返ると、そこにはロクス様が立っていた。

 だが、彼の頭にはいつもの兜が見当たらない。

 いや、違う。

 彼の頭部には、頭も、顔も、何も無かった。

 彼はーーーーー切断されたであろう首だけを残し、平然とその場に立っていた。

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