第2章 闇妖精の少女 ⑬
火花が散って、幾度も剣が交わる。
それはまさに達人同士の攻防だった。
目にもの止まらぬ速さで剣閃は走り、互いにそれを躱し弾く。
剣の道を極めた者にしか成し得ないその攻守一体の動きを、周囲の男たちは固唾を飲んで見守っていた。
「フフフフ。全力で殺しに来いと口にしていましたが・・・・残念ながら貴方程度に私の全力はお見せできそうにもありませんね」
「ほう? 全力を尽くすまでもない程、私が弱いと?」
「ええ、そうです。今こうして貴方と数度打ち合って確信しました。折れた剣で善戦していることは称賛に値しますが、そんな力で私を殺すことなど到底不可能です」
そう言って、レイモンドは後方に飛び退く。
そして、ロクスに向けて片手をかざした。
「私はこれでも昔、修道院に在籍していたんですよ。なので、多少ながら魔法も扱えます」
「貴様は剣聖の血統だからな。剣と魔法の才があっても何らおかしくはない。だがーーーー」
ロクスは折れた剣を眼前に構え、瞬時にレイモンドの懐へと飛び込む。
「私が詠唱の隙を与えるとでも思ったかね?」
そう言葉が放たれた直後、鋭い剣閃がレイモンドの首目掛けて走った。
それは、熟練の剣士による速攻の一撃。
手を掲げたままの彼では、回避することはおろか、剣で弾くことすらままならない。
数秒後に彼の首は斬り落とされると、その光景を見ていた誰もがそう確信していた。
しかし、レイモンドは目の前に迫る"死"に対して微動だにしない。
彼のその顔には何故か、不気味な微笑みが浮かんでいた。
「な、に・・・・・?」
剣を降った瞬間、ロクスは驚愕する。
自身の攻撃がレイモンドの首へ放たれたのに、そこには何のダメージも見られなかったからだ。
斬り傷も、擦り傷も、血さえ一滴も溢れていない。
剣が当てられているというのに、その首は無傷そのものだった。
「残念ながら、私には斬撃無効化の加護があるのですよ」
そうして、レイモンドは静かにロクスへと手をかざす。
「"ヘル・エンファイア・ストーム"」
その瞬間、突如として業火の竜巻が巻き起こった。
火柱は天高く舞い上がり、激しくロクスを燃やす。
しかし彼を飲み込んでもなお、炎の勢いは止まらない。
炎は轟々と音を立てどんどん燃え広がっていく。
ついには、周囲の物も飲み込み全てを焼き尽くそうとキャンプ地までも燃やし出した。
凶悪なその魔法に、レイモンドの部下たちは慌てふためく。
「お、お頭ー! テントが燃えちまってますよぉ!」
「火力抑えてくだせぇ! 火力を!」
そんな混乱する彼らを見て、レイモンドは静かに笑った。
「フフフフ。これでも抑えた方なのですよ。より魔力を注げば、辺り一帯灰塵と化してしまいますからね」
「か、頭が強いのは分かっていましたが、まさかこんな魔法まで使えるなんて思ってなかったッス」
「今まで相対してきた敵は魔法を使わずとも剣だけで処理できました。なので、使う機会が無かったんですよ」
「それじゃ、あの騎士はやっぱり強かったんスか?」
「そうですね。確かに剣の腕はそこらの有象無象に比べれば別格のものでした。ですが、それだけです。彼からは魔法の気配も特別な力も感じない。努力を重ねただけの凡人ですよ、アレは」
レイモンドは本当の天才というものを知っている。
故に、凡夫と逸脱した存在の境界を明確に理解していた。
「何の血統もない者が剣の道を鍛えても、所詮はあの程度。剣聖という神に選ばれた存在には何人足りとも手は届かないのですよ」
彼は自身が放った炎を一瞥し、死んだロクスに対してそう言葉を投げる。
そこには憐みが含まれていた。
届かない頂に手を伸ばそうとした者への、憐憫の感情があった。
「さぁ、みなさん、キャンプ地を移動しましょう。この魔法は数時間しないと消滅しません。なので、荷物を持って他の場所にーーーーー」
「ク・・・・ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!!!!!」
突然、燃え盛る炎の中から笑い声が鳴り響いた。
その声には、聞く者に恐怖を与える不気味な何かが宿っている。
「素晴らしい、実に素晴らしいぞ!! レイモンド・ヴィスター!!!」
炎から、両手を広げたロクスが現れる。
鎧が所々焦げてはいるが、彼自身にダメージを負った様子はまるで見られ無い。
先程よりも明るく、愉しげな雰囲気を彼は見せていた。
「・・・・・あの火炎魔法を受けて無傷? いや、あり得ません。ならば魔法耐性を持つ武具を? しかし鎧が焦げているところを見る限りそれも無さそうですが・・・・」
レイモンドは顎に手を当て考え込む。
だが、いくら思考を巡らせても、彼の中に答えは出てきそうにない。
「さて、次は私が攻める番と行こうか?」
「全く。まだ実力の差が分からないとは困りましたね。先程のように剣による斬撃は私に効きませんよ? いったいどうやって私にダメージを与えようというのですか?」
「クックックッ。剣を使わずとも、殺す方法など如何様にもある」
ロクスは折れた剣を投げ捨てると、そのままレイモンドの元へと突進した。
その行為に、レイモンドは呆れたため息を吐く。
「剣が使えないなら体術ですか。単純明快なその思考に呆れてものも言えません」
彼は半月刀を構え、向かってくるロクスへ迎え撃つ。
丸腰の相手であれば、リーチのある自分に分が勝る。
勝利は確定事項だ。
例え遠距離であっても魔法があり、近距離でも卓越した剣技がある。
レイモンドに死角はなかった。
「さぁ、大人しく死に果てなさい」
放たれる拳を華麗に避け、レイモンドは半月刀を振り下ろす。
鎧ごとその身体を2つに割るために、彼は全力を込めて剣閃を放った。
しかしーーーーー。
「は?」
レイモンドは困惑する。
ロクスの鎧に触れた瞬間、半月刀が飴細工のように溶けていったからだ。
ボトボトと音を立てて、液状化した刀は零れ落ちていく。
「クックックッ。どうした? 驚いて声も出ないか?」
ロクスは唖然とするレイモンドの肩に手を置く。
するとその瞬間、彼の肩の肉がぐちゃりと音を立てて腐り落ちた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」
レイモンドは激痛に叫び、急いで後方に飛び退く。
そして、肩に手を当て魔法を発動させた。
「エルヒール!!!」
治癒魔法が発現すると、彼の肩は元どおりの姿になる。
だが、想像を絶する痛みはまだその身体には残り、彼はゼェゼェと激しく息を荒げた。
「な、何なのですか、今の力は!?」
彼は混乱する。
それは明らかに、魔法によって行われたものではなかったからだ。
武具による力を使った様子も見られなかった。
レイモンドにとってその能力は、遭遇したこともない未知なるものだった。
「私は転化した時にこの力を授かった。これは種族特性スキルと呼ばれる代物だ」
「しゅ、種族特性スキルなんてものは、聞いたこともありませんよ!?」
「当然だ。お前ら人間には無いものだからな」
「? おっしゃっている意味がよく分かりませんが?」
「クックックッ。まぁ、分かりやすく言うならば、私が触れるものは全て腐り落ちる。なんだろうとな」
ロクスが一歩足を進めると、大地は泥状になり、草花が液体のように溶けおちた。
彼の周りの世界は、全て、ドロドロに腐食していく。
「な、何故最初から、その力を使わなかったのですか・・・・?」
「何、君と同じさ。今まで相対してきた敵には使わずとも剣だけで処理できた。だから、この能力を使う機会が無かったのだよ」
ロクスは笑う。
ようやく自分の全力を試せる相手が見つかったことに、彼は心から歓喜していた。
「さて・・・・・では、殺し合いを始めよう、レイモンド・ヴィスター。君の剣聖の力を私に見せてくれ」
レイモンドの頬に汗が垂れる。
剣も魔法も自身に分があると理解しているのに、彼は目の前の男に恐怖心を抱いていた。
その全てが腐り落ちる異様な光景に、ただ、純粋に怯えていた。
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